第2話 とまどいの気持ち〔1〕
僕が美沙と呼んだ瞬間、彼女の――美沙、の表情がぱっと明るくなった。
そこまで嬉しそうな反応をされてしまうと、僕もなんだか照れくさくて、思わず背を向けた。
すると驚いたことに、美沙は突然、後ろからぶつかるように抱きついてきた。衝撃で少し前のめりになる。
当然のことだが、通行人すべての視線を僕たち二人が二人占め。
「お兄ちゃん、大好きっ!」
どこまでも純粋で、周りの注目を集めていることなど無自覚な美沙は、僕の背中で無邪気に笑う。
――ああ。この愛しくも哀しい、僕の受難の日々は、この先もまだまだ続くんだろう。
やっかいなのは、僕自身がそのことを、まんざらでもなく思っていることであって。
大好き!お兄ちゃん☆ 〜第2話 とまどいの気持ち〜
今日も、彼女はいつも通り制服に身を包んでいる。
その中学生の制服を着ていなければ、もっと大人びて見えるところだ。……とりあえず、外見は。
今日は金曜日。昨日の埋め合わせということで、僕は美沙を車に乗せて海に向かっている。
どうして海かというと、どこに行きたいかと聞いたら、美沙が「デートっぽいところ!」と即答したからだ。
美沙はどうしても兄妹“デート”というところにこだわりたいらしい。
そんな注文を受けたのは初めてで、僕にとっても無理難題だったわけだが。
学校帰りの美沙を連れて、夕方からでも行けるところ、と考えて、思いついたのは海くらいだった。
車で行けばそう遠くない距離だから、夜遅くなることもない。
「お兄ちゃん! 海が見えてきたよ!」
そう言った助手席の美沙が、開いた窓から身を乗り出してよりいっそうはしゃぎ始める。
本当に危なっかしい。僕は右手でハンドルを持ちながら、左手で窓からはみ出た美沙を引き戻した。
すると窓の外に夢中だったらしい美沙が、きょとんとした顔で僕を振り返る。
この数日間で分かったことだが、美沙のこういう周りの状況をかえりみない一面は困りものだ。
自覚がないのが、更にことをやっかいにしている。
そうして辿り着いた小さな海岸には、意外なことに誰もいなかった。
海開き前の、平日の夕方。そんな状況を考えてみれば、それも納得できる。
「やっと着いたぁ!」
嬉しそうにそう言った美沙は、駐車場に車を止めるなり降りて、走って浜辺へと向かっていく。
置いて行かれないように、僕も車から降りて後に続く。
歩いて向かった僕に随分と距離をあけ、美沙はすぐに浜辺まで到達した。
そしてためらいもなく靴下と靴を浜辺に脱ぎ捨てて、海に向かって走っていく。
その後ろ姿を遠目に見送りながら、兄心ってこんな感じなのか、なんて、僕はそんなことを思っていたのだった。
美沙が笑うと、僕もなんとなく嬉しい。昨日の美沙の泣き顔は、僕の心に残って消えてくれそうにないのだ。
付き合いはまだ短いが、これから増やしていければいい。もう二度と、美沙があんな顔をすることのないように。
海に足をつけてはしゃいでいた美沙が、笑顔で振り返り、「お兄ちゃん!」と僕を呼ぶ。
僕はやれやれと微笑みながら、呼びかけに応え、美沙のいる波打ち際に向かった。




