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第1話 “無邪気”な妹〔2〕



 ほんわりとあったかくなるような気持ちを、知った。それはきっと、お兄ちゃんに会った瞬間から。


 ママには言えないけど、何度再婚してもママはうまくいかない予感がしてた。

 だからさみしくないように。笑顔でたくさん思い出を作って、もしもの時も、笑顔でさよならするんだ。




 ◇ ◇ ◇




 お兄ちゃんと、一緒に暮らして数日間。毎朝、お兄ちゃんを起こすのが私の役目になりつつあった。

 お兄ちゃんは大学は昼からのことが多くて、あまりすんなりとは起きてくれないけど。

 無理やり口実を作って、起こしてる。


 お兄ちゃんと話したいって言うのもあったけど、なにより一人の朝はさみしいから。


 ママは再婚相手の新しいパパと一緒に、一か月の新婚旅行に行ってしまった。

 いつも通り。新婚旅行に行って、これから先上手くいくのか確かめるって。

 そんなのいつものことだから、慣れてる。

 だけどお兄ちゃんは驚いてたみたいで、会ったばかりの子供たちを残していくなんて非常識だって言ってた。


 今朝も強引に起こして居間に連れてきたお兄ちゃんをちらっと見ると、あくびをかみ殺している所だった。

 そんなほのぼのしたような空気が何だか嬉しくて、思わずにこにこしてたみたいで。

 お兄ちゃんが不思議そうにそんな私を見てくる。私は慌ててごまかすようなことを言う。


「お兄ちゃん、意外に重いんだもん。細身なのになぁ」

「身長差があるからね。そう簡単にはいかないよ」


 お兄ちゃんはそう言って少し笑った。

 今朝、布団をはいでも起きないお兄ちゃんを、あるだけの力で抱き起そうとしたのに、びくともしなかった。


 大学生って、きっと私なんか比べ物にならないくらい大人なんだと思う。身長とか身体的なことももちろんだけど、気持ちのことも。

 お兄ちゃんから見たら、私なんてただの子供なのかな……?


 初日はお兄ちゃんが予想以上にかっこよくて、優しそうな人だったから、嬉しくなっちゃって。

 ちょっとした いたずら心で布団に潜り込んだ。だけどあれはちょっとやりすぎだったかもしれない。

 私はお兄ちゃんと仲良くなりたいだけで、変な子だって思われたいわけじゃないんだから。

 今朝早起きしたのも、お兄ちゃんに喜んでほしかったから。


「ねぇ、お兄ちゃん。私お弁当作ったんだよ。ほら!」


 ソファーに眠そうに座っているお兄ちゃんの後ろから抱きついて、そしてその目の前に美沙作特製お弁当をぶら下げて見せた。

 お兄ちゃんは抱きつかれたことに対してちょっと困ったような声でこら、と言ったけど、差し出されたままにそのお弁当を素直に受け取ってくれた。


 そしてお兄ちゃんの喜んでくれる顔を見ようと、急いでお兄ちゃんの後ろから前に移動する。

 だけど、覗きこんだお兄ちゃんの顔、気難しそうな目をしてた。


 それを見た瞬間、心臓が、嫌な感じに高なっていく。気に入らなかったのかな。ウザかったのかな。どうしよう。嫌われたら――


「美沙ちゃん。会ったばかりの僕を、そんなに簡単にお兄ちゃんだなんて受け入れられる?」


 お兄ちゃんは落ち着いた声で言ってから、私の目を見てきた。


 ……どうして? “美沙ちゃん”なんて、他人みたいな言い方。兄妹だったら呼び捨てにするものでしょ?


 どうしてそんなこと気にするんだろう。会ったばっかりなんて、そんなの関係ないじゃない。

 お兄ちゃんで。妹で。私のママとお兄ちゃんのパパが結婚して、私とお兄ちゃんは“家族”になったんだから。

 そう思った瞬間、ずっと昔から心の中にある言葉が浮かび上がってきて、警告音みたいにこだました。


 ――“家族”って、何だろう?


 だめだって、そう思った。これ以上考えちゃ、だめ。

 うわべだけの無邪気な妹でいい。それで、うわべの笑顔でこう言うの。「大好き、お兄ちゃん」って。



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