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第9話 彼女の仮面の、その下に〔1〕



 気持ちが変化して、新しい心境で。今までと同じ場所に立って見ても、なんだか少し違って見えたりする。

 家出して、帰ってきた大切な家。そこで過ごす時間は、違っているようでもあり。


 一見すれば同じ。だけど一緒に居るお兄ちゃんまでも、どこか変わったように見えるのは、私自身が変わったからなのかな。



  大好き!お兄ちゃん☆ 〜第9話 彼女の仮面の、その下に〜



 変化の時期っていうのは、もしかしたら、重なるものなのかもしれない。

 周りの誰も気づいてなくても。あの人の、完璧なはずの仮面はすでに、揺らぎ始めてたのかもしれなかった。


 ◇  ◇  ◇


 短いようで長い夏休みは、まだ続いていた。


 夜ご飯も作り終わって、私はテーブルに座り、並べた料理を何となく眺めながら、お兄ちゃんの帰りを待っている。

 世界でいちばん、安らぐ居場所。この家の全部が、私とお兄ちゃんの家族生活そのもので。


 ずっと抱えている不安以上に、ここに居ると安心する。安心して、なにもせずに待っていると、いろんなことを考えてしまう。

 すぐに浮かぶのが、最近ずっと気になっていること。


 最近って言ってもここ数日のことだけど、あの人の様子が少し、以前と違っている気がするのだ。

 お兄ちゃんもそうなんだけど、でもお兄ちゃんの変化っていうのは、より優しくなったって言うか。

 ささいで、私の気のせいかもしれなくて。家出したことで、お互いの距離がより近くなったことでそう感じているのかもしれない。


 だけどあの人の場合は、違う。それは何か確信があってそう思うわけじゃなく、なんとなく、感じるってだけで。

 同じ想いを抱えた者同士。だから私も彼女の心を、敏感に感じとってしまうのかな。


 実際、あの人との接点もなんだか増えた気がする。夏休み、同じ家に居るお兄ちゃんと私は一緒の時間が多いから。

 だからそれは、つまり、あの人とお兄ちゃんとの接点が増えたってことを意味するわけで。


「考え事?」


 ふと、頭の上から声が降ってきて、驚いた私はびくりと肩を震わせてしまった。

 見上げると、そこにはいつの間に帰ってきたのか、お兄ちゃんが立っていた。いけない。今日は玄関で迎えることができなかった。


 そのことに落ち込みそうになったけど、今はそれどころじゃない。あの人のことを考えてたなんて言えるわけない。


 いくら家族だからって、お兄ちゃんの交友関係にまで口出しできるような立場じゃないし。

 お兄ちゃんが誰と会おうが、私には関係ないんだ。そう思ったら、なんだか胸の中がもやもやとした。


 嫌だな、こんな気持ち。彼女のことを考えるたび、こんな気持ちがこみ上げてくる。

 ごまかすように、私は笑顔を作って努めて明るい声を出した。


「な、なんでもないよ! ちょっと、うたたねしてた、かな?」


 言い終わって、少し気まずい空気が流れた。私は目を開けてたんだし、さすがに不自然だったかもしれない。

 でもこれ以上つっこんで聞いて欲しくなくて、私はなんでもないを貫きとおそうと必死になっていた。


 そんな私の内心なんか、やっぱりお見通しなのか。お兄ちゃんが小さく首をかしげながらくすっと笑って一言。


「悩むのもいいけど、あまり思い詰めないようにね」


 お兄ちゃんがぽんと私の頭に手を置いた。すぐに私は、お兄ちゃんから目が離せなくなる。とてもやさしい瞳の色だと思った。


 どうして、こんな目をして私を見るんだろう。胸が痛くなる。

 私の心を占める大切な想いは、時々こうして私を切なくさせたりする。それにとまどいを覚える。

 自覚、ないのかな。こんな風なまなざしを向けられてしまったら、誰だって好きになっちゃうよ。


 その後もなんとなく、お兄ちゃんを意識してしまって、不自然にならない程度に接してみたものの。

 戸惑いを隠しきれないまま食事を終えて、お皿を洗っていると、お兄ちゃんが台所までやってきた。


 お兄ちゃんには毎日顔を合わせているはずなのに、またひそかにどきっとする。

 恋って、疲れる。私がそんなことを思っているなんて気付いていない様子のお兄ちゃんが、私にケータイを差し出してきた。

 それは私のケータイだった。お兄ちゃんがにこりと自然な笑みを作って言った。


「ケータイが鳴ってたから持ってきたよ。長かったから、電話じゃないかと思って」


 誰からの着信だろう。そんなことを考えながら、ケータイを持ったお兄ちゃんの手に視線を送る。

 すると、ケータイよりもそれを持っているお兄ちゃんの手に目が行ってしまった。

 大きくて、少し骨ばってて。私とは違う、男の人の手をしてるんだなって。


「美沙……?」


 お兄ちゃんの不思議そうな声が私の名前を呼んだところで、私はやっと我に帰った。頬が熱い。

 慌てた私は、お兄ちゃんの手からケータイを無言でひったくるように受け取ってしまった。

 お兄ちゃんは少し驚いているみたいだった。その反応に、私も余計に焦ってしまう。早くお礼を言わなくちゃいけないのに。


 だけどあくまで大人なお兄ちゃんは特に気にしないことにしたのか、少し微笑んでから居間に戻っていく。


「あ、あの! ありがとう!」


 さらに慌てた私は、少しずれたタイミングでお兄ちゃんの背中に向かってお礼の言葉を叫ぶ。

 振り向いたお兄ちゃんがまた、笑顔で答えてくれた。いつも笑ってくれるお兄ちゃんが好き。優しさがにじみ出てるみたいで。


 好きだって思うたび、戸惑っていく。こんな戸惑いは、お兄ちゃんを好きだって自覚した時以来かもしれない。

 何で今さらって、自分に問いかけてみても、どうしてここまで意識してしまうのかわからなくて。


 ただ、さっき見せたお兄ちゃんの優しい瞳の色だけが、私を支配していく。

 ほんの時々、一瞬だけ見せる、あの表情。まだ数回しか見たことないけど、決まって言葉を失う私。


 出会ったころには、あんな顔見たことなかった。それが特別みたいで嬉しい。

 心臓がどきどきしてしまうんだけど、でも、あんな顔を見せてくれるようになったのが嬉しい。


 お兄ちゃんにとっては私は子供で、妹なのかもしれないけど。でも、家族としてでもお兄ちゃんの特別になれたのが嬉しいのだ。

 お兄ちゃんのあんな表情も、私の大切な思い出になっていくんだろうな。それってさみしいけどすごく幸せだ。


 あったかくなった気持ちの中、私はケータイをチェックしてみた。着信が一件。真央ちゃんからだった。

 かけ直してみると、真央ちゃんはワンコールで出た。


『美沙ちゃん? 今日さ、一緒に花火しない?』


 受話器の向こうの真央ちゃんは、何の前置きもなく唐突に話を始めた。

 それに少し面喰いながらも、私は嬉しいお誘いに一気に心を躍らせた。花火は大好きなのだ。意気込んで、私は言葉を返す。


「うん、いいよ! どこでする? ふたりで?」

『ううん。あのね……美沙ちゃん家、遊び行ってもいいかな? お姉ちゃんも、一緒に来てくれるって』


 真央ちゃんの言葉を聞いた瞬間、上がり調子だった私の気持ちが、少し勢いを失う。

 またか、って思った。真央ちゃんの言うお姉ちゃんっていうのは、亜子さんのこと。


 真央ちゃんのいとこで、お兄ちゃんの大学の先輩。

 最近、何かにつけてあの人に会うことが多い。サークル関係の連絡とか言って、わざわざ家まで伝えに来たり。


 私の疑い過ぎで、本当に直接伝えなきゃいけない用事だったのかもしれないけど。

 以前は全然そんなことなかったのに、最近そんなのがやけに多い気がして。


 だけど真央ちゃんの話を断ることもできなくて、真央ちゃんに流されるまま、電話を切った。

 緩やかな夏の空気の中、私の心がまた、ざわざわと騒ぎ出していた。






あああ、更新遅れてごめんなさい。


言い訳になるのですが、ちょっとショックなことがあって落ち込んでおりました(私情です)。


感想くださった方々ありがとうございます!! 今後も頑張ります。




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