第4話 コドモと大人の境界線〔6〕
お兄ちゃんの大きな手で、頭をなでてもらうのが好き。安心できるから。
お兄ちゃんの手は、とてもやさしい手だから。
お兄ちゃんが優しいのは、大人だから? 私が妹で、子供だから優しくしてくれるの?
「私、子供じゃない、よ……」
舌がうまく回らなくなってくるのを感じながらも、ふわふわした意識の中、意地を張ってみる。
すると、お兄ちゃんは優しい笑顔で口をひらいた。
「……うん。わかったよ」
――ほんとは、子供だって思ってるくせに。
心の奥がつんとする。厳しいことも言ってくれる。でも最後には、まるごと私を受け入れてくれる。
優しい、優しい私のお兄ちゃん。大好きなお兄ちゃん。
お酒をのんで、うわついたような気分は、なんだか力が抜けていくみたいで。
意地っ張りな私が、虚勢を張ってしまう自分を、脱ぎ捨てる手伝いをしてくれる。
私は両手で顔をおおって、内緒話をするときのように、小さな声で心の中を打ち明けた。
「ほんとはね、わかってる。……でも、くやしかった。早く大人になりたかったの」
ママの冷たい瞳が、怖かった。自分が無関係なまま、家族が壊れていくのが怖かった。
子供だって、わかることもある。自分の気持ちを、考えを持ってる。それを否定しないでほしかった。
コドモと大人の境界線なんて、とっくに超えてると思ってた。でも、そうじゃなくて。
あんな夢を見て、急に怖くなったの。
あの日のママみたいに、いつかお兄ちゃんにも、子供だってはねのけられるかもしれないって。
いつか、私が部外者なまま、お兄ちゃんまで他人になってしまうんじゃないかって。
だから、お兄ちゃんと同じ目線の高さにいたいと思った。
でも追い付けない。追いつきたい。そんな気持ちにあせるばかりで、必死になって空回りして。
大人ぶっても大人になりきれない。それがやっぱりコドモで。
「僕も思ってたよ。大学生ってどんなに大人なんだろうって。でも不思議だけど、実際自分がなってみるとそうでもないんだ」
顔を覆ったままの私の耳に、お兄ちゃんの声が静かに降ってきた。
おそるおそる顔の上から両手を取ってみると、お兄ちゃんの頬笑みが私を包んでくれる。
「……ゆっくりでいいよ。美沙が大人になるまで、僕が隣で見ててあげるから」
思ってもみないお兄ちゃんの言葉に、私は微笑み返すのも忘れて、ただただお兄ちゃんを見た。
心の中、冷たく張り詰めていたものが、溶けだしていくみたいに。
お兄ちゃんは私の気持ちを、簡単に和らげていく。こんなあったかい幸せを、どう表現したらいいんだろう。
「それなら、私ずっと子供でいいや……」
冗談ぽく私が言ったら、お兄ちゃんがくすりと笑った。
必死になりすぎて、私はきっと見落としてたんだ。大切なこと。
お兄ちゃんは、私が子供だとしても、大人だとしても、きっと変わらない。変わらない、優しいお兄ちゃんのままなんだって。




