第101話「それから」
「まさか、そんなことが」
スーが呟いた。愕然としている。自身もネットワーク生物に乗っ取られたことがあるが故に、その衝撃は大きいものだろう。実の所、ナナはその可能性を考慮していた。
「本当や。簡単に言えば、うちはハシバに隠し事が出来ん。いつどこで何をすべきかを決定されとる。その隙を縫って何とか動いてきたが、結果はお粗末やったな。まさか、会議中に追い出されるとは思わんかった。最終的にバレるにしてもな」
ナナは嫌悪感を覚えた。誰もその行為が悪だとは証明できないだろう。しかし、ナナにとってそれは受け入れ難い所業であった。
「今は、どうなっているんですか、制限は?」
「今は特に無い。うちが何をしたってもう無駄やって思うているんやろな」
「……そうですか。では何故、私たちの所に来たのですか?」
「あんたら只者や無いやろ。見とったで。ネットワーク生物の感覚は共有できるからな」
やはり、想定通りであった。
「そう言えるかもしれません。しかしそのことはハシバもご存じですよね」
「いいや、知らん筈や。例えば、町外れに住む老夫婦の今晩の夕食が何であったのかなんて興味無いやろ」
「どういうことですか?」
「知ることができるのと知っとるというのは違うということや。注目しとらんことはわざわざ知ろうと思わん」
「そうですか」
「だから、あんたらはうちの切り札となり得る。せやから協力してくれへん?」
「具体的には何をして欲しいんですか?」
「お遣いの救出や。それからリモコンを盗み出して欲しい」
「リモコン」
「そうリモコンや」
「何の?」
「……何で、この都はこんな上空に存在していると思うとる? 壁で覆われている下部には魔術陣が隠されとるんや。巨大で精巧な魔術陣。それは歯車で組み合わさっとって、更に何層にも積み重なり、リモコンで操作することで多彩な効果を発揮する。従来、不可能であったようなこともや」
ヨドゥヤは想像だにしていなかったことを言った。
「……例えば、時間停止とかや」
ナナは少年を思い出す。ピクリとも動かなかった。あれはやはり時を止めていたというのだろうか。
「理論や近似ではなく正真正銘の時間停止、それがあのお遣いには施されとる。時間停止状態ではさしものお遣いも魔術を行使出来んようやな」
〈シズカ〉は時間停止の魔術である。だが完璧では無い。というより、〈シズカ〉を擬似的でも時間停止の魔術として行使出来るものは早々いないだろう。だが、巨大な魔術陣がそれを可能にしたとなれば、恐ろしいことだ。時空間を操る魔術なんてズルだと思った。しかし、それにすら完璧な対抗手段があるとは。
「なあ、雇われてくれへん?」
ヨドゥヤは嘆願する。ナナはスーを見た。スーは何と答えるのだろう。
「分かりました。その依頼、お引き受けしましょう」
スーは承諾した。




