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第7話 隠れた想い、隠した想い〔3〕



 気持ちを隠すなんて、できっこないのかもしれない。


 お兄ちゃんへの想いを自覚したら、もやもやしてた気持ちがすっきりして、また上手く笑えるようになった。

 だけどどうしても、戸惑いの気持ちも大きくなって。


 いつもどおりに笑いあえるけど、ふとした時に、どうしていいかわからないような気持ちになる。


 夏祭りの夜に感じた戸惑いが、そのまま日に日に成長したみたいに。

 たとえばそれは、お兄ちゃんの手と私の手が触れ合っただけでも、すぐに私を支配するんだ。


 そんな理由から、私が落っことした缶ジュースのせいで、あのひとに迷惑をかけた。

 車の中で、自己嫌悪の嵐。だけどそんな中でもふとお兄ちゃんの後ろ姿をちら見して、胸を切なくさせたり。


 こんな気持ち、知らない方がよかったのかな、なんて思ったりしている。

 だって穏やかじゃいられないんだ。あのひとが、お兄ちゃんを見る瞳を、目の当たりにしちゃったら。


 自分の気持ちをコントロールできないまま、やけにお兄ちゃんになれなれしいあの人の態度にイライラを募らせて。

 ひとりふてくされることで、必死に自分を保っていた。

 でも、何も言えない。お兄ちゃんは私のお兄ちゃんだけど、私だけの人じゃないから。


 そうしてあまり居心地の良くない車内でしばらくすごした後、たどり着いた遊園地。


 4人そろってチケットを買い、中へ入る。

 すると途端に、遊園地らしくにぎやかな世界に、日常世界から突然紛れ込んだような感覚に陥った。

 そのギャップに戸惑い、そしてそれはすぐに嬉しさに変わる。わくわくした。

 こんなのは久しぶりだった。そもそも遊園地なんて、ずっと前に一度しか行ったことないのだ。


 真央ちゃんも盛り上がっているのは一緒なようで、私の右隣にぴったりとくっついて。

 入口でもらったパンフレットを両手で広げ、それを覗き込みながら弾んだ声を出した。


「美沙ちゃん、どこから回る!?」

「お化け屋敷!」

 

 私も真央ちゃんも、お互いに無駄に大きな声だった。満面の笑顔になってるとこまで一緒。

 私は真央ちゃんの質問に、パンフレットを見るまでもなく即答した。小さな遊園地に一回しか行ったことのない私。

 だからお化け屋敷っていうのに入ったことがなくて、怖がりだけど、どうしても一回入ってみたかったのだ。

 私は張り切っていた。


 だけど私の言葉を聞いて、お兄ちゃんが「いきなりお化け屋敷?」と困ったように笑った。

 冗談にとられたみたいだ。失敗したかな、とそこで気づく。遊園地の順序なんてわからない。


「そうだよね。あはは……」


 話のわからない子だって思われたくなくて、私はとりあえず愛想笑いしてごまかしてみた。

 そして、じゃあ他のから行こう、って言おうとしたとき。


「いいじゃない、行きたいって言うなら、行ってあげれば」


 あの人がお兄ちゃんに向かってさらりと言った。

 お兄ちゃんが先輩って呼ぶひと。真央ちゃんがお姉ちゃんって呼ぶ人。

 私はどう呼べばいいかもわからないし、名前だって知らないから、あの人のことを呼んだことがない。


 それに今の言い方。言葉の内容だけ見れば、私のことを庇ってくれたわけだけど。

 なんだか……しっくりこない。私の気のせいかもしれないけど、嫌な感じなのだ。


 あの人はそのまま誰の意見も聞くことなく、「お化け屋敷ってどこにある?」なんて言って。

 自分の手にパンフレットを持ってるくせに、わざわざお兄ちゃんのパンフレットをのぞきこんだ。


 今さっき私と真央ちゃんがしてたみたいに、ぴったりくっついて一つのパンフレットを覗き込む。

 そしてそのまま2人で並んで歩きだしてしまった。ついていくしかない私と真央ちゃん、子供の2人。


 さっきまで盛り上がっていくばかりだった私の気持ちが、そこでまた一気に急降下する。

 車の中で、あの人が助手席に乗ってからこんな予感はしてた。遊園地って言えばふたりひと組。


 私と真央ちゃん、お兄ちゃんとあの人。きっとこんな組み合わせになるんだろうって。

 それはたぶん、自然なこと。年齢的にも、立場的にも。嫌だって思ってる私の方がおかしいんだ。


 だけど、まるで恋人同士みたいな二人の後ろ姿を目の前に歩いていても、ちっとも楽しくない。


 私だってこの前まで、あんな風にお兄ちゃんにくっついてたのに。

 何も知らずに無邪気にお兄ちゃんに抱きついてた自分が、最近のことなのにすごく昔のことみたいで。

 それはすごく幸せなことだったなって、思う。


 隣で並んで歩いてる真央ちゃんは、そんな私の内心も知らず、楽しそうに話しかけてくる。

 それに申し訳なく思いながら、たどりついたお化け屋敷の前。


 お化け屋敷も、やっぱり2人ひと組だった。列に並んで順番待ちしてる間も、お兄ちゃんとあの人は何か話していて。

 私はその後ろで、真央ちゃんと話しつつ、歩いてゴールを目指すんだって説明書きを、なんとなく見ていた。


 私たちが前に進むたび、後ろにも行列ができていく。人気があるってことは、やっぱり怖いんだろうか。

 昨日の夜から遊園地に来るのを楽しみにしてた。お化け屋敷に行くことも計画して。

 疑うことなく、一緒に入るのはお兄ちゃんなんだって決めつけてた。だから怖くても平気だって思ったのに。


 お化け屋敷なんて、言い出さなきゃよかった。きっとお兄ちゃんはあの人と行っちゃうんだなって、あきらめていた。

 だけどもうすぐ私たちの順番が回ってくるってところで、予想外の事態が起きた。


「美沙ちゃん、一緒に入ろうか?」


 そう言って私に手を差し出してきたのは、真央ちゃんでも、お兄ちゃんでもなく。あのひと、だったのだ。

 まだよく知らない、でもあまり好きになれない大人の女の人を前に。私は、戸惑いの中にいた。



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