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第7話 隠れた想い、隠した想い〔4〕



 どうして私が誘われたのかわからないまま、断る理由も見つけられず、組み合わせは決定してしまい。

 お化け屋敷に入る2人組は、私とあのひと、真央ちゃんとお兄ちゃん、っていう組み合わせになってしまった。


 真央ちゃんは、お兄ちゃんと一緒ってことで、心なしか嬉しそうな感じだった。

 お兄ちゃんはどこか心配顔で私を見てたけど、こんな遊園地のアトラクションくらいで頼るわけにもいかないし。


 あのひとへの、警戒心は取れないまま。お兄ちゃん達より一足先に、2人並んで足を踏み入れた、はじめてのお化け屋敷。

 中は薄暗くて、寒いほどにクーラーがきいていた。


 想像よりもずっと、雰囲気が出ている。とたんに、私の足が先に進みたくないって訴えるみたいに、重くなっていく。

 この先を進む勇気が持てない。だけど一度入ってしまったのだ。今さら引き返すことはできない。

 入口の説明書きに、ゴールまで15分程度と書いてあった。それを思い出して気が遠くなる。


 それに一緒に居るのがあの人なんだから、絶対に弱音は吐けない。

 私は勇気を振り絞り、また一歩足を進めた。


「……っ!」


 直後、悲鳴が喉まで出かけて、私はそれを寸前で飲み込む。

 暗がりで足下が見えないところに、突然、生ぬるい風が私の足首にかかったのだ。

 驚いたあまりに、心臓が早鐘のようにリズムを刻み始める。嫌な汗が出た。


「……美沙ちゃん?」


 いつの間にか立ち止まっていたらしい。私より数歩先に進んでいたあのひとが、振り返って私を呼んだ。

 奥の方から、何か悲鳴みたいな声が聞こえてくる。とにかくここから逃げ出したくて、泣きたい気分だった。


 でも絶対に怖いなんて言えない。お化け屋敷って、自分から言い出したのだ。

 弱音を吐きたくないって気持ちが、よけいに私を追い詰めていた。


「すいません、ちょっとびっくりして」


 どうしてもいつも通りとまではいかなくても、精一杯の声のトーンで言って。

 私は何とか足を動かし、待っているあの人の所までやっと追い付いた。平静を装うのも精一杯。

 あのひとはそんな私の様子に困り顔で笑って、首をかしげた。


「怖いの?」


 直球な質問に、私は答えに困った。本当は、怖くなんかないですって強がりたかった。

 でもこんな状態で強がってみても、結局はばればれだ。

 それじゃますます呆れられそうな気がして、私は仕方なく、正直に本心を話した。


「少し……怖いです」

「可愛いんだ」


 くすっとちいさく笑うあの人の言葉そのものと、その表情がなんだか嫌だった。

 まるで子供扱い。しかも嫌な意味にしか聞こえない。


「私のことはね、亜子って呼んでいいよ」


 誰も聞いてないのに、あの人は唐突にそんなことを言ってきた。話の飛び具合について行けない。

 でもとりあえず呼び方には困っていたので、私は“亜子さん”と呼ぶことに決めた。

 亜子さんは、まだ先を進もうとはせず、私ににこりと笑いかけてきた。


「拓斗はね、下の名前で呼んでくれないから。よそよそしいよねぇ? こんなに仲いいのに」


 この人の口から、あまりお兄ちゃんの話題を聞きたくなかった。そんなことを言われてしまったら、何も言えなくなる。

 出会ったばかりの私と違って、亜子さんは昔のお兄ちゃんも知っている。


 私よりもずっとお兄ちゃんに近い所にいる人で。夏祭りの夜にそれに気づいて。

 今日も、車の中でも、遊園地に来てからも、それをまざまざと思い知らされ続けてきたんだ。

 これ以上、畳み掛けないでほしかった。


 私が何も言葉を返さないので、そこで会話はぷっつりと途切れ。亜子さんがまた歩きだしたので、私もそれに続く。

 早くこの時間が終わればいいのに。そう思えば思うほど、1分1秒がとても長くて。

 ゆっくりペースでも先に進むにつれて、お化け屋敷のスケールも大きくなって。怖さもだんだんと増していった。

 突然怖いものが眼前に落ちてきたりするので気が気じゃない。


「手をつなぐ? 少しは怖くなくなるかもよ」


 ふと、余裕な様子の亜子さんが、私に向かって手を差し出しつつ言った。

 さっきから、多分まだ1分とたってないのに、もう何度も悲鳴をかみ殺し続けている。心臓は悲鳴を上げていた。

 精神状態もパニック寸前。亜子さんにもそれを気付かれたみたいだった。


 でも確かに怖いけど、この人に頼るくらいなら、怖いままの方がずっとましだと思った。

 私がまた何も言わず、差し出された手もとらずにじっとしているので、しばらくして亜子さんは手を引っ込めた。

 ため息まじりに、ふっと笑い。そして呟くように亜子さんは言った。


「手が触れただけでも戸惑って。あったなぁ、私にも。そんな時代」


 さっきまで怖さという理由だけで高なっていた私の心臓が、この瞬間、別の意味で大きく鳴った。

 たとえあからさまでも、隠してたつもりだった。お兄ちゃんへの、大切な――……


「初めての恋は……とまどっちゃったのかな?」


 亜子さんの、相変わらず余裕な笑みと言葉。状況も忘れて、私は知らず知らずのうちに表情を引き締めていた。



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