第11話「キノコの使い方」
ナナは都議会の施設へと侵入する。政治の中枢だけあって立派な造りの建物である。神殿を思わせるような正面入り口――今は閉門されている、を通り抜けると、闘技場のような議会広場がある。かつてはこの広場が政治の場であったそうだ。
更に、その奥に広場よりはやや劣る規模の木造の建物があった。周囲と比べると浮いているがこここそがまさに都議会の本拠地であった。ナナは建物内に躊躇なく足を踏み入れていく。日の出前、辺りはまだ真っ暗な時間、ナナは部屋の1つから灯りが漏れているのを発見する。
ナナは隣の部屋に入り込むと屋根裏へと侵入する。天井から覗き込むと数人の人物が円卓を囲んで何やら話しあっているようだった。
「……キノコの使い方、それが問題だな」
「うむ、その通り。キノコの有用性は確かめられた。本格的に導入していくことを検討するべきだな」
「しかし、まさかキノコが――」
「ああ、意外だったな。しかし、議会の保有する軍の練度が上がれば冒険者組合への牽制となるだろう」
「うむ、キノコによって統制された軍が完成することだろう」
「はは、しかし料理人を大いに誉めねばなりませんな」
「そうだな、意外なところで我々に益を齎してくれたのだからな」
「福利厚生も充実させていかなければなりませんな」
「馬鹿げた話だと思っていたが、いやはやキノコは馬鹿に出来ないな」
「そういえば、キノコと言えば――」
盗み聞きはこれくらいで十分だろう。ナナは天井から降り立つと、1人の首にナイフを突き立てた。
「すみません、今の話詳しく聞かせて下さい」
「あんた、何者だ」
「……詳細をお願いします」
「詳細って言ったって、シンプルな話だよ。新しく議会に起用した料理人が作るキノコ料理が美味くて、皆の士気が上がっているっていうのが確認できたって話だ」
ナイフを持つナナを見て恐怖と当惑の表情を浮かべながら、1人が言う。
「は?」
「馬鹿げた話だとは分かっているが、確かにキノコ料理が士気向上に繋がっているという統計がとれた。馬鹿げた話は馬鹿にできない」
ナナは愕然とする。何てタチの悪い冗談だろうか。
「なぜ、こんな時間に話し合うのですか?」
「馬鹿げているからさ。キノコ料理を広めるための方策を考えるなど全くもって馬鹿げている。昼間に素面で話し合うような内容ではない。だが、無視は出来ない」
ナナは頭が痛くなってくるのを感じる。自分は極めて真面目にやっていたはずだ。何故、こんなギャグに巻き込まれなければならない。
「媚薬キノコの話です。知っている筈でしょう」
ナナが呟いた瞬間、空気がガラリと変わる。
「なるほど、では初めに言っておこう。あなたと我々の利害は一致している筈だ」
「どういうことですか?」
「我々はあなたが媚薬キノコと呼ぶ代物を追っている。あれは悪しきものだ。根絶しなければならない」
「待って下さい。都議会がキノコを売り捌いているんじゃないんですか?」
「何故そんなことをする? 我々の使命は町の秩序を保つことだ」
ナナは今声を発したばかりの人物の表情をじっと観察した。嘘を言っているようには見えない。かと言ってあの情報提供者が嘘をついたとも思えない。
どこかに勘違いがある?
「媚薬キノコの件は我々も頭も痛めている。我々の情報網にも引っ掛からない何かがこの町に潜伏している。しかし打つ手はない」
「愛の園が関わっていた筈です」
「ああ、把握している。だが、その裏に何かがいる。だから、現在はキノコの流通ルートの一部を掌握し、監視している所だ」
ナナはようやく理解した。都議会、そこは冒険者組合とは価値観が異なるのだ。ナナは今回、これ以上媚薬の被害が広がらないように動いた。
しかし、都議会は違う。問題なのは都議会が把握できていない何かが暗躍していることなのだ。人が媚薬の被害にあっているという問題は二の次。勿論、露骨にそんなスタンスを都民に知らせるのは不味いから情報提供者に圧力をかけた。
「なあ、そろそろナイフを離してやってくれないか?」
「まだです。あなた方の持っている情報は全て吐いてもらいます」
「仕方ないな」
ナナは円卓に置かれていた書類を手渡される。キノコ料理に関する統計と共に住所が記されていた。
「キノコの料理人、彼に媚薬キノコを仲介させている。彼の元へ行くんだ。大体はエハドが雇ったであろう運び屋が接触してくるんだが、時々、マントが現れることがあるそうだ」
「マント?」
「ああ、追跡はことごとく失敗しているが、黒幕と見て間違いないだろう。追跡出来れば、何か掴めるかもしれない」
最後にナナは聞いた。
「何故、こんな大事な話を抜かしてキノコ料理の話なんてしていたんですか?」
「今の所、町に致命的な被害は出ていないからね。優先度はそれほど高くない。楽しい話題でもないしね」
ナナはパッとナイフを放した。もう、話は十分だ。




