第7話 隠れた想い、隠した想い〔7〕
結局、私は何度も悲鳴を上げ続けることになってしまったけど、お兄ちゃんと2人、無事にお化け屋敷から抜け出すことができた。
外に出ると、近くのベンチに座ってる真央ちゃんと亜子さんが目に入った。
なんだかすっかり忘れてたけど、今からはまた亜子さんと一緒に行動しなきゃいけないんだ。
気が重くなる。まだお兄ちゃんとつないだままの手だけが、私を支えていた。
「遅かったじゃない。待ちくたびれそうだったよ」
私とお兄ちゃんを視界に入れた亜子さんが、立ち上がり、いかにも疲れた声で、でもそつなく笑ってお兄ちゃんに言った。
真央ちゃんも立ち上がって私とお兄ちゃんを迎えてくれる。
亜子さんの軽い雰囲気の表情が、逆に嫌味に感じられて私はむっとする。
するとそんな私の内心を察したのか、亜子さんが私の方を向いた。
「……美沙ちゃんもさ。もう少し、強くならなきゃいけないね。真央のことを見習って」
いかにも小さな子供に言い聞かせるような声で、亜子さんが冗談ぽく言って笑う。
確かにその通りで、悪いのは私で、迷惑掛けたのも私。真央ちゃんは怖がってる様子もなくて、大人しくしてて。
でも真央ちゃんと比べたような言い方されると、どうしても素直になれなかった。
「……すいません」
亜子さんと目を合わせることをせずに、私は小さくぼそりと言った。今、すごく嫌な言い方してしまった。
でも謝るのも変だし、苛々してて、まぁいっか、なんて思った私はそのまま黙る。
すると、繋いでいたお兄ちゃんの手が自然と離れていった。心の中でけっこうショックを受ける。
「先輩、怖がり方は人それぞれだから。美沙はちょっと怖がりな方なんです」
亜子さんに向かって、お兄ちゃんがやんわりとフォローを入れてくれて、私の気持ちが少し救われた。
だけどお兄ちゃんの言葉を受けた亜子さんは、あはは、とおかしそうに笑った。
「拓斗、甘やかしすぎ! 妹が可愛いのはわかるけどさ。美沙ちゃん、可愛いもんね?」
亜子さんはお兄ちゃんに向かって言ってるのかと思ったら、語尾の向かう先は私だった。
含み笑いで私を見ている亜子さんの耳、髪の隙間に、キラキラしたピアスが揺れているのが目についた。
たぶん亜子さんが言いたいのは、“子供で”可愛いって意味だ。全然嬉しくない。
黙りこむ私に気づいているはずなのに、亜子さんはそれ以上その話題に触れず、そして鞄からパンフレットを取り出した。
そしておもむろにお兄ちゃんの隣で広げて、お兄ちゃんに向かって言った。
「さ、次に行こっか。真央がこれに乗りたいって言っててね」
そしてそのままお兄ちゃんと歩きだす亜子さん。結局、こうなっちゃうんだ。
しかも今度は、真央ちゃんまでもが2人に並んで、これに乗りたいんです、なんてはしゃいでいる。
ひとりでついていくしかない私。もしかしなくても、私はまた空気を壊している。
じゃあ、気持ちをかくして、必死にはしゃいで、亜子さんとお兄ちゃんの2人についていけばよかったの?
でも、そんなの無理だって思った。そんなに大人になんてなれない。
うわべを取り繕って、気持ちを抑えて、作り笑うのが大人なら、私は大人になんてならなくていい。
次に向かうのは、真央ちゃんの希望ってことで最新型のジェットコースターになったらしい。
私は、次どれに乗るのかの話し合いには参加しなかった。話し合いが終わって、決定された行き先に従うだけ。
そしてお兄ちゃんと亜子さんの進むままに後ろをついていくだけ。
「美沙ちゃん? トイレ行かない?」
気を使ったのか、横を歩いていた真央ちゃんが私に声をかけてくれた。
この前プラネタリウムに行ったときから、真央ちゃんにはこんな態度見せてばっかり。
全然可愛くなくて、あまりに子供じみた私。自己嫌悪するけど、どうしてもなおらない。
すると前を歩いていた亜子さんが振り返った。
真央ちゃんは私に向かって言ったのに、亜子さんにも聞こえていたみたいだった。
「じゃあ、3人で行こうか? 近くにあるみたいだから。拓斗はここで待ってて」
亜子さんが余計な気遣いを見せて真央ちゃんに微笑んだ。せっかく真央ちゃんが気を利かせてくれたのに台無しだ。
そのまま3人でトイレに向かい、私が鏡の前で髪の毛を直していると、亜子さんが不意に私の横に立った。
ポーチから取り出された口紅で、同じ鏡に映る亜子さんが化粧直しをする。
本当にきれいで、可愛らしい顔立ちな人。大人で、魅力的で。私にないものを全部持ってる。
一緒に歩いてるとき、亜子さんのことをちらちら見てる男の人が何人かいたの、気付いてた。
「あたしね、ずっと見てたの。拓斗のこと。でも安心してた。拓斗の心は誰にも動かされない」
あくまで鏡に視線を向けたまま、亜子さんがぽつんと言った。
たぶん、三つ隣の鏡の前に居る真央ちゃんには聞こえてないだろうってくらいの、声のトーンで。
「だけど美沙ちゃんの存在……、予定外だったんだよね」
私に返事を期待してるわけじゃないのか、亜子さんがまた続ける。言ってる意味はわからなかったけど。
とにかく私の予想が当たって、やっぱり亜子さんは、お兄ちゃんのことが好きなんだってことだけはわかった。
「悪いけど……負けるつもりはないから」
そう言ってやっと、亜子さんが私を見た。微笑むでもなく、怒っているでもなく、ただ真顔をしている。
この人のことが嫌いだったけど、今目の前に居る亜子さんの瞳はすごくきれいに見えた。
――まっすぐなんだ。お兄ちゃんに対する想いは。私なんかより、ずっと。
なんだか打ちのめされたような気持ちのまま、またお兄ちゃんと合流して。
そしてまた亜子さんとお兄ちゃんが並んでるのを見ながら、ただついていく私。
私があまり話さないので、真央ちゃんもいつしかお兄ちゃんと亜子さんの中に入っていくようになっていた。
だんだんと、足が重くなっていく。いつの間にか私は、3人に距離を開けて歩いていた。
離れていく背中。気づいて欲しい。亜子さんより誰より、私を見て欲しい。でも……気づいて、くれないの?
とうとう立ち尽くしてしまった私は、だんだんと小さくなっていく3つの後ろ姿を、ただ呆然と眺めていた。




