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最終話 『大好き!お兄ちゃん☆』〔6〕



 どうしてだろう。今までどんなにあがいても捨てられなかった、私の心の中のしがらみ。

 なのにお兄ちゃんは言葉ひとつで、そんなもの簡単に打ち砕いてしまった。


 振り切れたように、一気にあふれだした涙。誰かの前でこんなに思いきり泣いたのは、初めてかも知れない。

 弱さを見せるのは、いけないことだと思ってた。だけどお兄ちゃんの前でなら、許されるような気がしたから。


 抱きしめる腕に力を込めると、お兄ちゃんも私をしっかりと抱きしめ返してくれた。

 いつもそうだ。お兄ちゃんは私をそのまんま受け入れてくれる。弱いとこも、わがままなとこも、全部。


 そばにいすぎて当たり前になっていたから、見逃してたけど。

 言葉にしなくても、お兄ちゃんの瞳が伝えてくれる、お兄ちゃんの優しい気持ち。


 ――“確かなものなんて、もう心の中にいっぱいあるでしょ?”


 いつかお兄ちゃんに伝えた私自身の言葉が、今、私の心に切なく響いた。


 他人から始まった、私たちの兄妹生活。

 お互いにお互いを知って、もっと知りたいと思って、でも簡単に分かり合うことなんてできなくて。

 けんかもした。手を離そうとしたこともあった。臆病にもなって。弱くもなって。だけど、一緒にいてとても幸せだった。


 私……バカだ。他人だなんて。目をそらして、気付かないふりして、結局また逃げてた。本当はわかってたのに。


 しばらくの間、私は泣き疲れるほどに泣いていたけど、お兄ちゃんはずっと何も言わずに抱きしめてくれていた。

 ようやく涙もおさまってきたかというところで、私は顔をあげてお兄ちゃんを見た。


「目が赤いよ」


 そう言って、くす、と小さく笑い、お兄ちゃんが私の目尻に残った涙を指先でぬぐった。

 お兄ちゃんの、こげ茶色の瞳の色が好き。そこに私が映ってるってだけで、どうしてこんなに切なくなるのかな。


 そんな私の内心を知ってか知らずか、お兄ちゃんはその笑みを困ったような笑い方に変えて。

 そして、何度か口を開こうとしてやめるのを繰り返した後、ためらいがちに言った。


「……ごめん、ひとつうそついた。確かに美沙は大事な家族だけど、それだけじゃなくて。……美沙は、僕の一番大切な人だ」


 心臓が強くどきりとした。まるで意味深な言葉。一瞬、聞き間違いかとも思った。

 だけど目の前のお兄ちゃんが、よく見ないとわからないけど、どこか照れたような初めて見る表情をしていて。


「私……そんなに子供じゃないよ? そんなこと言ったら……」


 勘違いだろうと思ったから、私は遠慮がちにお兄ちゃんに問いかけてみる。

 だけどお兄ちゃんは否定するそぶりも見せず、きゅんとするほどの素敵な笑みを見せてくれた。


「知ってるよ。だから美沙が好きなんだ。……って言っても、美沙にはまだわからないかな?」

「子供じゃないって言ってるでしょ?」


 少しむっとしながら、私はそうたたみかけてみる。私はお兄ちゃんほど大人じゃないのかもしれない。

 だけどそんなに子供じゃない。今だけは、大人とか子供とかじゃなく、ちゃんと同じ目線でいてほしい。


 するとお兄ちゃんは観念したように、でもしっかりと私の目を見て、次の言葉をくれた。


「美沙が好きだよ。だから美沙が大人になったとき、僕を彼氏にしてほしいんだ。僕は美沙の兄妹で、家族で、そして彼氏にもなれるんだよ」


 また涙が出そうになった。こみ上げてくるのは、きっと好きという感情そのもの。

 心がいっぱいだった。お兄ちゃんにも伝わってるかな。私がいま、どんなにうれしいのかって。


「いやだよ、そんなの。今すぐじゃなきゃ、いやだよ」


 必死に言って、私はもう一度お兄ちゃんに抱きついた。お兄ちゃんの大きな手が私の髪をなでる。

 お兄ちゃんは陽だまりみたいな優しさをくれる。大好き。すごく大好き。


「……うん。そうだね」


 頭の上から聞こえた、お兄ちゃんの優しい声音。伝わる鼓動の音が、私と同じリズムを刻む。

 それがしあわせ。ずっとこのまま、時間が止まってしまえばいいとすら思った。



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