第6話 うそつきのホンネ〔1〕
“それでいいよ。だって、僕は美沙を探すから”
まるで当たり前のことみたいに、お兄ちゃんが笑って言うから。
私の心に生まれつつあった小さなわだかまりも、戸惑いも、忘れられたような気がして。
花火が終わった後、にぎやかな雰囲気が流れて。散っていく人たち。ひかりをなくした夜空。
でも、そんなにさみしくなくて。
「終わったね。そろそろ帰る?」
お兄ちゃんはそう言って、空に向けていた視線を私に移してやわらかく笑ってくれる。
自然と、私も笑顔になっていた。差し出された手を、当たり前のように取って。
「うん。お兄ちゃんと、花火見れてよかった」
言って、お兄ちゃんと手をつないだ瞬間。また頬が熱くなって、私は俯いてしまった。
きっと私、顔が真っ赤になってる。夜の暗さでごまかして。気づかれないように、そっと隠した胸の奥。
届きそうで、手の届かないひと。近いようで遠いひと。いずれ他人に戻っちゃうかもしれないひと。
きっと辛くなるだけだって、わかってるから。私はその気持ちの正体に、気付かないふりをした。
大好き!お兄ちゃん☆ 〜第6話 うそつきのホンネ〜
それは、何気なくの行動で。まさかそれがこんなことになるなんて、思ってもいなかったのに。
「何これやばい! かっこいい!」
私とお兄ちゃんが二人で写った写真を見ながら、真央ちゃんが大興奮。
数日前の夏祭り、花火を見た夜。通りすがりの人にとってもらった大切な写真。
かっこいいっていうのは、もちろん私のお兄ちゃんのこと。
私の部屋の絨毯の上でくつろいだように座りながら、真央ちゃんはその写真を離そうとしない。
今日は真央ちゃんが私の家に遊びに来ていて。見せて欲しいって言うから引き出しの中から出して渡した。
でも真央ちゃんの予想以上の反応に、私は戸惑い気味。
お兄ちゃんがかっこいいって言われるのは嬉しいけど、同時になんだか面白くないような、微妙な気持ちだった。
その時、部屋のドアがコン、とノックされて。
私の家族は今、一人だけ。だから私の部屋をノックするのなんて一人しかいない。
タイミングが悪い。真央ちゃんには悪いけど、できればお兄ちゃんと真央ちゃんを合わせたくなかった。
そんなことを思っている自分に気づいて驚く。――私、こんなに意地悪だったっけ?
「美沙ちゃん? ドアの向こうで、待たせてるみたいだよ?」
真央ちゃんの不思議そうな声が耳に飛んできて、私ははっと我にかえる。
気を取り直して小さく返事をすると、予想通り、お兄ちゃんが開けたドアから顔をのぞかせた。
「美沙、バイトに行ってくるから……っと、あれ?」
お兄ちゃんは私以外に誰かいるのを知らなかったらしく、少し驚いた様子で真央ちゃんを見た。
そういえばお昼頃、真央ちゃんが来た時も、どうしようもなく朝に弱いお兄ちゃんは、まだ夢の中に居たんだっけ。
「こ、こんにちは! 美沙ちゃんの親友で、吉岡真央って言います!」
さっきまでくつろいだ姿勢で座っていた真央ちゃんが、さっと姿勢を正して上ずった声を出した。
最近仲良くなってきてるけど、何も親友ってほどじゃないのに。嫌な予感。
だけどお兄ちゃんは初対面だからか、ちょっとおかしい真央ちゃんの態度を特に疑問に思う様子もなく。
真央ちゃんに向けて、にこりと微笑んだ。
「美沙と仲良くしてくれてありがとう。ゆっくりして行ってね」
真央ちゃんが「はい……」と気の抜けた声でお兄ちゃんに答えた。
嫌な予感がだんだん確実なものになっていく。お兄ちゃんが行ってしまってからも、真央ちゃんはぽかんとした顔で。
ほんのりと赤くなった頬。女の私から見てもかわいい、乙女な瞳をした真央ちゃんの小さな唇から。
「私……好きになっちゃったかも」
そんな衝撃的な言葉が出てきて、わかっていたのに大きなショックを受けた。
同時に、疑問符が頭の中で次々と生まれて行って。
私だって、そんなに恋を知ってるわけじゃない。好きって気持ちを、完全にわかってるわけじゃない。
でも、わからなくて。それに、どうしても否定したい、意地悪な気持ちが抜けなくて。
「好きって、そんなに簡単なの?」
思わずそんな強い口調を真央ちゃんに向けていた。すると真央ちゃんもむっとしたのか、真顔になる。
「私が好きだって決めたんだから、好きだってことだよ。美沙ちゃんはわかんないんでしょ? 好きになったことないって言ってたし」
真央ちゃんの言葉に違和感を覚えながらも、私は何も言い返せなかった。
花火の夜、涙と一緒に心に走った動揺は、今もそのまま。怖いんだ。だからうやむやなままにしておきたかった。
良くわからない自分の気持ちを、知ってしまったら後戻りができない気がする。
いつか来る、お兄ちゃんとのお別れのときを、笑顔にできるように。
私はまだ子供だから。そう言い訳して、考えないようにして、隠して逃げ出した方が楽じゃない。
お兄ちゃんがやさしいから。だから子供でもいいって思ってた。今だってそう思ってる。
だけどこんな気持ちを抱えてちゃ、いくら子供だって言い訳したって、どうしようもなくて。
誰か、この気持ちの正体を教えて。でも、やっぱり知りたくない。わかりかけてる。
知らないふりをしたうそつきな自分。
真央ちゃんが帰った後、一人きりになった玄関。胸のあたりで服を握りしめて、私は思わず目を閉じた。




