第6話 うそつきのホンネ〔2〕
あれから、真央ちゃんは毎日のように家に遊びに来ていた。目当ては、もちろんお兄ちゃん。
追い返すことなんてできないし、真央ちゃんが嬉しそうにお兄ちゃんと話すのも止められない。
今日も、いつものように私の部屋に真央ちゃんと二人。もうすぐ、お兄ちゃんがバイトから帰ってくる時間。
真央ちゃんもそれをわかってるから、そわそわした様子で。
「拓斗さん、まだかなぁ」
なんて、そんなことを呟いてる。いつの間にか、お兄ちゃんのことを名前で呼んで。
真央ちゃん、すっかり乙女の顔だ。私と遊ぶことを言い訳にして、お兄ちゃんに会いに来てる真央ちゃんにイライラが募る。
だめだ。私今、真央ちゃんに対してすごく、心が狭くなってる。
そんな私の内心をよそに、やがて帰ってきたお兄ちゃんが私の部屋の扉をノックした。
別にほっといてもいいのに、お兄ちゃんはいつも、律儀に真央ちゃんにあいさつしていく。
そして今日は、あいさつだけでなく、お兄ちゃんの口からとんでもない言葉が飛び出してきた。
「美沙、真央ちゃん。今日は僕も時間あるし、どこか連れて行こうか? 家にばっかりいちゃつまんないでしょ」
「わ、私たち家で遊ぶ方が好きだから。ね、真央ちゃん!?」
間髪入れず、私はお兄ちゃんの言葉に上ずった声を返して、無理やり真央ちゃんに同意を求める。
普通、妹とその友達を遊びに連れてってくれるお兄ちゃんなんて、めったにいないだろうと思う。
お兄ちゃんがやさしいのは嬉しいし、そういうとこすごく好きだけど。
今この状況で、そんなこと言われてしまったら、私にとってあまり面白くないことになる。
真央ちゃんにとっては嬉しいことだろうけど。案の定、真央ちゃんの口からは予想通りの言葉が出てきた。
「私……行きたいな……」
真央ちゃん、遠慮がちにぽそりと可愛く本心を言うあたりが、ずるい。
「で、でも……、お兄ちゃんに迷惑だし……」
それでも私は、そんなことを言ってまた必死に食い下がる。だって面白くなかった。
お兄ちゃんのことを好きだって言ってる真央ちゃんと、お兄ちゃんと、三人で出かけるなんて。
無自覚なんだろうけど、お兄ちゃんはさらに私を追い詰めることを言う。
「いいよ、迷惑とかはないから。真央ちゃんも行きたがってるみたいだし。僕はどっちでもいいけど……」
「美沙ちゃん、お願い!」
お兄ちゃんの落ち着いた声音と、真央ちゃんの必死な顔に責められて、私は言葉に詰まった。
こんな状況で私に意見を求めたって、うんってしか言いようがないのに。まるで私が悪者みたいじゃない。
仕方なく頷いて、こっそり唇を尖らせる私とは対照的に、真央ちゃんの表情はだんだんと明るく嬉しそうになっていく。
弾んだ声で、真央ちゃんがお兄ちゃんに言葉を向けた。
「私! プラネタリウム見に行きたいです! 最近近くにできてから、ずっと行こうと思ってて!」
「プラネタリウムか。うん、いいよ」
お兄ちゃんがにこやかに頷いた。プラネタリウム。話の流れがさらに嫌な方向に向かって行って。
どうしても我慢が出来なくなった私は、最後の抵抗を試みる。
「私……やだ」
なごんでいた場の空気が、私のその一言でしんと冷たい空気になった。
いたたまれなくなるけど、それでもどうしても、譲れない。
プラネタリウムっていうのが、私は昔から嫌いだった。だって、偽物の夜空なんてつまらない。
本物の星の光がどんなにきれいか知ってたら、人の作った偽物の星に、感動なんてできないと思う。
自分が我儘になってることくらいわかってた。でもわかっててもこの態度を直したくない。それは私の意地だった。
だけど、拗ねたような気持ちで顔を曇らせている私に、お兄ちゃんは少し厳しい目をした。
「美沙。友達が行きたいって言ってるんだから、賛成してあげようね」
教え諭すような、お兄ちゃんの静かな声。それは思ったよりも深く、私の心に突き刺さる。
本当に嫌だったけど、また仕方なく私は頷いた。
「……わかった」
私の口から、いつもより低い声が出た。感情を隠しきれてない。私、今すごく感じ悪いのかもしれない。
だって、真央ちゃんは本当にお兄ちゃんが好きみたいで。お兄ちゃんも、真央ちゃんに優しい対応で。
どっちかって言うと、私よりも真央ちゃん優先な態度。ここ数日ずっと、我慢して我慢して。
お兄ちゃんは私のお兄ちゃんなのに、真央ちゃんのお兄ちゃんじゃないのに、どうして真央ちゃんが一番なの?
「お兄ちゃん。最近、真央ちゃんのことばっかり優先だね」
トイレって言い訳で、真央ちゃんを二階の部屋に置いてきて。
一階で戸締りとかして、出かける準備しているお兄ちゃんの後ろから、お兄ちゃんの服の裾をそっとつかんで。
振り向いたお兄ちゃんに、ぼそっとそんなことを言ってみた。
最悪なこと言ってる。私、全然可愛くない。
「友達は大切にしないとだめだよ」
だけどお兄ちゃんは、手の甲で私の頭をこつんとして、そんなことを言った。
怒るでも気を悪くするでもなく、穏やかな目をしたお兄ちゃん。
負けてしまった気分で、思わず身をひるがえした私は、そのまま部屋への階段を上る。
真央ちゃんの笑顔が頭から離れない。お兄ちゃんが好きだって、その態度で言ってるのに。
「お兄ちゃんなんて、なんにもわかってない癖に……」
階段の途中、私はぽつりと独り言を洩らした。
真央ちゃんは素直で、迷いも何もなくて、かわいくて。だから私は、羨ましかったのかもしれない。
私はと言えば、自分を我儘にするこの気持ちの正体に、気付かないふりをして。
本音を隠して嘘をつく。なんにもわかってないのは――うそつきな私自身なんだ。




