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第5話 ちくりと、胸の痛み〔1〕



 あれから僕は、まだ酔いの覚めない美沙の酔い覚ましのために、二人でベランダへ出ていた。

 今夜は、見事なまでに星空が広がっている。


 赤くなった頬もそのままに、美沙はゆるい風にふわふわと猫っ毛を揺らしながら、夜空を見上げていた。

 星が好きだと言った美沙は、きっとこんな星空を喜ぶだろうと思っていた。


 けれど、今僕の隣にいる美沙は、喜んでいるというよりは複雑な様子で。


「ねぇ、」


 言って、美沙が僕を見た。僕が美沙を見返すと、美沙は少し、さみしそうに笑って見せた。

 大人びた表情。たとえば僕と同世代の人間でも、こんな顔を見せることはめったにないんじゃないだろうか。


「星のない夜は怖いけど、星がたくさんありすぎても怖いの。見失いそうになっちゃうから」


 酔いがだいぶさめたのか、美沙の声はしっかりとしていた。

 確かに、と僕は思った。亡くした父親の面影を探しているのなら、星はたったひとつで十分だ。

 僕が答えあぐねていると、美沙がまた言葉を続けた。


「結局、夜が怖いのかも……でも、最近はね。そうでもないんだよ?」


 美沙が僕の手を取り、きゅっとつないだ手。星空を背景に微笑む美沙は、子供でもなく、大人でもない。

 その中間の、不安定な位置にいるのかもしれない。


 ただ、その時僕の目には、美沙がとてもまぶしく映ったのだった。



  大好き!お兄ちゃん☆ 〜第5話 ちくりと、胸の痛み〜



 無事に僕の前期試験が終わると同時に、夏休みに入り。結構大変だった勉強の日々も終わりを告げた。

 ほっとするのもつかの間のこと。美沙からの、連日の「遊びに連れてって」コールに、振り回され気味な僕。


 つまり、僕が夏休みに入ったことを一番喜んでいるのは、すでに夏休みに入っていた美沙の方だった。


「ねぇ、早く行こうよ!」


 ご機嫌な様子の美沙は、はしゃいだ様子で僕をせかしている。


 今夜は、近くで夏祭りがある。そんな話を聞きつけて、僕の元気な妹が行きたがらないわけはなく。

 すでに浴衣に着替えた美沙に、僕はこうして腕を引っ張られる事態になったわけだ。


 黄色の浴衣。どこで着付けを習ったのか、着こなしはばっちりだ。


 茶色っぽい猫っ毛を結い上げて。元が大人びた綺麗系の顔つきだから、結構様になっている。

 それはいいのだが、僕に浴衣をお披露目した時、何度も「かわいい?」と聞いてくるのは困った話だった。 


 可愛いよ、なんて、今時の男は滅多に言わないだろう言葉を何度も言わされ、正直疲れた。

 しかも適当にカワイイ可愛い、と流そうとするものなら、気持ちがこもってないとダメ出しを食らうのだ。

 そんなことを思い出して、僕はまた苦笑する。


「お兄ちゃん、何その顔。早く行かないと、花火終わっちゃうよ?」


 敏感に僕の表情を読み取った美沙が、腰に両手をあてて、むっとしたような顔で言った。

 終わってしまうなんて気が早い話だ。花火は9時からで、あと3時間もある。むしろ今行っても早すぎる。


「夏祭りって言ってもね。花火もあんまり上がらないし、大したことないよ?」


 僕はやれやれと微笑みながら、美沙に聞いてみた。

 

 夏祭りと言ってはみても、近くの公園で毎年細々とやっている、本当に小規模なものだ。

 出店も花火もあるが、そう大々的なものじゃない。地元の人間は、美沙みたいに浴衣なんか着て結構来るが。

 期待していたら、がっかりしてしまうんじゃないだろうかと思ったのだ。

 

「それでも嬉しいよ、すごく。だって、大切な思い出の一つになるでしょ? ……思い出だけはね、ずっと消えないから」


 けれど美沙はそんなことを言って、小さく微笑んだ。

 それがなんだか儚く見えて、さっきの元気な笑顔とのギャップに戸惑ってしまった。

 ――思い出“だけは”、なんて。

 

「……僕も、消えないよ?」


 思わず、僕はそんなことを言っていた。美沙は僕を見て、「そうだね」と笑って見せる。


 そんなに感情を隠すのが得意じゃないくせに、無理をしている。

 付き合いが長い訳じゃないが、僕にもそのくらいはわかるようになった。諦めたような笑い方なのだ。


「行こうか。花火に間に合うように、早く行かないとね」


 言って、僕はにこりと笑い、自分から美沙の手を取った。美沙が意外だとでも言いたげな顔をして、僕を見る。

 さっきまでさんざん渋っていた僕だが、あんな顔をされてはどうにも弱ってしまう。

 美沙の表情を、どうにかして笑顔に戻したかった。


「……うん!」


 頷いて、美沙がやっとまた、さっきまでの無邪気な笑顔を見せた。 


 美沙はいつも笑顔で、僕はやっとそれに見慣れてきたところだ。だからいつも笑っていて欲しい。

 美沙を笑顔にするのが、兄である僕の務めなら、兄妹というのも悪くないなと思った。



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