第7話 隠れた想い、隠した想い〔2〕
道案内できるから、ということで名乗り出た先輩が、助手席に乗っていた。後部座席に美沙と真央ちゃん。
当然と言えば当然の席順なのだが、美沙は不満な様子だった。美沙はいつも助手席に乗りたがるのだ。
けれどそれが叶わず、いつもより数段ふてくされた美沙は、窓を全開にして猫っ毛を流されるがままになっている。
真央ちゃんはといえば、美沙のマンガに夢中だ。
3時間ほどの道のり、現在やっと1時間半。4人の車内は、あまり雰囲気が良くなかった。
たまに先輩が、隣で地図を見て道案内をしてくれるのだが、それ以外では流した音楽の音くらいしかしない。
そんな気まずい空気の中、有料道路に入り。しばらくして、パーキングエリアに差し掛かる。
駐車場に車を停めるなり、美沙が「真央ちゃん、おみやげ見に行こ!」とやけになったような声で叫んだ。
真央ちゃんはマンガを読みたいと渋っていたが、美沙は強引に車外に連れ出していった。
美沙のあの様子。どうやら車内でため込んでいた不機嫌が、爆発したようだった。
美沙たちがお土産やら自動販売機やらがある建物の方に走っていくのを、僕と先輩は黙って眺めていた。
エンジンをかけたままの車内はひんやりしているが、外は日照りがひどく、暑そうだ。
「真央から聞いてるよ、“拓斗さん”の話」
唐突に先輩が言ったので、僕は美沙たちから視線を外し、助手席に向けてみた。
いつも通りどこか余裕な表情で、人工的にふわふわ巻いた髪を指先でいじりながら、先輩はおかしそうにふふっと笑った。
細かくマニキュアやビーズみたいなものできれいに飾られた爪。相変わらず、指先まで完璧だ。
高校時代から可愛い系と評判で、かなりモテていた先輩。女であることに抜かりないのだ。
先輩の視線はまだ美沙たちの方に向いているようだった。
遠目に見える美沙たちは、建物の入り口付近を見ていたが、やがて暑さに負けたのか、建物の中に入っていく。
「まさか、あの子がライバルなんてね。しかも、強敵」
今度は独り言のようにぽつりと、先輩がまた言った。あの子、というのは美沙と真央ちゃんとどっちを指すのだろう。
話の流れから行くと真央ちゃんのことになるのだが、どうもそうとは決められない雰囲気で。
とにかくどっちだったとしても、何のライバルなのか、どうしてライバルなんて言いだすのか意味がわからなかった。
怪訝な思いのまま、僕は先輩に訊ねてみる。
「……ライバルって?」
「気づいてないの?」
すかさず質問に質問で返されて、僕はなんとなく言葉に詰まる。すると先輩が畳み掛けるように口を開いた。
「聖人君子に見える拓斗にも、ちゃんと欠点があるでしょ。朝に弱い。だから時間にルーズ。感情の起伏が乏しい」
突然自分の欠点を指折り挙げ連ねられて、僕はわけもわからないまま苦笑いするしかなくなった。
先輩とは高校からの、元カノぐるみの付き合いだ。当たっているだけに何も言えない。
対して先輩はと言えば、悪気も何もない様子で、淡々と続ける。
「そして極め付けは、自分の彼女であろうと、あっさりしてて絶対に執着しない。よく言えば穏やか、悪く言えば淡白。……な、はずだったよね。めぐと別れたのもそれが原因でしょ?」
めぐという名前を久しぶりに聞いた。僕の元カノの名前だ。正しくは、めぐみ。先輩にしてみれば友達に当たる。
別れて以来、一度も会っていないどころか連絡すらしていない。今思っても形式的な付き合いだった。
「……あたしってさぁ、ピンチになるとその気になるの」
またも唐突な先輩の一言。先輩が何を言いたいのかますますわからない。
話の流れに脈絡がないのは相変わらずみたいだ。
僕は先輩に真意を訊ねてみようと口を開きかけた。……その時、絶妙なタイミングで、車の後部座席の扉が開いた。
後ろの店からやってきたのか。暑かったぁ、なんて言いながら、美沙と真央ちゃんが車に乗り込んできた。
「ただいま。はい、これ!」
少し機嫌が回復した様子の美沙がそう言って、後部座席から、運転席と助手席の間に両腕をつき出してきた。
冷えた缶ジュースが片手に1本ずつ、計2本。どうやら僕のと先輩の分を買ってきてくれたようだ。
「ありがとう」
言いながら、僕が左斜め後ろを向いて缶ジュースを受け取ろうとした時、ふと美沙の指と僕の指が触れた。
すると美沙が突然、はじかれたように缶ジュースを手からぱっと離した。最近美沙は、時々こんな態度を見せることがある。
はじめの頃はとまどったが、年頃だからということで納得していた。
けれど今は時と場合が悪かった。そのまま落下した缶が片方、先輩の太ももに落ちてしまったのだ。
痛々しく鈍い音とともに、先輩が「いたっ!」と小さく言って、顔をしかめる。
「ご、ごめんなさい! あの、大丈夫ですか?」
僕が先輩に声をかける前に、慌てたように美沙が後部座席から身を乗り出して言った。
かわいそうなくらいに小さくなっている。先輩が心配なことは心配だったが、そんな顔をされてはあまり表立って心配できない。
真央ちゃんも同じなのか、心配そうに後ろから覗きこんでいるが何も言わない。
「いいよ、別に。大したことないから」
先輩が太ももをさすりながら美沙に言った。あまり明るい声ではなかった。
見るからに痛そうなので仕方ないのかもしれないが、それは車内の空気を再び重くした。
とりあえずなんとか場を和ませようと、僕は美沙に声をかけてみることにした。
「美沙、お金は……」
「大丈夫。いらない」
美沙は小さく言って、しょぼくれたように後部座席へと身を引いた。
缶ジュースは本来の役目を果たせず、先輩の足を冷やすアイスノン代わりになり。
僕は、楽しくなるはずだったのに、心中あまり穏やかでないドライブを、また続けることになったのだった。




