第103話「治癒魔術」
「ううー」
軍師の呻き声が聞こえた。まだ生きている。ナナとスーは部屋に軍師を運び込んだ。そして服を切り裂いて傷口を確認する。
刃物で背中を刺されたようだった。血が傷口から流れ出ている。このままでは出血多量で死んでしまうだろう。
「やむを得ないですね。治癒魔術を使いましょう」
バンカが言った。ナナは顔を顰める。治癒魔術、使い手の技量にもよるが傷病を癒す非常に便利な魔術である。とは言え、そんな便利な魔術であるにも関わらず滅多に用いられる事はない。
習得難易度が高いというのもそうだが、欠点が多い魔術なのだ。まず治し過ぎてしまうことがある。例えば、ガタイのいい男が腕を怪我して治療魔術を施されたとする。結果、ムキムキの身体に赤子のような腕を生やすことになる可能性がある。あるいは頭を治療すれば、記憶が飛ぶ可能性もある。
そして治癒魔術は激痛を伴う。生物が有する再生力を強制的に活性化させる為、皮膚が骨を突き破るような痛みが生じるのだ。
強大な力に制約が存在するのは何か因果めいたものを感じる。世の中がバランスをとっているような。でも、たまたまだ。欠点は克服されてしかるべきだ。しかし、残念ながらナナにはその知識は無かったし、バンカにも無いようだった。
「身体を抑えて下さい。後、音が響かないように」
ナナとスーは軍師の四肢を抑える。そしてナナは〈シズカ〉を行使する。部屋は静まり返った。
バンカが口を小さく動かしながら傷口に手を翳す。そして腕を動かして、陣を描く。軍師が必死になって身体を動かす。無事、軍師の傷は塞がった。
「お、泡吹いとるな」
ハッサクが呑気に言った。
「では、何があったのか説明してもらいましょう」
バンカが言った。
「軍師の怪我の原因なんて知らんぞ」
「取り敢えず、動向を明らかにしましょう。長様は軍師様と共にいたのですか?」
「ああ、酒を飲んどった。流石、大都だな。夜中でも酒を提供する店がある。そこには軍師もいた。不機嫌そうな顔をしていたな。儂は暇だったから軍師に話しかけた」
「どのような話をされたのですか?」
「ちょっとした思考実験だな。大都と漠都が戦ったらどちらが勝つのかって言うな。軍師は漠都が勝つって言ったので儂が反論したら、ブチギレられた」
ハッサクはサラッと語っているが、挑発的な物言いをしたであろうことは想像に難く無い。
「何故、大都が勝つと思ったのですか? 漠都の実情を深く知っている訳でもないでしょう?」
ナナはふと気になって尋ねる。
「大都が圧倒的だからな。ま、それを破っている儂はもっと凄いが」
ハッサクはカラカラと笑った。
「本題に戻りましょう。その後、どうなったのですか?」
バンカが尋ねる。
「酔いが回っているせいか、軍師は殺しにも発展しかねない勢いだったのでな、逃げてきた。自室に戻っても追ってきそうだったから、ちょうど見つけてこの部屋に来たのだ。それでも付けられていたみたいだがな」
「そうですか」
結局、軍師が何故、怪我を負ったのかの糸口は見つかりそうにも無い。だが、怪我を負ったのは、つい先程のことのようだ。
ナナは考える。困難は1つ1つ解決していけばいい。まずは1歩、謎が紐解かれた。




