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第4話 コドモと大人の境界線〔3〕



「お兄ちゃん!」


 弾むような声で、私はお兄ちゃんの部屋の扉を勢いよく開けた。

 まだ机に向かっていたお兄ちゃんが、私を振り向く。どんな反応をしてくれるんだろうって、私は内心うきうきしてた。


 大人になったでしょ、って、誇らしげな気持ち。私ももう子供じゃないんだって思ってほしかった。

 だけどお兄ちゃんの反応は、私の思ったようなものじゃなかった。


「どうしたの? それ。似合わないね」


 お兄ちゃんは、笑顔を向けてはくれなかった。大人っぽいって、ほめてくれると思ったのに。

 鏡を見てからついさっきまで、上昇していっていた私の気持ちが、あっけなく落ちていくのを感じた。

 無理して、必死に背伸びしてるのを見透かされたような気がして、急に自分が恥ずかしくなってくる。


 だけど今さら引き下がれない私は、なんとか笑顔を保って口を開く。


「大人っぽくなったでしょ? ねぇ、少しだけ出かけようよ」

「今日は、ちょっと無理かな。ごめんね。また今度、遊びに連れていくから」


 ねだる私に、お兄ちゃんは困ったように笑いながら言った。お兄ちゃんは私のことをそんなに相手にしていない。

 私はお兄ちゃんに見てほしくて、こんなに必死に化粧して、おしゃれしてきたのに。

 お兄ちゃんと私の間の、この温度差がくやしい。


 私は半ば意地になって、お兄ちゃんに食い下がる。


「いいじゃない、少しくらい」

「……美沙、頼むから」


 お兄ちゃんの声に、少しの疲れを感じる。でも怒ってるってわけじゃなくて。

 お兄ちゃんはあくまで大人な対応で、必死な私を簡単に受け流す。


 お兄ちゃんは、最近ずっと頑張って勉強してたんだから、疲れてるのも無理ない。

 出かけられるわけない。わかってるのに。

 困らせてる。ワガママ言ってる。私が疲れさせてる。そう自覚すればするほどあせって、私は躍起になっていく。


「お兄ちゃんは、私より勉強が大事なんだ……」


 本心じゃそんなこと思ってないのに。気づけば、私はそんなことを口走っていた。

 はっとして、口をつぐむ。こんなこと言うつもりじゃなかったのに。


「そんなことは言ってないよ。ただ、今は状況的に無理だって……わかるよね?」


 さっきまでの優しい瞳が、今はいつもより少し、厳しい色をして。お兄ちゃんは言い聞かせるような声で私に言った。

 お兄ちゃんの言う通りで、何も言い返せなくて、私はぐっと言葉に詰まる。


 どっかに逃げ出して、隠れてしまいたい気持ちになった。

 ワガママ言ってるって自覚してたのに、自分の感情を止められなかった。

 自分が子供だって思い知る。これじゃまるで、思い通りに行かなくて、だだをこねる子供そのもの。


 私はいたたまれなくなって、お兄ちゃんの部屋を飛び出した。お兄ちゃんは追ってくる気配もない。

 なんだかやるせない気分になった。のどがかわいて、そのまま一階に降りて冷蔵庫を開く。

 そこにいいものを見つけた私は、思わずそれを手に取ってしまうのだった。


 こんなので大人になれるなんて思ってない。でも、大人になりたいから。

 ――結局、矛盾してるんだ、私。






ワガママ美沙発動。この2人、さりげに7つの年の差があります。


ちなみに作者は、兄・拓斗とひとつ違いですが、こんなに大人じゃありません(笑)




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