第4話 コドモと大人の境界線〔2〕
やっと幸せを手にした時、それはいつも、ふとやってきた。膨らんでいく不安な気持ち。
リコン、という恐ろしい三文字が、ママの口から出てくるのを恐れて。
家族が壊れる、カウントダウン。再婚してすぐは幸せそうに笑ってたママの顔が、日に日に険しくなっていく。
あれは二度目の離婚直前の時。
私はどうしようもなく悲しい気持ちで、ケンカするママと、『パパだった人』の間に、割って入ったことがある。
「いやだよ、ママ……パパと仲良くしてよ」
私の必死の抵抗。だけどイライラした様子のママは、険しい表情を変えなかった。
いつもは優しいはずのママの瞳が、冷たく私を映し出して。
「子供は黙ってなさい」
たったその一言で、私は言葉を奪われてしまった。はがゆい気持ちが私を支配する。
子供だと、話も聞いてくれないの? 子供扱いはやめて。そんな顔するのはやめて。私の声を、聞いて――……
「あれ……?」
突然場面が変わって、自分の呟いた声が、やけに現実的だった。
視界に広がるのは、まだ完全には見慣れない、お兄ちゃんの部屋。ぼーっとして気だるい頭。私は目をこすった。
ふわりと、お兄ちゃんのにおいに包まれている。私、いつの間に布団にくるまってたんだろう?
「起きた? よく寝てたね」
机に向かっていたお兄ちゃんが、ソファーに転がった私を振り向いた。お兄ちゃんを見て、ほっとする。
夢……だったみたいだ。離婚のときの夢はもう何度もみたけど、いつもリアルで気分が悪い。
特に、今日の夢は。子供、って言葉が、胸に突き刺さったままだ。
「私……子供なのかな」
体を起こしてすぐ、気づけば、つぶやいていた。
わかってる。お兄ちゃんだって大人なんだし、私なんて子供でしかないって。でも、聞かずにはいられなかった。
そんな私に、お兄ちゃんが少し首をかしげる。
「突然どうしたの?」
当然の疑問。でも、理屈はいいからとにかく、答えが欲しかった。
私が黙っているので、お兄ちゃんは小さく微笑んだまま、ひとつため息をついて口を開いた。
「心配しなくても、すぐ大人になれるよ」
否定、じゃない。でも遠まわしに肯定してる。一番優しくて、嘘のない、的確な答え方。
それはわかるけど、なんだかどうしてもくやしかった。
「――私、部屋に戻る」
いつもより低い声が出た。すくっと立ち上がり、私は部屋のドアに向かってずんずんと歩き出す。
お兄ちゃんがそんな私を見守っている。不機嫌になってるなんて悟られたくなかったけど、ばれちゃったかもしれない。
余裕の差。お兄ちゃんは、やっぱり大人だ。
なんだかやけになっていた私は、部屋に戻るなり鏡の前に座った。
いつもはさわりもしない、ママからもらった化粧道具たちをずらっとならべる。
どこをどうしていいのかわからないけど、とりあえず塗りたくってみた。
外見は、いつも大人に間違われてきた。大人っぽい顔立ちだってよく言われる。だから勘違いしてたのかもしれない。
コドモと大人の境界線。どこまでが子供で、どこからが大人なの?
必死にはじめての化粧を仕上げて、とどめとばかりに、私はママのおさがりの大人っぽい洋服に着替える。
そして鏡を覗いた瞬間、張り詰めていたような私の心が、少しゆるんだ。
そこに映っていたのは、高校生って言っても通用しそうな、大人な私の姿。
――なんだ。やっぱり私だって、簡単に大人になれるんじゃない。
すっかり自分を取り戻した私は、そんな姿のまま、いそいそと再びお兄ちゃんの部屋に向かった。
シリアス……? コミカル? シリアス??
やっぱり、ランキングのジャンルを移動した方がいいのでしょうか……。
題名のイメージから、ラブコメ読みたくて覗いて下さった方、もうほんと申し訳ないです。
次話も、美沙視点の予定です。




