第4話 コドモと大人の境界線〔1〕
あれから、仕切り直しとばかりに美沙は張り切った。
崩れたケーキに20本のローソクを立て直し、手料理をテーブルに並べる。
美沙の料理の腕前にはいつも驚かされる。
ただ、オムライスのケチャップなんかが、やっぱりハートマークだったりするところが、玉にキズだが。
はしゃぐ美沙をあやしながら、それでも僕自身も結構楽しんでいた。
そうして料理も食べ終わり、僕が皿洗いをしていると、美沙が運んできた食器を置いて、後ろから僕の肩を指先でつついてきた。
振り向くと、少しはにかんだような笑い方。美沙はよく笑うが、その時の状況によってニュアンスが違ってくる。
くるくる変わる表情は、見ていて飽きない。美沙は照れくさそうに口をひらいた。
「ねぇ、お兄ちゃん。前より少しだけ、仲良くなった気がする」
「そう? じゃあ、ケンカしたかいもあったかな」
冗談ぽくそう言って、僕は少し笑う。すると、美沙が驚きの行動に出た。
突然僕に向かって背伸びしてきたかと思うと、ふいをついて僕の頬にキスをしてきたのだ。
驚いて、手に泡を付けたまま、半ば呆然と美沙を見る僕。けれど美沙はといったらけろっとしたものだ。
僕はそんな美沙に、少し遠慮がちになりながらも訊ねてみる。
「……美沙、どうしたの。突然」
「え? だって小さい頃パパ――じゃなかったお父さんが、男の人とケンカしたときはこうしてやれって。私もお父さんとケンカしたとき、いつもしてたよ。仲直りのしるし!」
そんなことを言って笑う、美沙の無垢すぎる微笑みが痛々しい。
美沙ももう中学生。一応は思春期だ。男とケンカするたびに、誰にでもこんなことをしていては、周りに誤解されかねない。
さすがに誰にでもしてはいないだろうが。――いや、していないと思いたい。
一体どういう育て方をされてきたんだろう。この子の将来に、一抹の不安を感じる。
大好き!お兄ちゃん☆ 第4話 〜コドモと大人の境界線〜
美沙と居ると、一日がとても長い。まだ一週間と少しだが、もうずっと兄妹をやっている気分だ。
「お兄ちゃん、今日も勉強?」
週末。冷えた麦茶を持ってきてくれた美沙は、気遣わしげに僕に声をかけてきた。
最近、僕は勉強モードに入りつつある。前期試験がもうすぐなのだ。
たいがいの場合過去問があるからいいが、一教科、やっかいな教授の試験がある。
過去問と全く傾向を変えてくる。その上、いつもいやがらせのように難しい。
バイトのない休みの日は勉強。美沙にも気を使わせて悪いと思うが、こればかりはどうしようもない。落第はしたくないのだ。
「ごめんね。最近、なんだか慌ただしくて……」
「ううん。夏休みになったら、毎日いっぱい相手してもらうから」
僕の言葉に、美沙は笑顔でさらっと恐ろしいことを言う。
長い夏休み、また僕はこの妹君に振り回されることになるんだろう。それを思い、僕は少しだけ苦笑した。
美沙はそのまま僕の部屋を出ていこうとはせず、ソファーに寝転んで何かの本を読み始めた。
こんな日常が自然になってきている。ついこの間までいないのが当たり前だった妹も、もう今では、そばにいてあたりまえ。
しばらく無言の、でも穏やかな空気が流れて。ふと美沙を振り返ると、彼女はすでに夢の中。
やれやれと微笑んだ僕は、自分のベットから持ってきた布団を、美沙にかけてやった。




