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ナナの世界  作者: 桜田咲
第1章「天路歴程」
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第100話「正しさの定義」

 天下、ナナはその言葉を反芻する。そうだ、会議でハシバが天下という言葉を口にした時、妙に引っ掛かった。それはハシバの野心が漏れ出た言葉であったからだろうか。


 ヨドゥヤが言うには、ハシバは全ての都、全ての地方を統一しようと画策していると言う。天下統一、ハシバの名の下における太平、随分と遠大な野望である。だが、ハシバはそれを実行しようとしている。


「いいのではないでしょうか? 平和が何よりです」


「そやな、大局的に見れば、それが正しいのかもしれへん。せやけど、その過程で犠牲になるもんを見過ごせないんや」


「犠牲、ですか」


「ハシバは天下太平の為に、今ある平和を犠牲にすることを厭わんのや。ハシバの野望が実現した時、うちの愛するこの町は無くなっているかもしれへん」


 町の消滅、穏やかな言葉では無い。


「北には勝てへん。せやけど、勝ち負けは重要やない。結局の所、負けなければいいだけや」


「戦争は否定していましたよね?」


「……防衛は戦争やない、詭弁やろ。トトッリさんも迂闊やけど、ハシバも冷静やない」


 皆に追い詰められ、あたふたしていた漠都の軍師を思い出す。それと比べ、ハシバは冷静に見えた。しかし、本当は冷静では無かったのだろうか。


 ヨドゥヤの表情を見る。酷く、興奮していた。冷静ではないのは果たして誰か。


「……お帰りになった方がよろしいのではないでしょうか? 冷静さを失っているように見えます」


 スーも同じことを思ったようだった。


「うちは、うちは冷静や」


「本当にそうですか?」


 スーは冷淡に尋ねる。ヨドゥヤに安易に肩入れする訳にはいかない。


「――せやな。冷静さを失っとるかしれへん」


 ヨドゥヤは深呼吸をした。


「……うちは同盟締結を阻止しようとしてたんや。せやから、不信感を煽ったり、議論を誘導したりしとった。けど、うちの目論見は失敗した。同盟は締結されてしもうた」


「お遣いについて聞いてもよろしいですか?」


「うちは代々、大都の財政を支えてきた。せやから金の力はよく知っとる。うちは金で平和を買おうとしとった。その為に、お遣い、つまり北の使者と接触したんや」


 ナナは顔を顰める。町を愛する気持ちは理解出来る。けれども、何かが間違っているのではないかと感じた。


「行動が杜撰ではありませんでしたか?」

 

 行動の意図は分かった。それでもやり方が横暴であったように思う。


「それがうちの精一杯やった」


「どういうことですか?」


「せやな、これを伝えることは意外にも抵触事項になっていないんや。牽制やろうな」


 ヨドゥヤが呟く。


「うちは行動を制限されとる。ネットワーク生物、そいつが埋め込まれとるからな」


 ヨドゥヤは、そう言って、首筋を撫でた。


 



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