第9話 彼女の仮面の、その下に〔8〕
真央ちゃんと2人になってすぐに、私たちは花火で散らかした庭を片づけていた。
まだ花火は残っていたけど、このまま続ける気にもなれない。そう考えると、亜子さんの存在も結構大きかったんだと思った。
私はバケツ周りに落ちた花火を集めて回っている。真央ちゃんは庭周辺に花火が落ちてないか見に行った。
花火は楽しいけど、やっぱりこうして片づけている時間は、現実に引き戻されたみたいで好きじゃない。
地面に視線を向け歩き回りながら、ふと、足下に落ちている終わった花火に気付いて、私はそれを拾おうと屈んだ。
その時、ポケットからケータイが落ちてしまって、そしてそのケータイを拾おうと気をとられたのがいけなかった。
片手に持っていたビニール袋から、それまで集めて回った花火までがばさっと派手に落ちていった。
うんざりする瞬間。自分でやったことだけに、疲れてしまった私はその場にしゃがみ込んだ。
拾い上げたケータイを意味もなくパコパコと開いたり閉じたりして見る。
余裕がなかった。強がって見ても、つまりは好きな人が、ほかの女の人の所に行っちゃってるわけで。
なんとなく落ちた花火の軍隊を見てみると、その中にまだ火をつけていない花火を見つけた。
ポケットにケータイを押し込んでから、私はそれを手に取った。何本かの線香花火だった。
ちょうどいいことに、私の反対側のポケットには、ローソクに火をつけるためのライターが残っている。
ためらいなく、私はその線香花火を構えて、ライターでかちりと火をつけた。
ぽつりと、ちいさく灯る黄色い光。それはやがてぱちぱちと音をたてて、一生懸命に光を放ち始める。
「きれい……」
思わず、ひとり呟いていた。真央ちゃんは片づけをしているのに、私は何をしてるんだろう。
そういう思いもあるけど、この花火が消えるまではこのままでいようと思った。
前に花火をした時、“パパだった人”が、線香花火は最後まで落とさずに燃やすのは難しいと言っていた。
ちょっとした手の動きでも致命傷。だから一番繊細で、やさしい花火なんだって。
そういうちょっとした難しいことっていうのは、願かけの対象になったりする。
あの時、私がこっそり線香花火に願ったのは、ずっとみんなと、家族と一緒にいられますようにって。
だけど私もそのままじゃなくて。私の家族もそのままじゃなくて。今の私が願うのは。……願う、のは――
「何してるの?」
ふと頭の上から飛んできた声は、聞き慣れた、とても大切な人のものだった。
その声に反応したせいか、私の手がほんの少し揺らぎ、ぽとりと大きな光の玉が地面に落ちた。
「落ちちゃった……」
私が思わず落胆した声で呟くと、お兄ちゃんも私の前にかがんで、目線の位置を合わせた。
かと思うと、お兄ちゃんは残りの線香花火に手を伸ばし、そこからとった1本を私の手に握らせた。
お兄ちゃんもライターを持っていたらしく、お兄ちゃんのポケットから取り出されたそれで、花火に火がともされる。
あっという間に、今度はお兄ちゃんの手から生まれたちいさなひかり。
さっき落としてしまったこともあって、私の手は緊張からか少し震えてしまっていた。
すると、お兄ちゃんの手が今度は花火を握りしめる私の手に伸びて。その大きな両手は私の両手を簡単に包み込んだ。
「大丈夫。2人分の手があれば、最後まで守れるよ」
お兄ちゃんはにこりと笑い、もっともお兄ちゃんらしいともいえるそんな言葉を口にした。
花火のわずかな光が、2人の両手で繋がれて。泣きたくなるような感覚。好きだと思った、とても。
「亜子さんと……付き合うの?」
ぽつりとこぼした私の言葉。待っている間、膨らんでいった嫌な妄想。
お兄ちゃんは驚いた顔をして私を見たあと、静かに微笑んで、でも視線は線香花火に向け直してから言った。
「いや……」
告げられたのはたった一言。だけどざわざわしていた私の心は少し、落ち着きを取り戻した。
私が見つめるお兄ちゃんの瞳に、花火の光が映っている。そこでまた、すぐに気づいてしまう。
どうしようもなく優しい、お兄ちゃんの瞳の色。どうしてお兄ちゃんはこんなに、私を切なくさせるのが上手いんだろう。
「今は……、妹の世話だけで、手一杯だから」
そう言って、お兄ちゃんがまた私を見て笑ってくれた。夏の思い出になるような、とてもいとしい笑みだった。
2人分の手の中で、線香花火は途中で落ちることなく、いつの間にか自然に光を失っていた。
だけど不思議とさみしくなかった。




