第7話 隠れた想い、隠した想い〔6〕
私と亜子さん。お兄ちゃんと真央ちゃん。お化け屋敷の中四人が向かい合い、奇妙な空気が流れて。
だけどへたり込んだ私と亜子さんを交互に見たお兄ちゃんは、それで状況を察してくれたみたいだった。
「いいよ、2人は先に行ってて。僕が美沙を連れてくから」
お兄ちゃんの一言が、亜子さんを前にして窮地に追いやられようとしていた私を救ってくれた。
だけど呆れられちゃったかも。そう思ってふとお兄ちゃんを見てみると、お兄ちゃんはやれやれといった笑顔で私を見ていて。
そうだ。お兄ちゃんはたとえどんなに私が情けなくても、呆れたり嫌ったりとか、そんなふうにしたことなんてなかったんだ。
「あんまりお兄ちゃんを困らせないようにね、美沙ちゃん」
亜子さんはため息まじりに私に言ってから、真央ちゃんと連れ立って先に行ってしまった。
ちらちらと私たちを振り向きながら歩いていく真央ちゃんと、全く振り返らずにすたすた歩いていく亜子さん。
その2つの後ろ姿を見送っていると、ふいに、ぽんと私の頭の上に何かが乗った。
見てみると、それはお兄ちゃんの手で。お兄ちゃんはいつも、こうやって私をなだめる。
それがなんだか、パパみたいで、でもお兄ちゃんで。
必死に強がってた。亜子さんの前では、私は大人でいなくちゃいけなかった。でも、今は。
張り詰めていたものがぷつりと切れてしまった私は、込み上げる涙を抑えることができなくなった。
「おにいちゃん……」
「よしよし。頑張ったね」
涙目の情けない顔で座り込んだまま見上げる私に、お兄ちゃんがそう言ってくすっと笑った。
怖かった。それに、悔しかった。もどかしかった。亜子さんに敵わなくて。想いを軽く見られて、否定されて。
「本当は、僕が一緒に入ってあげようと思ってたんだ。でもあまり過保護にするのもどうかなと思って……ごめんね」
お兄ちゃんは困ったように微笑みながら言って、そして私の頭に置いてあった手をすっと引き、私の前に差し出した。
手をつなごうと言う合図だった。一瞬、困惑する私。
この手に触れたら、またドキドキして、怖くなって、逃げ出したくなるかもしれない。
だけどそんな固くなってしまった私の心も、お兄ちゃんの言葉は簡単に溶かしていく。
「手をつないでいけば、そんなに怖くないよ。そのための2人ひと組でしょ?」
亜子さんの手とは違う。どこまでもやさしいこの手を。
気づけば、私も無意識のうちに手を差し出していた。おそるおそる近づく私の手を、お兄ちゃんはしっかりと握ってくれた。
あったかかった。さっきまでの怖い気持ちとか、不安とか、そんなのまるごと飛んで行っちゃうみたいに。
ああ……そうなんだ。すっかり忘れてた。恥ずかしい気持ちより、恋心からの戸惑いより、大きなもの。
お兄ちゃんにくっついてる時の、安心感。それはお兄ちゃんの持つ雰囲気でもあり、心のあったかさでもあり。
心に張り巡らされたいくつものジレンマが、ひとつひとつじんわりと溶けだして。
最後に残ったのは、ほんわか幸せな気持ち。
「私……もったいないことしてた、かも」
「ん? 何が?」
呟くように言った私に、お兄ちゃんが不思議そうな顔で聞き返してきた。
つないだ指先から流れ込む、甘いようで切ない、幸せ。
やっぱり恥ずかしいし、ドキドキするけど。それでもこうして、お兄ちゃんとずっと手をつないでいたい。
この手に触れたくないなんて、もったいなかったなって。
でもそんな気持ちはやっぱり、恥ずかしいから教えてあげない。それに……やっぱり望めないから。
「……秘密!」
言って、私はにっこりと微笑み、お兄ちゃんの手を握ったまま立ち上がる。
立てなかったのは一時的なものだったみたいで、今では少しよろめきつつも立ち上がることができるようになっていた。
亜子さんが前に居て、余計に緊張してたせいもあったのかもしれない。
「ホラー映画も見れない美沙には、お化け屋敷よりもジェットコースターが似合ってるんじゃない?」
手をつないだままお化け屋敷の先を進みながら、お兄ちゃんがちょっとからかうような口調で言った。
テレビであってたホラー映画を一緒に見たことがある。でもすぐに、私は音を上げたんだっけ。
「ううん、お兄ちゃんが一緒ならお化け屋敷だって平気だよ」
私は得意になって、そんなことを言ってみた。本当にそう思うんだ。
亜子さんと居た時は、ゴールまでの道のりが永遠に感じられるほど苦痛で、早く抜け出したいって思ってた。
でも、今じゃずっと続いてもいいな、なんて。そんなことを想ってるから。
そうして、また私が微笑んだ瞬間。……足首に何かが触れた。
「……っ!? きゃあぁっ!?」
息がとまるほど驚いた私は、思わず悲鳴を出してしまった。忘れかけても、ここはやっぱりお化け屋敷。
甘い気持ちから一転。さっきの着物の女の人のトラウマが、一気に私を青ざめさせた。
とにかく恐ろしくなって、目をぎゅっと閉じた私は、がむしゃらに近くにあるものにぶつかるようにしがみついた。
と、同時に、ごん、と派手な音がした。あったかい、人の温度を両手に感じて少し安心する。
「美沙。怖いのもわかるけど、これはちょっと……」
頭の上から、少し疲れたようなお兄ちゃんの声。そろそろと目を開けてみると、私が抱きついたのはやっぱりお兄ちゃん。
でもここからが予想外だった。私に壁に押し付けられたお兄ちゃんは、頭をぶつけてしまったらしい。
痛そうに後頭部をさすっている。
「ご、ごめん! ごめんねお兄ちゃん!」
さっきまでの恐怖はどこへやら。すっかり慌てふためいた私は、必死にお兄ちゃんに謝り続ける。
やさしいお兄ちゃんは私を怒ったりせずに冗談で流そうとしてるけど、それがよけいに心に痛い。
前言撤回。やっぱり、私にお化け屋敷は無理みたいだった。
しばらく更新できず申し訳ありませんでした。
毎日更新だけが取り柄だったこの小説。
大多数の読者様は失ってしまったと思いますが、またいちから頑張りますので、どうかよろしくお願いします!




