第11話 夏休みの終わり〔5〕
紙きれの上に並ぶ、父親の名前と、美沙の母親の名前と。現実を思い知らされる。
さっきまでは美沙を連想し、心暖かくなるはずだったクッション枕。
けれどこうなってしまってはもう、置き去りにされた、ただのかわいそうなものになってしまった。
靴がなかったのも、タオルケットがたたんであったのも。美沙が、足跡を消していった結果でしかなかったのだ。
「離婚は成立したんだ。後はこれを提出するだけ。……けど、新婚旅行の行先にまでこんな用紙を持ってきているなんて、彼女にとってこれは、想定内の出来事だったのかもしれないね」
父さんは自嘲気味にそんなことを言った。こんな展開、誰が予想していたというんだろう。
あまりに急すぎる。結婚もそうだったが、離婚までこれじゃ話にならない。
耐えられないほどの憤りが、僕を支配していく。
「そんな話、納得できると思ってる? 僕も美沙も、父さんたちの勝手に振り回されただけじゃないか……!」
僕は言葉の語尾を強め、言い終わらないうちに、思わず父親の胸倉をつかみ上げる。
苛立っていた。勝手な父親たちに対しての怒りももちろんあったが、きっと、自分自身に対しても。
あの時の美沙の笑顔、ほんの少しの揺らぎ。気づいていながら、また僕は見逃してしまったのだ。
眼前に、父親の後ろめたさを映した目が見えて。そこでやっと冷静にならざるを得なくなった僕は、父親を解放した。
それでもまだ、父親の目を直視することはできなかった。目をそらしたまま、僕はぽつりと聞いた。
「……美沙の、引っ越し先は?」
「教えられない。もう他人になったんだから」
父親は淡白な声でそう返してきた。そう言われるだろうと思っていたが、引き下がれない理由が僕にはあった。
「頼むよ。……父さんたちが離婚しようが、僕にとって美沙は大切な家族なんだ」
危機迫った僕の声音に、さすがに教えられないで通すことができなかったのか。
父親は一瞬のためらいを見せた後、やがて観念したように、手短に住所を告げたあと、遠慮がちに聞いてきた。
「美沙ちゃんに、会いに行くのか?」
「そうしようと思ってるよ。でもその前に、やることがある」
僕の言葉に、父親は勘繰るような視線も見せたが、追及してくることはなかった。
疲れ果てているような表情をしている父親には、そんなことをいちいち考えるのも面倒だったのかもしれない。
父親の傷心は目に見えて明らかだ。別れは、一方的だったんだろう。
ひとつ、決心したことがあるのだ。美沙本人のケータイの番号も、メールアドレスも。連絡先は知っている。
住所を聞いたのは、もっと別の目的があるからだ。――そう、美沙のために。
たとえ僕の父親と離婚して、僕とは他人になっても、美沙の母親が、美沙の母親であることには変わりない。
「すまない、僕も混乱しているんだ。彼女はまた、繰り返すんじゃないのか。結婚と、離婚を」
父親が途方に暮れたように言った言葉を、僕はかみしめていた。
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