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最終話 『大好き!お兄ちゃん☆』〔1〕



 会いたい、という気持ちがないと言えば嘘になる。だけど、今の私にはその嘘を貫き通すしか道はない。


 空の星を、見上げる時と同じ。大好きなあのひとに会えなくても、顔が見れなくても。

 さみしくないよって、同じ空の下にいるんだからって、自分にそう言い聞かせて。



  大好き!お兄ちゃん☆ 〜最終話 『大好き!お兄ちゃん☆』〜



 どんなに辛いことがあったとしても、日常はゆっくり流れていく。いつも通りの、日常。

 だけどふと泣きたくなることがあるのはきっと、あのひとがいる日常に、私が慣れ切ってしまっていたから。


 会わなくなってから、もう1か月近く時間がたった。もうずっと声も聞いていない。


 昨夜も、あのひとの夢を見た。強まってしまった、会いたいという気持ち。

 だけど今日も無事作り笑いながら、私はいつもどおりに真央ちゃんとお弁当を食べていた。


「……拓斗さん、元気にしてる?」


 真央ちゃんが、遠慮がちな言い方でふとそんなことを聞いてきた。

 少しだけ傷も浅くなってきてるから。真央ちゃんも聞きたいのずっと我慢してくれてたんだろう。


 だけど、真央ちゃんが期待するような答えは、私は持ってない。

 真央ちゃんがあのひとに会えなくなったのと同じに、私だってもう会えなくなっちゃってるんだ。


「離婚したから、もう会えないの」


 私がぽつりと言うと、真央ちゃんが顔をこっちに向けて私を見た。

 なんとなく目を合わせ辛くて、私は視線をお弁当にだけ向けておかずを箸でつつく。


 真央ちゃんはそんな私のことを見たまま、また口を開いた。


「そうなんだ……でも、離婚したからって、なにも会えなくなくことないでしょ? 会いたいって思えば……」

「もう会えないよ。だってもう、家族じゃなくて“他人”でしょ?」


 真央ちゃんが言い終わらないうちに、私は少しだけ強い口調になってしまいながら口をはさんだ。

 思わず見やった真央ちゃんの目は、少し驚いたような色をしていた。


 そしてその色を言い聞かせるときのものに変えて、真央ちゃんは私の肩に手をおいて言った。


「美沙ちゃん? 美沙ちゃん違う。きっとそれ、違うよ」


 私は、何も答えられなかった。違うって、真央ちゃんは言うけど。私は何か間違ったの?


 荷づくりのときに見つけてから、ずっとポケットに入れているあの白い貝殻を、私はポケットの上からぎゅっと握りしめた。


 ――ううん、何も間違ったことなんてないよ。だってもう離婚しちゃったんだから。

 もう家族なんかじゃない。他人にならないといけないから。だから、きちんとさよならしたんだ。


 そうやってずっと自分に言い聞かせてるんだけど、どうしても、頭の中のもやもやが取れなくて。

 今日も、とぼとぼと歩く帰り道。家の近くまで来たところで、久しぶりに見る彼の姿があった。


 きっと私を待ってたんだろう。遅くなっちゃったけど、昨日、メールで離婚したことを伝えた。

 ここの住所も教えたけど、まさか来てくれるなんて思ってもみなかった。

 

「マキちゃん」


 向こうを向いてる彼の背中に声をかけると、マキちゃんが振り向いた。

 もう夏休みも終わったから、おじさんの家から自分の家に戻り、自分の生活に戻ってるマキちゃん。


 平日だというのに、たぶん学校が終わってすぐ、電車に乗って会いに来てくれたんだ。

 マキちゃんに向き合い、にこりと笑ってみせると、マキちゃんはちょっとだけ表情を和らげた。


「ん。ちょっと無理はしてるけど、大丈夫みたいだな」


 言いながら、マキちゃんは私の頭に置いた手で、髪をぐしゃぐしゃとかき回した。

 ぼさぼさになる私の髪。同じことをしても、あのひととは全然違うな。


 そんなことを思ってしまってから、私ははっとする。もう考えないようにしていたのに。


「あいつとは、会ってんの? あの、兄貴」


 まるで私の心を見透かしたかのように、絶妙なタイミングで、マキちゃんがあのひとの名前を出した。

 どきりとする私の心。でも動揺を隠して、私は言葉を返す。


「もう会わないよ。もう、お兄ちゃんじゃないし。私ももう……妹じゃないから」


 私がそう言うと、マキちゃんは考え込むように黙ってしまった。


 ずいぶんと、本当に気が遠くなるような沈黙が流れて。

 私が耐えかねて何か言おうとしたとき、マキちゃんがやっと口を開いた。


「そうやって目をそらすのは、楽なんだろうな。確かに、逃げ道もひとつの道だ。だけど美沙は、本当にそれでいいわけ?」

「……どういう意味?」


 私がマキちゃんにそう訊いたと同時に、私のケータイが着信音を鳴り響かせた。

 取り出したケータイ、ディスプレイに表示された名前を見て、私は驚いてしまった。

 瞬時に走った緊張に、ケータイを取り落としそうになる。


 ――それは思いがけない、あのひとからの電話だった。


 私はどうしていいのか分からなくなっていた。

 だけどただの電話だって、普通に出ればいいんだって気づいて。私は通話ボタンを押すことに決めた。

 だけど指先が震えて、なかなか押せなくて。結構時間がかかったけど、着信音が鳴りやむことはなく。


 無事、やっとのことで私は通話ボタンを押し、受話器を耳に当てることができた。


『……美沙?』


 受話器の向こう側から降ってきた、久しぶりの声。

 とても優しいトーンのその声が、私の名前を呼ぶことすら、愛しくて。



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