第7話 隠れた想い、隠した想い〔11〕
しばらくしてから、美沙の笑いはやっと落ち着いたようだった。
それでも、相変わらず僕にしがみついたまま離れない美沙。先輩達からの連絡もなく、合流の兆しはまだ見えない。
とにかくこんな状態で立っているほど目立つことはないので、僕はとりあえず美沙を離れさせようとしてみる。
「美沙、そこのベンチに座ろうか?」
「んー……」
いつかと同じように、僕の胸に顔を押し付けた美沙が、くぐもった声で生返事をした。
声のトーンが若干落ちている。美沙がこんな状態になるのは、だいたい眠い時だと決まっている。
あれだけ笑えば消耗もしたんだろう。
美沙はどうも、立ったままでも眠れそうなほどの雰囲気だ。どっちにしろ座らせておいた方がいいだろう。
でも無理やり引き剥がすわけにもいかないので、僕は再度美沙に声をかけてみることにした。
「美沙、離れないと座れないよ?」
僕がそう言ってみても、美沙は離れる気配がない。
それどころか、よりいっそうぎゅっと強く僕にしがみ付いて、そして頭を何度も横に振った。
まるで駄々をこねる幼稚園児。だけど結局美沙に弱い僕は、それを微笑ましくも思ってしまうのだ。
「……どうしたの?」
くす、と笑いながら僕が問いかけてみると、美沙がやっと顔を上げた。
そしてその美沙の顔を見てみて、僕は少しの驚きを感じた。美沙の瞳には涙が浮かんでいた。
「……好きだよぉ……」
くしゃっと顔を歪めた美沙は、僕の目をまっすぐ見ながらぽつんと小さな声でそう言って、そのまま目を閉じた。
美沙の涙がひとすじ、その頬に伝わっていくのを見ながら、僕の心の奥に得体の知れない何かの感情が走る。
美沙はいつも、僕に好きだと言って笑う。それは特別な意味じゃなく、家族として、兄として。
そんな美沙を微笑ましく思っていたし、僕にとっても家族で。
でも、さっきの美沙の表情が、何かを僕に訴えてくるようだった。
目を閉じたまま眠りに落ちていこうとする美沙を、とりあえずベンチに落ちつけて、そして僕も隣に並んで座った。
すると、とん、と肩に小さな衝撃。隣を見てみると、美沙が僕の肩に寄りかかって寝息を立て始めた。
得体の知れない感情は増していくばかりで。今まで、こんな感情を感じたことなんてなかった。
どうも、さっきの美沙の一言で、僕は完全に自分のペースを失ってしまったようだ。
“隠してるのか、ただ隠れてるだけなのか……私にはわからないけど。でも気持ちって、そんなに簡単じゃないと思います”
真央ちゃんの意味深な言葉を、僕がもう一度思い出した時。
「拓斗さん、美沙ちゃん!」
絶妙なタイミングで、真央ちゃんの声が飛んできた。見てみると、真央ちゃんと先輩がこっちに向かってくるところだった。
真央ちゃんと一緒に、僕と美沙の前まで来た先輩が、小さく笑いながら言った。
「ごめんね、ここがどうしてもわからなくて。……ああ、美沙ちゃん、寝ちゃったんだね」
先輩は美沙の寝顔をのぞき込むと、少し困ったように笑い、言葉を続ける。
「素直に甘えて、素直に笑って。……少し、うらやましいかな」
先輩は美沙に視線を向けたまま、やっと聞きとれるくらいの声の大きさで、呟くような言い方をした。
先輩がそんなことを言うのが意外で、僕が先輩を見てみると、先輩はいつものごとく余裕な微笑みを浮かべた。
でも先輩のその瞳は、今の僕と同じように、少しの戸惑いを抱えているようにも見えた。




