第105話「想定と実際」
「ふむ、あのお遣いとやらを奪う、面白そうだな」
ハッサクが言った。
「リモコンですか。その話は信用できるのでしょうか」
バンカが言った。
スーは南都ナーラの指針に加え、少年の確保、リモコンの奪取というヨドゥヤから受けた依頼についても話した。
「ある程度は信頼出来ると思っています」
「しかし、ヨドゥヤもいけ好かない奴だと思うておったが可哀想な奴だな。敵がハシバ1人というのは単純明快で結構なことだが」
ハッサクは独りごちる。
「――意味深長なことを言って、不信を誘うとは稚拙なやり口だと思っていました。ネットワーク生物といえば、南都を出立する前の騒動は耳に入っておりますが、それならば我々も操られるかもしれないと考慮すべきではないでしょうか」
「……ええ、考慮すべきでしょう。ですが、大都は特にネットワーク生物の存在を隠していません」
ネットワーク生物の最大の脅威、それは気づかぬうちに侵略されていることである。
「可能性は低いということでしょうか?」
「いえ、対策が出来るということです。口元を覆う、手をこまめに洗う、対策は容易ですから」
「分からんな」
ハッサクが口を開いた。
「何でしょう?」
スーが尋ねる。
「何故、ネットワーク生物の存在を隠さなかったんだ」
「隠せなかったのでは無いでしょうか。建物の虹色の壁を見たでしょう。あれはネットワークを構築するために必要な本体だと思われます」
「何とかならんかったのか」
「無理です」
「ほう、断言するとは」
「……壁一面に広がっているように自身を張り巡らせるのはネットワーク生物の本質であり、本能です。それを取り除くことは出来ません」
それは、実際にネットワーク生物に操られた経験から来る言葉だろうか。
「下が地面でしたら地下に張り巡らせることも出来たでしょうが、生憎、上空の都ですので壁に這わせるしかありません。床では倒壊の危険もありますので」
「そういうものか」
「そういうものです」
「まあ、最も警戒すべきは魔術陣だろうな。何をしてくるか分からん。わざわざネットワーク生物という見え透いた選択肢は選んでこないだろう」
「可能性は切り捨てるべきではありませんが、現時点ではその予測が妥当でしょうね」
スーが答える。そして、その後、早々に話をまとめると作戦に乗り出す。軍師には言伝を残しておく。
「ユキタ行け。」
魔術によって暗闇に紛れたハッサクのユキノコ、ユキタが斥候を務める。姿を消す魔術が付与されている。ハッサクは粗雑に見えて、魔術の技量は高いようだ。目指すは病院の最奥である。少年は具合が悪いということになっているので、病院に収監されている。ヨドゥヤから得た情報である。
ユキタは壁をよじ登って行く。そして、窓から侵入した。
「うむ、順調だ」
「……何で窓が開いているでしょう?」
ナナは言った。しかし、暫くは何も無かった。だがやはり異変は起こる。呻き声が聞こえてきた。
「入り口の方からか?」
声は近づいて来る。
――何事も想定通りにはいかない。ネットワーク生物、使ってこないだろうと予測していた。それは半分当たった。直接的に支配しようとはして来なかった。
だが、見るからに異様な風体は操られているのだろう。呻き声を上げながら多数の人間がナナたちに迫って来ていた。




