第7話 隠れた想い、隠した想い〔5〕
不穏な空気が流れていた。亜子さんの物言いは、やっぱりどうしても嫌な感じだ。
だけど、どうしても逃げるわけにはいかなかった。私の恋心だけは、絶対に誰にも何も言わせない。
お兄ちゃんとの過ごした時間とか、私よりも亜子さんの方が、お兄ちゃんのことを知っているとか。
そういうことなら、亜子さんにはかなわないって素直に思うけど。
気持ちの大きさとか、想いをどれだけ大切にしてるかとか。そういうことに関しては、絶対に譲れない。
立ち止まった、お化け屋敷の真ん中で。私はまた無意識のうちに、自分のスカートをぎゅっと握りしめていた。
「突然あんなお兄ちゃんができたら、誰だって憧れちゃうよね。……真央もそうだったし」
そんなことを言って、亜子さんがまたにこりと笑う。真央ちゃんと比較して、一緒にして。
結局この人から見れば、私も真央ちゃんも同じ、ただのちっぽけな子供なんだ。
お兄ちゃんっていう人が、どんなに貴重な存在なのかわかる。
子供だからって、想いの種類までもが一緒だなんて、そんなことあるはずないのに。
私がむっとしているのを知ってか知らずか、まるで余裕を失わずに、亜子さんが続ける。
「一番身近な男の人だもんね? 美沙ちゃんから見れば、拓斗は大人だし。恋に恋するお年頃なんだよね」
その一言で、さっきまでなんとか保っていた私の冷静な部分が、あっけなく姿を消した。
コイニ コイスル オトシゴロ? そんな一言で、簡単に片付けないでほしい。偽物扱いしないでほしい。
どんなに私が幸せなのか。どんなに私が切ない思いをしてるのか。どんなに――怖いか。知りもしないくせに。
「あなたになんてわかりません! 私がっ……、どんな気持ちでお兄ちゃんを好きでいるか。わかってほしくもない……!」
感情的になって、私は叫ぶように気持ちを吐き出した。だけど、いくら私が必死になって訴えても、亜子さんに届くはずもなくて。
さっきからずっと表情を崩さず、ふっと笑う亜子さんの表情そのものに、すごくイライラした。
「ふふ。意外にオトナなんだ?」
亜子さんの言葉の一つ一つに、バカにされているような気がした。これ以上、この人となんて一緒にいられない。
そう思ったらもう、この場に居るのも嫌になって。
「……私、先に行ってますから!」
気づけば言い捨てて、私は走り出していた。何も考えずに、とりあえず亜子さんの前から消えたかった。
背後で私を呼びとめる、亜子さんの声も無視して。
――だけど、それが間違いだった。ここがどこなのか、まるで忘れてしまっていた私。
数歩走ったところで、突然がばりと凄まじい勢いで、何かが私の眼前に落ちてきて、ぶらりと揺れた。
「っ!?」
それが何なのか認識すると同時に、私の恐怖メーターが最大値を振り切った。
「ひっ……う……」
震える唇で声にならない声を発しながら、体中の力がストンと抜けた。
私の目の前で、白い着物を着た血まみれの女の人が、地面に落ちることもできないままつるされ、天井からぶらぶら揺れている。
へなへなとその場にへたり込みながら、動かない自分の体を意識する。あまりの出来事に、見開いた眼から涙が出た。
怖い。怖い。怖い。物凄い形相で私を見ている着物の女の人から目がそらせない。
その時、背後からぽん、と肩に手を置かれ、私は心臓が外に出てきてしまいそうなほどに驚いた。
「美沙ちゃん……?」
恐る恐る振り向くと同時に、さっきまで聞いていた声に名前を呼ばれて、そこでやっと我にかえる。
亜子さんはあきれ顔で、座り込んでいる私を見下ろしていた。本当に不本意だけど、この状況では亜子さんでも安心した。
でもそれが悔しくもあって。
「何してるの、一人で行ったりするからでしょ? これだから子供は嫌いなんだよね……」
ため息まじりに亜子さんが言う。冷静になってよく見ると、着物の女の人は人形だった。
はっきりと子供だって言われてカチンと来るけど、こんな状況で迷惑掛けてるんだから仕方ない。
すいません、とちいさく言って、私は立ち上がろうとした。けど――できなかった。
立とうとしたところで、すとんと力が抜けてまた座り込んでしまう。力がまるで入らないのだ。
「もしかして……立てないの?」
状況を察した亜子さんが恐る恐る聞いてくる。心底嫌がっている感じだ。私もこんな自分がすごく嫌になる。
肯定とばかりに黙りこむ私を前にして、亜子さんがうんざりしたように自分の額に片手を当てた。
「ああもう。どうすんのよ。おぶっていくなんてごめんだからね?」
亜子さんがそんなことを言ったとき。突然、背後からガサリと物音がした。
また怖いものが出てくるのかと、びくりとした私は、背筋を凍りつかせて固まった。
だけど背後から飛んできたのは、お化けでも幽霊でもなく、誰かの声だった。
「何してるの、2人とも?」
訊き慣れた大好きな声。間違えるはずなんかない。私が振り向くと、そこにはやっぱり予想通りの人が。
もたもたしているうちに、とうとう追いつかれてしまったらしい。
不思議そうに私と亜子さんを見ているのは、後から入ってきたはずのお兄ちゃんと真央ちゃんだった。




