第6話 うそつきのホンネ〔3〕
あれから、私の無言の抵抗も空しく、出かける話は確定して。
あんまり気乗りがしないまま、私は真央ちゃんと、出かける準備を終えたお兄ちゃんの後に続いていた。
真央ちゃんの弾んだ足取りと対照的な、重苦しい私の足。
だけど3人で乗り込んだお兄ちゃんの車、助手席は自然と私になって、それで私は少し機嫌を取り戻した。
よかった、真央ちゃんじゃなくて私で。そうやって満足した後、ふと気づく。
必死になって、真央ちゃんと張り合ってる自分。すぐに襲ってくる、自己嫌悪の中。
真央ちゃんが、後部座席から身を乗り出して、楽しそうにお兄ちゃんに話しかけてる。
お兄ちゃんの優しい対応は、真央ちゃんを喜ばせて。
それを、私はサイドミラーを無意味にじっと見つめながら、しょんぼりと唇を尖らせ、黙って聞いていた。
助手席にいたって、こんなんじゃまるで意味がない。
愛想笑いをする余裕だけはなんとか保ちながら。やっと辿り着いて、3人で入ったプラネタリウムのドーム。
解放された気分で、私は指定された席に座った。映画館みたいな雰囲気。
上映が始まったら、静かにしてなきゃいけなくなるし、無理に話すこともない。
お兄ちゃんと話す真央ちゃんの、楽しそうな声を聞かなくてもすむ。……って思ったのに。
上映までの五分間。渡されたチケットの関係で、真央ちゃんを真ん中にして、3人で座ってるのに。
真央ちゃんは私の方なんて見向きもせずに、はしゃいだ様子で向こう側のお兄ちゃんに話しかけてばかり。
私は当然、座ってる場所からして、真央ちゃんに話を振ってもらわないと、自然に会話に入っていけないし。
何を話してるのかすら、わからない。だけど、自分から積極的に話に割って入っていく気にはなれなかった。
そんな自分が、嫌い。意地を張って、3人の中でだんだん孤独になっていく自分が辛かった。泣きたい気分になる。
しばらくして、私の気持ちを表すかのように、ふっとドームが暗くなった。真央ちゃんもやっと黙る。
オルゴールみたいな音楽が流れて、ロマンチックでやわらかな雰囲気。
ドームの天井に星がいっぱいに浮かぶと、解説員の人が、星座や星の話を始めた。
すると解説員の人の話にいちいち反応して、真央ちゃんがまた、お兄ちゃんにひそひそ話しかけ始める。
普通、友達の私に話しかけるはずなのに。私なんてそっちのけ。
つまんない。つまんない。視界いっぱいの夜空、目まぐるしいほどの星に囲まれて、息苦しくなる。
「あ! 流れ星」
真央ちゃんのそんな声と同時に、天井の夜空に、星が流れて消えていった。
見つけちゃった、なんて、お兄ちゃんに向けられてる興奮気味の真央ちゃんの声が、私の耳にも聞こえた。
私だって見つけたけど。別に、そんなにはしゃぐことないのに。
モヤモヤした気分のまま、20分間の休憩を迎えて。お兄ちゃんが飲み物を買ってくるって言って、席を外した。
そこでやっと、真央ちゃんが私の方を向いた。
今さらな扱いにむっとしてる私の内心なんか知らず、真央ちゃんが嬉しそうに私に聞いてきた。
「美沙ちゃんは、流れ星に何をお願いした? 私はね――」
「お願い? 何言ってるの、あれは偽物の星だよ。願い事なんて叶えてくれないよ」
真央ちゃんの言葉を最後まで言わせずに、私は冷たい声できっぱりと言いきった。
真央ちゃんの願いなんて、今日の態度を見てれば、聞かなくてもわかってた。だから聞きたくなかった。
意地悪な私の対応。すると真央ちゃんもむっとしたような顔になって、言葉を返してきた。
「可愛くないなぁ。せっかく拓斗さんが連れてきてくれたのに、美沙ちゃん全然楽しそうじゃないよ」
だって、それは真央ちゃんのせいでしょ――私はそんな言葉を心の中で飲み込んだ。
あまりにも子供じみてて。性格悪くて。心狭くて。叫んで真央ちゃんを責めたくなるのを、ぐっと我慢して。
「じゃあ、真央ちゃんとお兄ちゃん2人で見ていいよ。私……具合悪くなっちゃったから、ここ出るね」
それだけ、なんとか冷静な声で言ってから、私は席を立ちあがった。嘘の、言い訳。
「え、ちょっと美沙ちゃん!?」
背中に真央ちゃんの慌てた声が飛んでくるけど、私は無視して、俯きがちな早歩きで上映ドームを出た。
すると入口のところで人にぶつかった。すいません、と言いながらすり抜けようとしたら、突然腕を掴まれた。
「どこ行くの?」
聞き覚えのある、その人の声。見上げてみれば、そこに居たのは缶ジュースを3本持ったお兄ちゃんだった。
タイミングが悪すぎる。私は妙に落ち着いた気持ちの中、矛盾のない言い訳を考えた。
「ちょっと外の空気を吸いに。お兄ちゃんは美沙ちゃんのとこに居ていいよ」
明るく言えればよかったのに、私の口から出たのは冷めた声だった。そのままお兄ちゃんに背を向け走り出す。
お兄ちゃんなんて、真央ちゃんとばっかり。
わざわざ連れてきてくれたお兄ちゃんに対して、そんな最低な言葉が飛び出しそうだったから。
お兄ちゃんはどう思っただろう。途中で抜け出すなんて、あきらかに雰囲気を悪くする私の態度。
怒ったのか、それとも呆れたのか。お兄ちゃんの顔を見ないまま逃げだしたから、それすらわからなかった。
真央ちゃんに悪気がないことくらいわかってる。だからこそ、とにかくひとりになりたかった。
逃げて、逃げて、逃げて。自分の気持ちからも逃げ出して。
そんな私自身が、真央ちゃんやお兄ちゃんを、傷付けてしまうんだ。




