第8話 ためらい、予感〔3〕
思いもよらない、久しぶりの再会だった。だから何を話せばいいのか、どんな顔をすればいいのかにも戸惑って。
私は、なんとか言葉を探し出そうとしながらも、そのまま黙っていた。
私とお兄ちゃんとマキちゃんと。家の前で、3人並んで。
傍から見たら、変な光景なのかもしれないな、なんて私は呑気にもそんなことを思っていた。
再会した幼馴染の2人と、その家族。3人の中、一番に口を開いたのは、意外にもお兄ちゃんだった。
「美沙、知り合い?」
お兄ちゃんが少し首をかしげつつ私に問いかけてきた。そうだ、こんな状況。
お兄ちゃんにとってはわけがわからないよね。私はとりあえずお兄ちゃんに説明してあげることにした。
「あ、うん。マキちゃんって言って、私の幼馴染なの」
「だーかーらー、タマキだって」
間髪入れず、少し笑いながら、マキちゃんがわざとらしくも項垂れたような声をあげる。
こういうとこ、やっぱり変わってない。私は少し和みながらも、今度はお兄ちゃんをマキちゃんに紹介しようとした。
だけど私が口を開くその前に、マキちゃんの視線がお兄ちゃんを向いた。
「美沙の兄貴って、オマエ?」
初対面なのに、あまりに偉そうなマキちゃんの物言いに、私の方があせった。
お兄ちゃん、気を悪くしないといいけど。でも私のそんな心配は余計なものだったみたいで。
「うん。そうだけど……」
お兄ちゃんは特に怒った様子もなく、穏やかなままマキちゃんの問いかけにそう答えた。
「ふーん……」
なのにマキちゃんときたら、含みのある言い方でそれだけ言って黙ってしまった。
なぜか険悪な雰囲気だった。というよりも、マキちゃんが険悪な雰囲気を作り出している。
昔から生意気だって言われて、上級生とケンカしてばかりいたマキちゃん。まだ変わってないみたいだ。
「ね、ねぇマキちゃん。元気にしてた? ここの住所わかりにくくなかった? 今日帰るの!?」
気まずい空気をなんとかしたくて、私は一気にまくし立てた。直後、後悔する。
わざとらしすぎたみたいだ。空気が余計に気まずくなっただけ。上手くやれない自分に自己嫌悪する。
「近くに親せきの家があるから、しばらくそっちに泊めて貰えることになってる」
マキちゃんは複数の私の質問の中の、最後の一つにだけ答えた。
そしてお兄ちゃんと私を交互に見て、マキちゃんはまた言葉を続ける。
「どっか出るとこだったんだろ? とりあえず会えたし、今は帰るよ」
確かに私は出かける格好で、お兄ちゃんは車のキー持ってるし、出かけようとしてるのは見ればわかることなんだけど。
ここまで会いに来てくれた幼馴染をこのまま帰してしまうなんて、やっぱりちょっとひどいのかな。
どう気を使っていいのかわからずに、私は困り顔になってしまう。
するとそんな私に気づいたのか、隣のお兄ちゃんがマキちゃんに声をかけて助け船を出してくれた。
「別に用事ってわけでもないし。せっかく会いに来てくれたんだから、美沙と少し話していきなよ」
「いいよ。急に来たオレが悪いわけだし」
だけどマキちゃんは、無愛想にお兄ちゃんの申し出を断ってしまった。
そしてまた私を向いたマキちゃんが、少し真剣な目をした。昔の記憶と重なったような錯覚を覚える。
「また来るから。オレ、美沙の中の過去の人間には、なりたくないんだ」
マキちゃんはそれだけ言うと、そのまま私たちに背を向けて元来た道を歩いていく。
“過去の人間”、なんて。マキちゃんがどんな意味でそれを言ったのかわからないけど。
その言葉がどうしても胸に引っかかってしまった私は、思わず放心してしまった。
だって、それってすごく怖い言葉だ。もうずっと長いこと、私が抱えてる不安をそのまま表したみたいな。
なくしていった家族、大切な人たちの心の中で。私っていう存在ももう、きっと――
結局その後、私とお兄ちゃんは出かけることになったんだけど、どうしても上の空で。
そんな私に、お兄ちゃんが気づかないわけもなく。
「……浮かない顔だね」
少し困ったような笑いを浮かべたお兄ちゃんに、そんなことを言われてしまって、私は焦ってしまった。
せっかく連れてきてくれたのに、こんなんじゃ最悪だ。私はあわててできるだけ自然な笑顔を作って見せた。
「そんなことないよ? すごく楽しい!」
私はそう言ってみるんだけど、即席の笑顔ではやっぱりだませなかったみたいで。お兄ちゃんは表情を変えない。
くしゃ、とお兄ちゃんが私の前髪をかきあげて、手のひらで額に触れる。
触れた場所を中心に、心の奥から湧き上がってくるような、このどうしようもない感情。
「嘘つき。不安で仕方ないって顔してる」
お兄ちゃんが小さくくすりと笑う。すっかりばれていた。
これ以上言い訳して、いくらうわべを取り繕ってみても、きっとお兄ちゃんはだませないんだろう。
「何があったのか知らないし、無理に聞くつもりもないけど。我慢するのは、美沙の悪い癖かな」
お兄ちゃんはそれだけ言ってから、もうそれ以上その話題には触れなかった。あくまでふつうに接してくれる。
やっぱり優しい。こんな優しさの中にいるから、幸せに慣れちゃったのかな。
そうして家に帰ってから、お兄ちゃんはバイトに行った。ひとりになった部屋は、やっぱりあまり好きじゃない。
お兄ちゃんは帰ってきてくれる。最近はそれが当たり前の日々で、だからひとりでも平気で。不安なんて、忘れてたのに。
今日は夢も見たし、突然マキちゃんに会ったことで、ちょっと動揺して思い出しちゃったのかもしれない。
――今日はもう寝てしまおう。朝が来たらお兄ちゃんが居るんだから。
時計はまだ6時も回ってないけど、気を取り直すために、私は寝る準備にとりかかることにした。
まずは、晩ご飯を作ることから。今日はお兄ちゃんの好きなものをいっぱい作ろう。
少し気分が回復した私は、いそいそと台所へ向かった。――その時、ケータイが鳴った。
着信音はメールのものだ。すぐに思い当たった。きっとマキちゃんだ。
あのまま追い返すみたいな形になっちゃったから、とりあえず謝らないと。
そう思って、私は特に深く考えず、送り主も見ずにメールを開いた。すぐに表示される本文。
『ごめんね。やっぱり、ダメかもしれない』
本文はそれだけだった。意味がわからなくて、私の頭の上に疑問符が飛ぶ。
そしてその受信メールをよく見てみたとき、私の心に言葉に言い表せないほどの、ものすごい衝撃が走った。
――そのメールの送り主は、マキちゃんじゃなく、ママだった。




