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第11話 夏休みの終わり〔4〕



 なんとなく落ち着かない気持ちのまま、その日のバイトを終えた。


 今日はずいぶん長時間働いた。外に出るともう日も暮れかけている。すっかり遅くなってしまった。

 大学まで来た美沙に会ってからそのままにしてしまっていることが気がかりだ。


 そろそろ真央ちゃんの家から帰っている頃だろう。早く帰って、美沙の顔を見なければ。

 そう思いつつ、急き立てられるように僕は帰りついた家の扉を開けた。


 美沙の靴は、ない。それに玄関がきれいだ。珍しく靴箱の中に靴を片づけているようだ。

 誰もいない家の中は、いつにも増してしんとしていた。


 たいていの場合は、美沙が早く家に帰っているので、僕が早く着くのは珍しいことで。

 美沙の玄関までの出迎えがないのは、いつか美沙が家出した時以来かもしれない。


 あの時の苦い気持ちがちらりと思い出されるが、きっと真央ちゃんと遊ぶことに夢中になって遅くなっているんだろう。


 そう言い聞かせ、僕は美沙の帰りを待つ。時間は遅くても夏だから日が長い。

 メールをしようかとも思ったが、それじゃ過保護すぎるかもしれない。黙って待つ他なかった。


 何もしないで待っているというのは、結構な苦痛になるものだ。何も手に付かないし、心配な気持ちも膨らんでいく。

 この無駄に広い居間に、ひとりでいるというのも落ち着かない。以前はこれが当たり前だったのだが。


 こうして居間にいても、自然と決まった2人の定位置というのがある。ソファーの前に僕、その少し横に美沙。


 だから美沙がいないというのは余計に違和感を感じるのかもしれない。

 美沙がこの家に来てからは、お互い部屋で過ごす時間よりも、居間にいる時間のほうがはるかに長かった。


 美沙の座る場所には、クッション枕とタオルケットが置いてあり、それが少し散らかった印象をかもしだしている。

 今日はタオルケットがきれいにたたんであるから、いつもより若干ましだが。


 クッションもタオルケットも、もとは僕の部屋にあったものだ。いつのまにかここにあるのが当然になっていた。

 昼寝用だと言って、美沙が勝手に持ち出したらしかった。そのくせ片付けるとすねるのだ。


 美沙は、いつも僕を大好きだと言う。けれど同じ言葉でも、ニュアンスが若干違ってきていたような気がする。

 具体的に、どこがどう違うかは、説明が難しいが。美沙に大好きと言われるたび、最近は愛しさを感じていた。


 ――どうしてこんなことを考えているんだろう。今朝会った美沙の様子が、どこかおかしかったからだろうか。


 1時間ほど待ったところで、さすがに日も暮れてしまい外が暗くなった。これは、いくらなんでも遅すぎる。

 僕は意を決して美沙のケータイに電話を入れようとした。けれどその時、玄関の扉が開く音が耳に入ってきた。

 

 安堵すると同時に、少し厳しいことを言いたくなった。美沙に、遅くなるときは連絡を入れるように言わなければ。

 僕はそんなことを考えながら玄関に出たのだったが、玄関で靴を脱いでいる人物は、予想とは違っていた。


 玄関に出迎えにくるなんて、今までとったこともない行動をする僕を、その人物は不思議そうな顔で見ていた。

 その人物というのは、僕の父親だった。新婚旅行は1か月のはずだし、予定よりも早い帰りだ。


 それに、期限ぎりぎりまで話し合ってから帰ってくると思っていたのに。

 何の連絡もなく突然帰ってこられても驚くばかりだ。それに美沙の母親も見つからない。


「……離婚が決まったよ。彼女は出ていくそうだ」


 展開についていけていない僕を置き去りにして、父親は手短にそれだけ言った。

 頭を強く殴られたような衝撃だった。口調は軽くても、言っている内容はまるで軽くはない。


 立ち尽くすままの僕の横をすり抜けて、父親はさっさと家に上がり、ソファーにどかりと座った。

 自棄になっているような態度だ。けれども僕にはそんな父親を気遣う余裕も義理もなかった。


 わけもわからないまま、とりあえず父親の眼前まで行き、僕は抗議を始める。


「ちょっと待って、まだ美沙が帰ってきてない。きちんと4人で話し合ってから――」

「もう帰ってこないよ。美沙ちゃんも、その母親も。もう二度と、お前とは会うことはない」


 すかさず切り返してきた父親のそんな言葉を、一瞬、理解できなかった。


「え……?」


 ややあって、やっとそれだけ聞き返した僕。父さんは難しい顔をして、鞄の中から紙切れを取り出し、僕に突きつけた。

 僕はそれを見て、しばし絶句する。その紙切れは、離婚届だったのだ。





明日も更新したいと思ってます☆



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