第11話 夏休みの終わり〔2〕
――“結婚することになったの。美沙ちゃん、お兄ちゃんができるんだよ”
はじまりは、そんなママの一言だった。
戸惑いも、期待も、本当はあまりなかったんだ。ママの再婚ははじめてじゃなかったから。
だけどお兄ちゃんに出会ってしまったから。私の兄妹になった人が、お兄ちゃんだったから。
――“もっと頼ってくれていいよ。兄妹なんだから”
あの時お兄ちゃんにおぶわれて、大きな背中越しに見えた、ふわふわ揺れるお兄ちゃんの茶色っぽい髪の色。
あの幸せな感覚。お兄ちゃんといられるのが、うれしい。お兄ちゃんが大好きだから。
ずっとずっと、あんなふうに、お兄ちゃんに甘えていたいと思ってた。
夏休みの最後は、いろんなとこに出かけて本当に楽しかった。お兄ちゃんが楽しくしてくれた。
まだ、行きたい所はいっぱいあったし、夏休みはあと少し残ってるのが心残りだけど。
『離婚することに決めたの。今、飛行機。別々に帰ってきてる』
今、この現実が、私の心を冷やしていく。始まりと終わりは、対照的なようでつながっている。
お兄ちゃんもいないひとりの家で、受話器を耳にあてたまま、立ち尽くす私。
予想を裏切らないママの言葉で、終わりは静かにやってきた。重苦しくもなく、あっさりと。
宣告は、唐突なようで、けれども予想の範疇内の出来事だった。
心がマヒしたような変な感覚。容赦なく続く、受話器の向こう側からのママの声。
『今日の夕方頃、ママが先にそっちに着くから。そのまま家を出る予定だよ。美沙ちゃんは、荷物をまとめておいてね』
怒るとか、泣くとか、取り乱すとか。そんな風になるのかなと思ってたけど。
悲しいことだけど、離婚っていう出来事に対する慣れっていうのがきっとあって。
機械的に、まるでそうするのが当然のことみたいに。ママは受話器の向こう側にいるのに、わざわざ作り笑って。
「うん、わかった」
私は頷き、聞き分けのいい子になる。ママはそんな私の反応に安心したのか、淡々と今後の予定を説明し始めた。
ママたちが、お兄ちゃんの――菅谷の家に荷物を運び切る前に旅行に行ったから、大体の荷物はママの実家にある。
だから出て行くのは簡単なこと。先に帰ってきたママと、おもに私の、ひとり分の少ない荷物をまとめて。
そのまま菅谷の家を後にするだけ。あっけなくて簡単で。だからこそ、現実感がないようで、妙にリアル。
ママは離婚を何度もやってるから、もう実家にも合わす顔がなくて帰れないと言った。
だから小さなアパートを借りて、当面は2人暮らしする予定だと。
ママからの電話を終えて。私はしばらくそのままぼんやりとしていた。そしてふと我に返る。
ああ、お皿を洗って真央ちゃん家に遊びに行く予定だったんだ。すっかり忘れそうになってた。
とりあえず私はお皿を洗う。洗い終わった後、水道の蛇口をひねる音がやけに大きい気がした。
荷物をまとめるのに、やっぱり時間はかからなかった。2時間ちょっとくらい。
このまま、ママが帰ってくるのを待って、そしてこの家を出て。そして、もう二度と――……
そこまで考えて、私は危機感を覚えた。それじゃいけないと思った。
このまま終わりなのは仕方なくても、お兄ちゃんに、ちゃんと伝えなきゃいけないことがあるから。
明日も更新に来ます。ぜひ見に来てください☆




