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第5話 ちくりと、胸の痛み〔5〕



 やっと見つけ出した美沙は、大きな木の根元に座り込み、俯いて小さくなっていた。

 声をかけると、僕に気づいて顔を上げた美沙は、頼りなげな瞳の色をしていて。


「探したよ、美沙。花火始まったから、近くまで一緒に見に行こう」


 なるべく美沙の心に負担をかけないように、さっきの出来事を掘り返さないように、僕は慎重に言葉を選んだ。

 逃げ出すほどに追い詰められていたのだ。きっと美沙は気にしている。


 だけどやっぱりというか、美沙は簡単には笑顔になってくれなくて。

 沈んだ表情のまま、ぽつりと言葉を洩らした。


「私、ずるいよね……」

「どうして?」


 僕が訊ねると、美沙の表情が歪んだ。その瞳が揺らいで、美沙の頬に、ひとすじの涙が静かに流れていく。

 僕の後ろで、次々と花火の上がる音がしている。花火が上がるたび、明かりが美沙の顔を映し出す。


 純粋な美沙の、純粋な涙。

 元が整った顔立ちだ。絵になるくらいに綺麗だったけど、それでもこれ以上美沙を泣かせたくなかった。

 そんな僕の内心を知ってか知らずか、美沙が気持ちを吐き出すように話し出した。


「ここにいればきっと、お兄ちゃんは見つけてくれると思ったの。だからわざと、こんなわかりやすいとこに隠れてたの。見つけてほしかったから……」


 言い終わった美沙は、涙を拭うこともせず、僕の目をまっすぐ見てきた。

 あっと言う間に、僕の心の痛みが増してくる。


 やっとわかった。どうしたって僕は、美沙の泣き顔に弱いんだ。

 美沙が泣くなら、涙を止めてあげたいと思う。気づけばそれはとても自然な感情として、僕の心の中にあって。


「それでいいよ。だって、僕は美沙を探すから。見つかる場所に居てくれないと、困るからね」


 僕は言いながら、美沙の結い上げた髪を崩さないように、ぽんぽん、と頭を撫でてやった。

 すがるような切ない目をして、美沙が僕を見上げる。不安だったんだろうか。


 例えば美沙が、どんなわかりにくいところに隠れたとしても。

 僕はきっと探し出すと思う。それが家族ってことであり、僕と美沙はもう立派な家族だと思うから。


 いつの間にか、こんなに大切な存在になっていた。

 泣き顔は見たくないけれど、涙を我慢しては欲しくない。そんな矛盾すら抱えるほど。


 ワガママを言ってもいい。泣いても、逃げても。僕の前で、ありのままの美沙で居てくれれば。


 僕の言葉を聞いて、悲しげだった美沙の表情は少しずつ和らいでいったけれど。

 ふと、思いだしたようにまた表情を暗くした美沙が、申し訳なさそうに僕を見て言った。


「……ごめんね」

「ん? 何が?」


 僕が聞き返すと、美沙はどこかさみしそうな目をして、おずおずと口をひらく。


「水風船……割れちゃったの」

「そっか。じゃあ、また釣ってあげるよ。何個でも」


 僕がそう言って笑うと、美沙がやっと、小さく笑顔を見せた。その瞬間、背後の花火の音がひときわ大きくなる。

 はっとしたような美沙が、僕の頭上の後方を見上げながら、勢いよく立ちあがった。


 その生き生きした表情を見て、ようやく安心した僕は自然と微笑む。


「お兄ちゃん、見て! 最後の花火連発!」


 美沙の言葉に後ろを振り向くと、すぐにまぶしい光が視界いっぱいに入ってきて、僕は目を細めた。

 夏祭り、虫の声。露店の明かり。次々と夜空に広がる花火に、美沙がはしゃいで無邪気に笑う。


 さっきまで泣きべそをかいていたのに、もう満面の笑顔。くるくる変わる表情は相変わらずみたいだ。

 それに振り回される僕もまた、相変わらずということで。


 でも、美沙とのこんな夏もいいかもしれない。美沙の隣で花火を見上げながら、僕はそんなことを思っていたのだった。



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