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第1話 “無邪気”な妹〔4〕


 待つことなんてもう慣れきってる。いつもいつも、私は待ってた。家族が、安心できる家族になれる瞬間を。

 だからどんなに長い時間だって平気。私はそんなに弱い子じゃないから。



 ◇ ◇ ◇



 強引に送ったメールに、もう二時間近く返事は来ない。それは、私が待ち合わせ場所に立ち尽くして二時間ってこと。

 メールするのも電話するのも好きだけど、こうやって待ってる時間は大嫌いだ。

 何度もメールの問い合わせをする。そして「新着メールはありません」って文章を見るとすごく暗い気持ちになる。

 それを繰り返す、無限のループ。


 私は手に持っていたケータイの電源を切って、鞄の奥に押し込んだ。


 いつもならお兄ちゃんも大学から帰っている時間。もうきっと来ないんだろうって思った。

 何時まででも来てくれるまで、なんて文章を一方的に送りつけて、人の良心に付け込むような真似をしたばちが当たったのかも。

 

 出会ってまだたったの数日。それでも私にとってお兄ちゃんはもう、お兄ちゃん以外の何者でもなくて。

 だけどお兄ちゃんにとっては、きっとちがうんだ。私は形式上妹だけど、他人で。


 お兄ちゃんと居るのは好き。だけどそれは、家族になったからって理由だけじゃないかもしれない。

 胸が苦しくなる。切ない、って、多分こんな気持ちのことを言うんだろうな。


 なんだかつかれてしまった私は人目も気にせず、オレンジの看板の前、通路の隅にしゃがみ込んだ。

 何人もの人が、駅に向かって私の前を足早に通り過ぎていく。

 一人ぼっちでぽつんととり残されてしまったような気持ちに、なった。


 でもこんな気持ち、慣れてるから全然辛くない。そうだ、こんなときは考えることを少しずらせばいいんだった。

 それは私の得意技。つらい時には、楽しいことを考える。


 そこですぐ思いついたのが、今朝、お兄ちゃんに渡したお弁当のこと。

 困らせたくて、わざとふりかけで大きなハートマークを作った。

 どんな反応を返してくれるのか、今日一日すごく楽しみにしてたんだ。


 そうやって少しずつ、お兄ちゃんのことを知っていきたい。私のことも知ってほしい。

 ……でも、それって変だ。

 私は、うわべだけの無邪気な妹でいて、楽しい思い出を作って、笑顔でさよならするつもりじゃなかった?


 ふと、そんなことを思ったとき、頬に水が落ちてきた。

 しゃがんだまま見上げた、いつもより少し遠い空に、雲がびっしり詰まっている。

 ああ、雨が降るんだって、他人事みたいにぼんやり思った。


 次第に、濡れていく髪の毛。一生懸命ドライヤーでセットしてきたのに、意味なかったな。

 降り出した雨に、歩いていた人たちの足がだんだん速くなる。

 できはじめた水たまりを、ばしゃばしゃ踏んで。そこで跳ねた泥水が少しだけ、私にもかかった。


 どうして私はまだここにいるんだろう。もう待っても無駄なのに。だけど、ここを動く気にはならないから。

 そうやって黙って濡れるままになっていると、急に雨がやんだ。

 ……ううん、近くの水たまりを見るとまだ降り続いてる。頭上を見上げて、私はやっと私の周りだけ雨がやんだ理由を知った。


「……あは、あははは」


 何がおかしいのか自分でもわからないまま、私は気づけば笑っていた。まるで王子様みたいな登場。

 しゃがんだ私の前に立って、私にカサをかざしてくれている、お兄ちゃん。


「どうして泣くの?」


 お兄ちゃんは私を見下ろしながら、そんなことを言った。

 ……何言ってるんだろう。私は今笑ってて、泣いてなんかないのに。


 お兄ちゃんは雨を涙だって勘違いしてる。

 そう思って、自分の頬に指先で触れてみると、少し暖かい雨がひとすじ、指先から伝わっていった。



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