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第7話 隠れた想い、隠した想い〔10〕



 美沙の居場所を知ったのは、真央ちゃんからのメールのおかげだった。美沙は玄関近くにいるらしい。


 玄関付近を捜していた真央ちゃんと、中心を探していた僕、奥の方を探していた先輩。

 無駄に広いこの遊園地。先輩が合流するのは、少し先になりそうだ。


 とにかく美沙が見つかったことに安堵しながら、僕は気の急くまま走って告げられた場所に向かう。

 結構な距離を走って、やっと美沙を見つけた僕は、息も上がったまま思わずその名前を呼んでいた。


「……美沙!」


 僕の声に反応して、美沙が僕を振り向いた。僕を認識した途端、美沙の表情がぱっと明るくなる。

 それに面食らいながらも、美沙たちの前まで歩いて、すぐに、僕の頭の上に疑問符が飛んだ。


 冷静になってその場をよく眺めてみると、なぜか美沙が真央ちゃんに抱きついているのだ。

 抱きつかれた真央ちゃんはといえば、目線で僕に“助けてくれ”と訴えている。


 もっと怒るなり拗ねるなりした美沙との、深刻な再会の場面を予想していたのだ。

 けれど今目の前に居る美沙は、緩みきった顔でにこにこしている。瞬時に、嫌な予感が頭をよぎった。


 美沙の無駄に楽しげな目と、赤い頬。こんな美沙を、以前にも見たことがある。


「おにーちゃん!」


 美沙が舌足らずな声で大きく僕を呼んだかと思うと、真央ちゃんから体を離し、今度は思いっきり僕に抱きついてきた。

 通行人の格好の見世物だ。予想通りの展開に、僕は頭を痛める。


 猫のようにじゃれてくる美沙に抱きつかれたまま、僕は美沙がこんなになってしまった原因を探してみる。

 すると美沙が座っていたと思われるベンチの上に、空になった菓子箱を何個も見つけた。


 それですべてを悟った僕は小さくため息をつく。アルコール入りのチョコレートだったらしい。

 表紙に大きく書いてあるのに、美沙は気付かなかったのだろうか。


 そのくらいで酔うなんて普通に考えればありえないが、あれだけの量だし、美沙ならそれもありそうで妙に納得してしまった。


 そんな僕の内心も知るはずのない美沙は、やがて僕に抱きついたまま肩をふるわせ始めた。

 一瞬泣いているのかと思ったが、上機嫌の美沙にはそんなことはありえなかったらしい。


 良く見ると、ただ笑いをかみ殺しているだけのようだった。僕の頭痛が増していく。

 前に美沙が酔った時に学んだことなのだ。これ以上にないくらいに笑い上戸になる美沙。


「お兄ちゃん! あのね、さっきすっごいおかしくてね! ネ、ネコ耳のね! あははは!」


 そんなことを言って、美沙はとうとうこらえられなくなったのか、大笑いを始めた。

 ネコ耳、なんて大きな声で叫んで笑うから、通行人のネコ耳を付けた女の人にぎろりと睨まれてしまった。

 ……勘弁してくれ。


「ほら、美沙。とにかく落ち着いて」


 僕はとにかく、僕にしがみついて笑い続ける美沙をあやす。

 すると、それまで僕と美沙の様子を黙って見守っていた真央ちゃんが、突然吹きだした。


 ぎょっとして僕は真央ちゃんを見る。すると真央ちゃんまで大笑いを始めてしまった。

 2人に大笑いをされてしまって、僕たち3人はまるで遊園地から浮いてしまっているかのように目立っている。


「……真央ちゃんまで、どうしたの」


 恐る恐る、僕は美沙越しに真央ちゃんに問いかけてみる。

 するとやや笑いの落ち着いた様子の真央ちゃんが、まだ含み笑いを続けながら言葉を返してきた。


「だって! 美沙ちゃんてば、さっきまで私に抱きついてたくせに、拓斗さん見つけた途端、飛びついちゃって。やっぱり、拓斗さんには勝てないや」


 真央ちゃんが言い終わって見ても、美沙の笑いは一向に収まらない。

 真央ちゃんが僕にひっついた美沙の頭をよしよしと撫でると、美沙が顔だけ真央ちゃんの方を向けた。


「真央ちゃん! あははは!」

「うんうん、おかしいねぇ」


 真央ちゃんは上手いこと美沙に相槌を打っている。

 同い年の真央ちゃんにまであやされている美沙。本当にこの2人が同い年なのかも怪しくなってくる。


「……お姉ちゃんも、拓斗さんも。気持ちを隠すのが上手な、大人なんですよね」


 美沙の猫っ毛をなでながら、真央ちゃんがふとそんな言葉を洩らした。

 そして、美沙の方にやっていた視線を、今度は僕に向けてきた。


「でも見てれば、すぐわかるものなんですよ?」


 真央ちゃんが何を言おうとしているのかわからなかったけれど。あまりに大人びたまなざしを向けられ、僕は驚いていた。

 美沙にもこうして驚かされることがある。子供という言葉でひとくくりにできるほど、子供は子供じゃないのだろう。

 僕が何も言えずにいると、真央ちゃんはまた言葉を続ける。


「隠してるのか、ただ隠れてるだけなのか……私にはわからないけど。でも気持ちって、そんなに簡単じゃないと思います」


 真央ちゃんの言葉の意味を探ろうとしながら、僕が何か言葉を返そうと口をひらきかけた時。


 ふと、真央ちゃんのケータイ電話が鳴った。

 電話に出た真央ちゃんの言葉を聞いていると、どうやら電話の相手は先輩らしかった。

 会話を終えてケータイを折りたたむと、慌てたように真央ちゃんが言った。


「拓斗さん、お姉ちゃんがここの場所良くわからないって言ってるので、迎えに行ってきますね」


 言い終わると同時に、真央ちゃんは遊園地の奥の方に駆けていく。

 美沙と2人とり残された僕の心の中、さっきの真央ちゃんの言葉が、まだ消えずに残っていた。



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