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第10話 笑顔の向こう側〔2〕



 考えてもみない展開だった。まばたきを繰り返しながら、僕は眉根を寄せ受話器に向かって問いかける。


「……は? 何言ってるのか、よくわからないんだけど……」

『拓斗には黙ってたが、彼女、離婚を繰り返してたらしいんだ。そして今回もやっぱり……ってことらしい』


 僕の少し強い口調にもひるまず、父さんが淡々と告げる。どうやら本気らしい。

 冗談を言っているのかとも思ったが、声音や話し方からただならぬ雰囲気を感じたのだ。


「……どういう話? 初対面の子供たちを残して、勝手に旅行に行った結末が、これ? 本気で言ってる?」


 本気だとわかっていながらも、そう責めずにはいられなかった。信じられない展開だった。

 僕も混乱しているのかもしれない。家族になろうと努力している矢先、また他人に戻るなんて、そう簡単に受け入れられない。

 しかもこんなに早く、短期間でだ。新婚旅行の時もそうだったが、今回はもっと非常識極まりない話だ。


『……僕も、離婚なんてしたくないと言ったよ。でも彼女は、決して誰も見ていない。誰と結婚しても。すでに、空の星に心を奪われてしまっているようにしか、見えないんだ』


 父さんのその言葉に、僕はとうとう言葉を失ってしまった。僕がどうこう言ってももう、どうにもならない話なんだろうか。


 通話を終えて、僕は意味もなく床に寝転がってみた。もう課題をする気もなくし、僕は額に手のひらを当てる。

 反対するにしてもなんにしても、とにかく今は頭を整理して、気持ちを落ち着けたかった。あまりにも突然な話で。


 父さんはもう一度よく話し合って、慎重に決めたいと言っていた。だから帰ってくるのは予定通り、夏休みの終わり頃だと。

 だけどそんなに時間がある訳じゃない。むしろ、すぐと言っていいほど短い時間じゃないか。


 結論は、すでに出ているんだろう。繰り返されてきたという離婚。

 先の見えない約束は怖いと言った美沙。こんな形で、美沙の不安の正体に気づくなんて。


 空の星に囚われているのは、美沙だけじゃなかったのか。美沙が星になったと言った、美沙の本当の父親。


 このまま離婚になったとすると、美沙と僕は兄妹でなくなる。そうなったとき、美沙が心配だと思った。

 でもそれだけじゃない。僕は自分で思った以上に、ショックを受けているようだった。


 他人になる? 僕と美沙が? 短い日々だったが、お互いが必死になって築いてきた絆。

 時間はたくさんあると思っていた。家族としての時間はこれからも続き、ずっと美沙の笑顔を見守っていけるのだと。

 それなのに、こんな展開になるなんて、誰が予想しただろう。……美沙は、わかっていたのか――


 その時、ふと何かがかぶさってくる気配がして、僕は覚醒した。覚醒したということは、僕はいつの間にか眠っていたらしい。

 次第にはっきりしていく視界の中、もう随分見慣れた顔が、寝転んでいる僕を見下ろしていた。


「あ、ごめん。起こしちゃったかな。そーっとしたつもりだったんだけど」


 美沙がそう言って照れ笑う。かぶさってきたのはタオルケットで、美沙がかけようとしてくれていたらしい。

 いつもどおり無邪気な笑顔を浮かべた美沙は、机の上にちらっと目をやってから、さらに面白そうに目を細めた。


「めずらしいね! お兄ちゃんが居眠りするなんて。宿題の途中で、眠くなっちゃったんでしょ。わかるー」


 言って、美沙がうんうん、ともっともらしく頷いている。机の上、開きっぱなしの課題を見て、その結論に至ったんだろう。

 美沙はにこにこと笑っているが、僕はと言えば体を起こしてみたものの、上手く美沙に応じることもできずにいた。


 美沙はいつもどおりでも、僕の中での現状は、さっきの電話で180度変わってしまったのだ。

 そんなことを知る由もない美沙が、またおかしそうに笑いながら、ふと僕の頭に手を伸ばした。


「ふふ。寝ぐせついてるよ?」


 そう言った美沙の手が、何度も僕の頭を撫でつける。寝ぐせを直そうとしているんだろう。いつもと立場が逆になっている。

 だけど僕は寝ぐせどころじゃなかった。僕が何も反応しないので、さすがに異変に気づいたのか。


「お兄ちゃん?」


 美沙がやっと、その大きな瞳を寝ぐせから僕の顔に向けながら、不思議そうに問いかけてきた。

 美沙の目を見て、僕はようやく微笑むくらいの余裕を取り戻した。


「美沙、今から時間ある? どっか連れて行ってあげるよ」


 思いつきのような言葉を、気付けば僕は口にしていた。

 連れて行ってあげる、なんて言いながら、一緒に出かけたいのは僕の方かもしれない。


 だけど予想通りというか、期待を裏切らない美沙はぱっと表情を明るくした。

 美沙の方からせがまれて出かけるのは珍しいことじゃないが、僕の方から誘ったのは初めてなのだ。


 とりあえず寝ぐせを直してから、僕ははしゃぐ美沙と家を後にしたのだった。





まだ見ていただけてますか??


リクいただいた「美沙と拓斗の平和デート」です(笑)


平和……だと思われます。たぶん。



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