表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/89

第6話 うそつきのホンネ〔6〕



 少しだけ緊張しながら、お兄ちゃんと一緒にドームの中に戻っていく。


 プラネタリウムは、やっぱりもう、終わっていたみたいだった。

 上映会場から出てすぐの廊下にある長椅子に、真央ちゃんが座っているのが目に入り、遠目ながらにどきりとする。


 真央ちゃんは、きっと怒ってるってことはないと思う。でも、どう言い訳していいのか。

 今日、私の態度はすごく悪かったんだから、むっとさせてしまったことは間違いないんだ。


 高まっていく緊張に、私の足が一瞬止まる。すると絶妙なタイミングで、お兄ちゃんが私を振り返った。

 逃げちゃだめなんだよって、瞳だけで私に伝えて。


 ママといる短い時間はいつも、甘やかされて育ってきた。

 苛々したママに怒鳴られるのはよくあったけど、私のしたことに対して、“怒られる”なんてことは数えるほどだった。

 だけどお兄ちゃんは甘いだけじゃなく、ちゃんと教えてくれる。それが対等に見てくれてるみたいで、うれしい。


 再び足を進めた私がお兄ちゃんに追いつくと、お兄ちゃんは一言、「僕はあっちに行ってるね」とだけ言って。

 私の肩にぽんと手を置いて、そのままもと来た道を戻っていく。ここで頼っちゃだめなんだ。


 呼びとめたい気持ちをぐっとこらえて。私はお兄ちゃんを振り返らないまま、真央ちゃんの前まで歩いた。


 俯きがちに長椅子に座ってた真央ちゃんが、気配を察知して顔を上げた。

 一瞬、言葉に詰まる私。でも何か言わなきゃと必死に考えながら、私はとりあえず口をひらいてみた。


「真央ちゃん、あの……」

「私、やめることにしたから」


 唐突に真央ちゃんがよくわからない言葉を返してきたので、私の目が点になる。

 すると微妙な笑顔の真央ちゃんが、補足するように付け加えた。


「拓斗さん好きなの、やめるって決めたの」

「え……?」


 私はそう呟き返すことしかできなかった。さっきまで、あんなにお兄ちゃんに夢中だったのに。

 どうして突然そんなことになってしまったのか理解できず、私の心にたくさんの疑問符と動揺が走る。


「もしかして……私の、せい……?」


 なんとか声を絞り出し、私は真央ちゃんにおそるおそる問いかけた。

 私が真央ちゃんを素直に応援してあげなかったから。だから真央ちゃんはやめるなんて言ってるのかもしれない。

 心臓がずきりと痛む。もしそうなら、私って本当に最低だと思った。


 だけど私のそんな嫌な考えは外れてたみたいで、真央ちゃんはにこりと笑って首を横に振った。


「違うよ。そんなんじゃないけど……。でも、そうでもあるかな」


 すっきりしたような笑顔で、言葉をそこで切って。

 それから少し首をすくめるようにしながら、真央ちゃんが続ける。


「だってね、拓斗さんってば美沙ちゃんのことばっかり! 妹には勝てないや」


 今度こそ本当に頭の中が疑問符で埋め尽くされてしまった私は、数回まばたきを繰り返した。


 私のことばっかりなんて、そんなわけない。

 だってお兄ちゃんはずっと真央ちゃんとばっかり話して、私はひとりぽつんとしてたんだから。


「なんで? だってお兄ちゃん、真央ちゃんにすごく優しくて……」


 今度は腑に落ちない顔で、私はまた真央ちゃんに問いかける。

 それは私にとって、当然の疑問だった。もし私が真央ちゃんなら、間違いなく好きなのをやめるなんてことはしない。

 だけど真央ちゃんは私の言葉を聞いて、あはは、とおかしそうに笑って言った。


「美佐ちゃんって鈍感だね! 気づかないの? 私にはあくまで、他人の対応。だけど美沙ちゃんには身内の対応。格が違うの」

「他人? 身内……?」


 他人と身内とか、対応とか格の違い、とか。なんだか大人が使ってそうな、難しい言葉。

 そんなのが真央ちゃんの口から次々出てくるものだから、私は飲み込もうとして言葉を反芻はんすうする。

 そんな私に、真央ちゃんが頷いた。


「そう。美沙ちゃんに仲のいい友達が出来て、すごくうれしいって言ってたよ。心配だったんだって。転校したばっかりでしょ?」

「うそ……だって……」


 言葉にならないながらも、私の戸惑いが、呟きになって自然と口から出ていった。

 驚いた。そんな風に思ってくれてたなんて知らない。だってお兄ちゃん、そんなこと一言だって言ってなかったのに。


「私に優しかったのも、プラネタリウムに連れてってくれたのも、ぜーんぶ、美沙ちゃんのため! なんか馬鹿らしくなっちゃって。私の気持ちなんて、そのくらい。薄っぺらだったのかもね」


 苦笑いを浮かべながら、真央ちゃんが不意にポケットをごそごそと探り始めた。

 そして取り出した何かを、私の手を取り手のひらの上に乗せた。


「仲直りしたら、これ、美沙ちゃんに渡してほしいって、拓斗さんが」


 それには、見覚えがあった。いつか海に行った時、お兄ちゃんにあげた、半分ずつの小さな白い貝殻。

 何も言えないまま、私は急いで手のひらから顔をあげて、真央ちゃんを見た。


「言葉にしなくても、心の中にある大切な気持ちがあるでしょ? きっと拓斗さんにとって、美沙ちゃんはかけがえのない人なんだね」


 切羽詰まったような私に、真央ちゃんがそんな言葉をくれた。

 それは私の心の中、とてもやさしい波紋を残して吸い込まれていく。

 真央ちゃんばっかりとか、3人の中で孤独だとか。私は何を言ってたんだろう。大切なことを見失ってた。


 ――だって、私が言ったんだ。他のを合わせようとしてもだめなんだって。


 他の誰かじゃ代わりはできない。私の家族が、お兄ちゃん以外ではあり得ないのと同じに。

 お兄ちゃんにとっての家族も、今、私以外じゃだめなのかもしれないって。


 実際お兄ちゃんは私に、家族だって何度かそう言ってくれた。なのに私は、どうでもいいことばかり気にして。

 信じられてなかったんだ。家族なんて、所詮うわべだけの言葉だと疑ってたから。


 素直になってやっと自覚した想いと、もうひとつ、あったかい家族の気持ち。

 込み上げるふたつの気持ちが、今、私を急きたてて。


「真央ちゃん。私っ……、お兄ちゃんの所に、行って来てもいい?」


 思わず、私はそんなことを口走っていた。どうしても今、お兄ちゃんと話がしたかった。

 だけど真央ちゃんはそんな私に、相変わらず笑ったまま頷いてから、言った。


「いいよ。私も美沙ちゃんのこと仲間はずれにしちゃったし。ここで待ってるから、ちゃんと迎えに来てね」

「……ありがと。私、真央ちゃんと友達になれてよかった!」


 私はそう言って、真央ちゃんに笑いかけた。今日はたくさん、大切なことに気づけたんだ。

 大切な友達。大切な気持ち。大切な家族。お兄ちゃんは、私の大切な人。


 自然と走り出しながら、お兄ちゃんを探して、私もまた元来た道を戻った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ