第106話「冒険こそ我らが人生だ」
「何が起こっとる」
ハッサクが言った。
「操られているのでしょう」
ナナは答える。虚な表情、以前見たことがある。南都での事件でネットワーク生物に操られていた人々の表情を想起させる。というよりまさしく操られているのだろう。人々がが群体となって迫ってくる。そして先頭の1人があり得ないほどの跳躍をして飛び掛かってきた。
「うお」
ハッサクはひらりと避ける。
「逃げましょう」
スーの声を合図にナナたちは駆け出す。老人である筈のハッサクが先頭を駆けていく。
「はあ、はあ。しつこい」
スーが言った。人々は全力で追いかけてくる。文字通り全力である。息が切れるまで全力で疾走してくる。そしてパタリパタリと倒れていく。実に異様である。追跡の仕方としては雑だが、兎に角、物量で押し切ろうとしているようだ。
ナナ自身は速さには自信がある。速さでは誰にも負けない。絶対に。動きは単調になってしまうが逃げるだけならば問題は無いだろう。しかし、仲間全員で逃げ切ろうとするならば、話は別である。自分だけ遁走しても意味がない。
「バンカの魔術で何とかならない?」
「実は先程から準備をしておりました。少々、調整が必要なので時間がかかりましたが。皆さん、私の近くによって下さい」
ナナたちは走りながらバンカの周囲に集まる。
「では、発射致します」
「発射って――」
最後まで尋ねる余裕は無かった。一瞬の浮遊感の後、ナナたちは空を飛んでいた。正確には吹き飛ばされていた。ただ先程の宣言の通り、調整したのだろう。感覚としては空を飛んでいる。
そしてナナたちは城壁の上に着地した。壁の外側には、遥か彼方に地面が見える。
「ひゅー」
ハッサクが呟いた。
「改めて下を見ると怖いのお」
本気とも冗談ともつかない口調である。
「――原理としましては、指向性のある激しい燃焼、爆発で私たちを飛ばしました」
バンカが説明する。
「さて、私たちは嵌められちゃったのかな。それともバレた? 作戦は失敗だね」
スーは寂しそうに言う。
「それは、どうかの。目的は達成出来た」
ユキノコが姿を現した。器用なことに背中に少年を縄で括り付けている。少年は固まったまま、不自然な姿勢である。
「あの騒動の中で!」
スーは驚嘆した。
「ユキタは賢いからの」
「それはどうでしょう?」
ナナは口を挟む。
「何だ、ユキタの活躍に水を差す気か」
「……窓が開いていたことだね」
スーが言った。
「そう。掌で踊らされているみたいで気分が悪い」
「ここまでの選択肢は間違っていない筈ですよね?」
「ええ、少年の確保、それがより良い未来につながっている筈です」
副議長の予言、それに沿った選択をした。そこに間違いは無いと思われる。だから、考えるべきはこの後の行動である。しかし、それがより良い結果を招くのか、蛇足となるのかは知りようが無い。
「では、最後まで踏み込んでいきましょう」
スーは迷うことなく言った。
「ほう、イケとるな」
「……かしこまりました」
バンカの返事に意外に思う。バンカは熱くなりやすい質なのか。でも、片鱗はあったかもしれない。バンカは少年とに因縁に拘っていた。
「うん、スー行こう」
ナナは言った。




