第3話 晴れのち妹、時々雨〔5〕
自分のことに無頓着な僕の性格が、災いした。すっかり忘れていたのだ。誕生日なんて。
あの後、サークルの飲み会に顔を出したはいいものの、盛大に僕の誕生祝いが始まってしまった。
気になってはいたのだ。美沙からのメール。どこで僕の誕生日を知ったのかは知らないが、祝うため家で待っているはずだ。
以前にも、美沙を待ち合わせで待たせたことがあった。もうあんな事態は避けたかった。
けれどいくら僕が帰ると言ってみても、サークルのメンバーは、先輩を中心に「主役は帰らせない」との一点張り。
電話するどころか、席を立てないまま時間ばかりが過ぎ。
やっとケータイを持ち抜け出せたのは、8時を回ったころだった。
そこで電話したところまではまだよかった。タイミング悪く、伊藤亜子先輩が話しかけて来なければ。
飲み会を無理やり抜け出して、やっと辿り着いた我が家の玄関。
ただいまと言ったが何の反応もない。居間の電気がついているので、美沙が居るのかと思ったが、居間には誰もいなかった。
ふと、テーブルの上に目が行った。
クラッカーが数本。それと、失敗したのか、少し形の崩れた手作りらしきケーキ。20本のローソク。
一生懸命にケーキを作り、いそいそとクラッカーを準備して、僕を待つ美沙の様子が浮かぶようだった。
そばに置いてあったフォークで、ケーキを一口食べてみる。
美味しかった。何ともいえない沈んだ気持ちになった。
もう傷付けたくないと思っていたのに、僕は結局、また美沙を悲しませてしまったのか。
気づけば、僕の足は階段を上がっていた。靴はあったし、美沙は部屋にいるはずだ。
美沙の部屋の扉をノックしてみる。何度ノックしても応えないので、入るよ、と一言断ってから部屋の扉を開けた。
部屋の電気は付いていた。ベットの上で、布団が丸く盛り上がっている。もぞもぞとしているので、眠ってはいないようだ。
「美沙、ごめんね」
布団の上からそう声をかけてみるが、返答はない。
これで、美沙に謝るのは二度目だ。だけど今回は一方的に僕が悪い。
盛り上がった布団の、美沙の背中と思われる場所に手を置き、あやすようにぽんぽん、となでてみた。
一瞬びくっと反応したが、それでも美沙は頑なに何も言わない。
ほったらかされていじけた、小動物か何かを相手にしている気分だ。
「……私、よけいなことしたよね。お兄ちゃんにはいっぱい、お祝いしてくれる女の人がいるんだよね」
しばらくして、布団の中からくぐもった声。目の前の少し大きめな小動物は、やっぱり完全にいじけているようだ。
やれやれと微笑ましい気分になるが、同じだけ罪悪感もあった。
そんなつもりはなくても、結果的にひどいことをした。けれど過ぎてしまった今、僕には謝ることしかできない。
「ごめん。美沙がせっかくお祝いしようとしてくれたのに、ひどいことしたよね」
「お兄ちゃんなんて、嫌い。大嫌い」
僕の言葉はその耳に入っているのか、布団の中から、いつもよりもトゲのある美沙の声。
けれど本心ではないんだろう。うぬぼれのようにそう思ってしまうのは、いつも僕に見せる、彼女の無邪気な笑顔のせいなのか。
美沙を笑わせたい。美沙を大切にしたい。
いつの間にかすっかり僕の家族になってしまった美沙。とても純粋で、だからこそ、誰かが守ってやらねばいけない。
その役目を果たすのが、兄である僕であればいいと。そう思うのは、つまりはこういうことだ。
「美沙が僕をきらいでも、僕は好きだよ。大事な妹だ」
僕のその言葉を聞くなり、かたくなに布団に閉じこもっていた美沙が、ひょっこり顔を出した。
大きな目が、涙をこらえて赤くなっている。口をへの字に曲げて。眉尻を下げ。
やがてその瞳にたまっていた涙は、簡単にこぼれおちていくのだった。




