第6話 うそつきのホンネ〔4〕
真夏の空気。強い日差し。飛び出したドームの外は、うんざりするほど暑かった。
決心が揺らぎそうになる。ドームの中に戻れば、涼めるんだから。
でも、今さらそう思ったところで、引っ込みはつかなくなっていた。自分から飛び出してきたんだ。
でもせめて、お兄ちゃんが持ってた缶ジュースくらい、もらっておけばよかった。
「もう、プラネタリウムも終わっちゃったかな……」
ひとり呟いて、私はふっと視線を落とす。自分の靴が見えた。
建物の影の、日の当たらない場所に、ぽつんとひとつだけあったベンチ。
ここならなかなか見つかりにくいと思った。でも大問題は、日陰なのに全然涼しくないってこと。
けっこうな時間が経過していた。さすがに二人も、戻ってこない私に、おかしいって思ってる頃だろう。
それとも星に夢中になって、私のことなんてすっかり忘れられちゃってるのかな。
そんなことを考えては、また自己嫌悪に陥って。
セミの鳴き声の中、ゆるい風すらないむっとした気候。一人きりの時間は、私の嫌な気持ちを増幅させていた。
「美沙」
その時、ふと背後から名前を呼ばれて、私はびくりと肩を震わせる。
いつまでも隠れていられると思ってたわけじゃないけど、もう少し見つからないと思ってたのに。
心の準備がまだできてない。具合悪かったの、ごめんね、って言い訳して。あっさり笑える自信がなかった。
恐る恐る振り向くと、やっぱりそこには見慣れた背中が。
ベンチに座ってる私の後ろで、背中あわせにお兄ちゃんが立っている。
「ケンカしたの? 真央ちゃん、気にしてたよ」
あくまで中立的な立場なのか、怒るでも諭すでもなく、純粋に私に質問を投げかけてくるお兄ちゃん。
ここで素直になっておけばいいのに、私もまだ上手く自分をコントロールできなくて。
「私のことなんてほっといて、真央ちゃんと星見てきなよ」
つんとした声でそんなことを言ってしまった。今日の私ってホントに最悪だ。
こんな調子でずっと、お兄ちゃんを困らせてばっかり。こんなに可愛くない妹、お兄ちゃんに嫌われちゃうのに。
だけど背後のお兄ちゃんから帰ってきたのは、意外な台詞だった。
「……花火見た日にさ。僕が言ったこと、覚えてる?」
やさしいお兄ちゃんの声音。すぐに、わかった。お兄ちゃんの言ったことの、意味すること。
それはいともたやすく、意地になって心を閉ざそうとしていた私の心の奥の方まで、届いてしまった。
夏祭りの夜、逃げ出した私を見つけ出して。私が隠れても、探すって言ってくれたお兄ちゃん。
大切な約束は、今もちゃんとここにあって。こんな私でも、お兄ちゃんはやっぱり探してくれたんだ。
――限界だった。必死に我慢してこらえてた気持ちが、切れたように。涙があふれ出す。
あっという間に、私の心を埋め尽くす、この切なさの正体は。
後ろにいたはずのお兄ちゃんは、いつの間にか私の正面に来ていて、かがんで目線を合わせてくれていた。
泣きじゃくる私の頭に手を置いて、髪をくしゃくしゃにしながらなでてくれる。
「……わかってるよね、美沙も。今自分のしてることが、友達をどんなに困らせてるか」
お兄ちゃんの言葉に、涙ながらに私は頷いた。
思い通りにいかなくて、真央ちゃんに対して意地悪な気持ちになって。
それはきっとこういうこと。私がお兄ちゃんの、一番でいたい。お兄ちゃんは私のお兄ちゃんでいて欲しい。
そんな気持ちにとまどって、翻弄されて。それは、私がうそつきだったから。私が、目をそらしていたから。
「好きって……どんな気持ち?」
やっと涙が落ち着いて。私が落ち着くのを、黙って見守ってくれていたお兄ちゃんを見上げて。私は静かに問いかけた。
話の流れとまるでかみ合っていない質問。だけど今の私にとってはすごく重要なことだった。
真央ちゃんがお兄ちゃんに向ける感情。夏祭りで会った、あの女の人がお兄ちゃんに向ける感情。
どっちも、“トクベツ”だってことには違いなくて。だけど今の私の感情とは、どこか違う気がするから。
甘いようで、苦い。切ないようで、あったかい。それはすごく大きな感情で、私を戸惑わせるから。
だから今、どうしてもお兄ちゃんの答えが知りたかった。
夏の空気、セミの声が響く中。お兄ちゃんの穏やかな色をした瞳が、私を映し出していた。




