第100話「正しさの定義」
天下、ナナはその言葉を反芻する。そうだ、会議でハシバが天下という言葉を口にした時、妙に引っ掛かった。それはハシバの野心が漏れ出た言葉であったからだろうか。
ヨドゥヤが言うには、ハシバは全ての都、全ての地方を統一しようと画策していると言う。天下統一、ハシバの名の下における太平、随分と遠大な野望である。だが、ハシバはそれを実行しようとしている。
「いいのではないでしょうか? 平和が何よりです」
「そやな、大局的に見れば、それが正しいのかもしれへん。せやけど、その過程で犠牲になるもんを見過ごせないんや」
「犠牲、ですか」
「ハシバは天下太平の為に、今ある平和を犠牲にすることを厭わんのや。ハシバの野望が実現した時、うちの愛するこの町は無くなっているかもしれへん」
町の消滅、穏やかな言葉では無い。
「北には勝てへん。せやけど、勝ち負けは重要やない。結局の所、負けなければいいだけや」
「戦争は否定していましたよね?」
「……防衛は戦争やない、詭弁やろ。トトッリさんも迂闊やけど、ハシバも冷静やない」
皆に追い詰められ、あたふたしていた漠都の軍師を思い出す。それと比べ、ハシバは冷静に見えた。しかし、本当は冷静では無かったのだろうか。
ヨドゥヤの表情を見る。酷く、興奮していた。冷静ではないのは果たして誰か。
「……お帰りになった方がよろしいのではないでしょうか? 冷静さを失っているように見えます」
スーも同じことを思ったようだった。
「うちは、うちは冷静や」
「本当にそうですか?」
スーは冷淡に尋ねる。ヨドゥヤに安易に肩入れする訳にはいかない。
「――せやな。冷静さを失っとるかしれへん」
ヨドゥヤは深呼吸をした。
「……うちは同盟締結を阻止しようとしてたんや。せやから、不信感を煽ったり、議論を誘導したりしとった。けど、うちの目論見は失敗した。同盟は締結されてしもうた」
「お遣いについて聞いてもよろしいですか?」
「うちは代々、大都の財政を支えてきた。せやから金の力はよく知っとる。うちは金で平和を買おうとしとった。その為に、お遣い、つまり北の使者と接触したんや」
ナナは顔を顰める。町を愛する気持ちは理解出来る。けれども、何かが間違っているのではないかと感じた。
「行動が杜撰ではありませんでしたか?」
行動の意図は分かった。それでもやり方が横暴であったように思う。
「それがうちの精一杯やった」
「どういうことですか?」
「せやな、これを伝えることは意外にも抵触事項になっていないんや。牽制やろうな」
ヨドゥヤが呟く。
「うちは行動を制限されとる。ネットワーク生物、そいつが埋め込まれとるからな」
ヨドゥヤは、そう言って、首筋を撫でた。




