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第8話 ためらい、予感〔1〕



 いつの間にか、私は眠っていたらしい。どうして眠っていたのか、思い出そうとしても思い出せない。


 今わかることは、眠りから目覚めると、いつの間にか私は家にたどり着いていたってことで。

 遊園地でのプールとか、ジェットコースターとか、私の楽しい計画は全部計画のまま終わってしまった。


 いつも通りの私たちの家で、いつも通り居間のテレビの前に2人。

 遊園地のにぎやかな雰囲気から、当り前な光景の中に戻ってきた私たち。真央ちゃん達も帰ってしまってた。


 眠りこんでいた自分も悪いんだけど、どうして起こしてくれなかったのって、私はお兄ちゃんに詰め寄った。

 だけどごめんと言いながら、お兄ちゃんがいつもより優しい目をするから、私はそれ以上何も言えなくなった。



  大好き!お兄ちゃん☆ 〜第8話 ためらい、予感〜



 ――懐かしい声を聞いた時、ずっと昔から知ってる笑顔を見たとき、同時に苦い思い出がよみがえった。


 家族を失う悲しさの中で、いつも隣で支えてくれた人がいた。

 でもその子のことを思い出すとき、どうしようもなく辛い気持ちも一緒に思い出しちゃうのが怖くて。

 お兄ちゃんと家族になってからは、考えないようにしていたのかもしれなかった。


 だからこの再会が、私の一番恐れている予感に、近づいて行きそうで――怖かった。



  ◇  ◇  ◇



 過去の夢を見た。あんまり楽しい夢じゃなくて、急いで目を覚まして、そして現実にほっとするような夢。


 “すぐに壊れてしまうなら、それは本物じゃなかったんだよ”


 いつか受けた言葉は、夢の中でも鮮明で。あの時の衝撃は、思い出すたび私の心に重くのしかかる。

 お兄ちゃんと家族になってからというもの、穏やかな日常が続いていた。


 何事もなく、だんだん不安も薄れて。お兄ちゃんの隣で過ごす日々は、幸せそのもの。

 1日1日が、すごく大切だって思ってた。


 それは、隣にお兄ちゃんがいるこの日常が、決して当り前な日常じゃないって知ってたから。

 だから、あんな夢を見たのかもしれない。


「……美沙。どうしたの?」


 朝の挨拶をしてからもずっと変わらない、冴えない表情の私をさすがに見かねたのか。

 テーブルの向かい側に座って一緒に朝ごはんを食べているお兄ちゃんが、心配そうにこっちを見た。


「ううん、ちょっと嫌な夢見て……まだ、現実感がなくて」


 作り笑った私は、卵焼きをつつきながら言った。

 夢の中で、私は泣いていた。こうしてたまに離婚のときの夢を見るけど、昨日のは本当にリアルで。


 特に印象に焼きついているのは、幼馴染のマキちゃんのこと。

 いつもマキちゃんのことまでは夢に出てこないし、思い出したのは久しぶりだった。


 離婚のとき、私が落ち込んでるといつも励ましてくれた親友みたいな人だ。

 こっちに転校してから、メールのやり取りすらあんまりしてないけど、どうしてるかな。


 ママは離婚何度もしてたけど、近くの人とが多かったから、引っ越しはしたけど学校は転校しなくてよかった。

 そう言う意味で、今回は私を転校させてでも、どうしても再婚したいって言うから、今度こそ上手くいくと思ってたのにな。


 そんなことを思うと、また少し気分が落ち込んでいく。

 するとそんな私の様子を見たお兄ちゃんが、くす、と穏やかな瞳をして小さく笑った。


「現実感がなくても、ちゃんと現実だよ。大丈夫。……嫌な夢とか見た後ってさ。その分、現実の大切さに気付くよね」


 お兄ちゃんの優しい声のトーンが、すとんと私の胸に落ちて行って。なんだか、安心した。

 どんなに私が思い悩んでても、お兄ちゃんは言葉一つで簡単に救いだしてくれるから。

 だからやっぱり大好きなんだ。ずっと近くにいたいなって思う。


「ねぇ、お兄ちゃん。今日もどっか連れてって! その辺に買い物、とかでもいいから」


 さっきよりも自然に笑顔ができるようになって、少し明るい気分になった私はさっそくねだってみる。

 お兄ちゃんはいつものように、しょうがないな、と言って笑ってくれた。

 そうして朝ごはんを終えて、2人で片づけを済ませた台所で、お兄ちゃんは少し時間が欲しいと言ってきた。


「バイトの準備済ませてくるから。今日は夜にバイト入ってるから、それまでだったら付き合えるよ」


 準備なんてあんまりしたくないけどね、と続けて、お兄ちゃんはすこし困ったように笑った。


 お兄ちゃんは塾の講師のバイトをしている。準備っていうのは、たぶん予習のことだ。

 もう忘れかけてるから、なんて言って、お兄ちゃんはいつもバイトの前は予習して行っている。


 夏休みって言っても、こうやってバイトがあるんだしまったくの暇ってわけじゃないんだろうな。

 そんなことを思うと、無償に言いたくなった言葉がそのまま口から出ていった。


「……いつもありがとう。私のわがまま、聞いてくれて」


 私の改まったような言葉に、お兄ちゃんは一瞬ひょっとしたような顔をしたけど、すぐにその表情を微笑みに変える。

 何か言葉を返してくるわけでもなく、お兄ちゃんはとても優しい目をしていた。


 瞬間、私は言葉に詰まる。最近、お兄ちゃんは時々こんな表情を見せるようになった。

 いつからだろうって何度か考えてみたんだけど、いつも最終的には、遊園地に行った後くらいからだって答えに行きつく。


 私たち2人が家族に近づいたから、だからお兄ちゃんも変わってきてるのかな、って思ってみたりするけど。

 でも、それだけで納得してしまえるような感じでもなくて。正直、戸惑ってしまう。


 そんな私の内心なんて知らないお兄ちゃんの大きな手が伸びて、ぽすん、と私の頭の上に乗っけられた。


「待っててね」


 それだけ言って、お兄ちゃんはそのまま2階の部屋に向かっていく。

 その後ろ姿を、私は何となく目がそらせないまま、じっと見つめてみる。気づけば、頬が少し熱くなっていた。






やっと更新できましたー^^


この一か月ほど、書こうとしては失敗してを繰り返して苦しんでおりました。


更新を待ってくれた方は、まだいて下さるのかわかりませんが、本当に申し訳ないです。


更新止まってる間も拍手とか投票とかして下さった方々がいて、すごく励まされてました! 


ありがとうございます。今後も頑張ります!




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