第8話 ためらい、予感〔7〕
しっくりこないと言うか、この気持ちの具合をどう表現していいのかわからない。
美沙の無事はわかった。心配したような危険もなかった。これでよかったじゃないか。
駐車場までの短い道のりを歩いていると、道端の石がなんとなく気になった。道路のコンクリが割れてできたようだ。
美沙がいたなら、蹴りたがっただろう。美沙は歩いていると、とにかく空き缶でも石ころでも蹴りたがるのだ。
そこまで考えて、ふと気付く。こんな些細なことにでも、自然と美沙を思い出してしまっている。思わず笑ってしまった。
はじめは、義理の妹。ただそれだけで。一緒に暮らしていく上で、適当に上手くやっていければそれでいいと思っていた。
突き詰めて考えてみれば、妹なんて面倒だとすら思っていたかもしれない。
親の再婚に協力できるように。さし支えのない程度に。優しく接して、有効な関係を築いて。
深入りしない、でもそれなりに仲良く。それは僕の得意とする人付き合いの仕方で、これからもそうやっていこうと思っていた。
別に他意なんてない。ただ、面倒だから。僕の気持ちにはそういう冷めた部分が、昔からあって。
自分のことを冷たい人間だと思ったこともあるし、だからといって気にもしなかった。
――いつから、ペースを乱されてしまったんだろう。
今まで作ってきた、他人を簡単に立ち入らせないための、僕の心の壁。
だけど美沙はそんなものあっさりと壊して、驚くほど自然に僕の心の中に入ってきて。こんなことは初めてだった。
気づけば、守りたいと思っていた。美沙を泣かせたくない、本当の意味で家族になりたいと。
ふと、ケータイが鳴った。表示されていたのは、さっき真央ちゃんの家で別れたばかりの先輩の名前だった。
『拓斗、忘れもの。待ってて、今持ってくから』
僕が通話ボタンを押してすぐ、先輩は電話口でそれだけ言い捨ててから、すぐに電話を切った。
程無くして、先輩の声が背後から僕の名前を呼んだ。家から駐車場まですぐの距離だ。
追いつくのも簡単だったんだろう。
「……はい、これ、車の鍵。これがないと帰れないでしょ」
振り向いた僕の前まで来た先輩は、小さく笑いながら、僕に手を差し出してきた。
そこにあったのは、確かに僕の車の鍵だった。確かに、これがなければ車も動かせなければ、帰れない。
こんなものを忘れて帰るなんて、間抜けにもほどがある。
「拓斗さぁ、らしくないよね。最近ほんと。……それとも、それが拓斗の本質なのかな」
先輩の瞳が、複雑な色を湛えて僕を映した。先輩はまた、自分の耳もとのピアスを指先で触っている。
苦し紛れの独り言のように、先輩がぽつりと言葉を漏らした。
「ひとつ大人になるたびにさ。器用になる分、不器用になるっていうか。無意識に、気持ちの奥に隠しちゃうのかもしれないね」
「先輩……?」
先輩の言わんとすることがわからなくて、僕は先輩に問いかけてみるけど、先輩はそれ以上何も言わなかった。
……わからなかったはずなのに、先輩の意味深な言葉に、なぜかどきりとした。核心をつかれたような気がして。
だからこそその真意が知りたかったのに、先輩はすぐに、いつもの余裕な笑みに戻ってしまった。
「矛盾、かな。あたしの意地悪な部分は、知らないふりしろって言ってるの。だから悪いけど、これ以上は教えてあげない」
先輩は少し困ったような声でそれだけ言うと、じゃあね、とだけ言い残し、あっさり帰って行ってしまった。
ふわりと、茶色い巻き髪を揺らして。美沙の天然の猫っ毛よりも、手が入っているというか、人工的な感じだ。
気持ちは晴れることはなく、ますますもやもやとして。帰路についた僕の心は、今までにないほど複雑な色をしていた。
更新遅くなりました! ごめんなさい!




