第3話 晴れのち妹、時々雨〔4〕
はっと我にかえると、同じ景色の中、部屋の明るさだけが変わっていた。
私は机に突っ伏して、いつの間にかうたたねしていたみたいだった。
外はすっかり暗くなり、電気のついていない部屋は真っ暗で何も見えない。
手探りで見つけたケータイを開いても、誰からもメールは入ってなかった。
なんの反応もない静かなケータイを見たとたん、一気に気持ちが落ち込んでいく。
夕方から待ってたのに、もう8時になってる。約束してたのに、いくらなんでも遅い。
ママからのメールもなく、お兄ちゃんも帰ってこない。
待ちくたびれた私は、なんだか疲れた気持ちでケータイを閉じた。
そしてとりあえず暗闇から抜け出そうと、立ち上がり、電気のひもをカチリと引く。
――その時、テーブルに手をついたのが、いけなかった。ぐちゃ、という気持ち悪い感触と共に、電気がつく。
すぐに目にはいってきたのは、私の手につぶされて、悲惨な形になってしまったケーキ。
どうしようもない気分になった。こみあげる涙をぐっとこらえる。
どうしてお兄ちゃんは帰ってきてくれないの。どうしてママはメールを返してくれないの。
どうして――私はまた、ひとりぼっちなの?
そこに考えが行きついた瞬間、私は急に怖くなった。助けを求めるように、ベランダに出る。
くもった空。星のない夜。ひとりの私。誰も、私を見てくれない。
すべてがどうでもいいような投げやりな気分。こんな気持ちになったのは久しぶりだった。
その時、部屋の中からケータイのバイブレーションが聞こえて。
生き返ったようにはっとした私は、慌てて家の中に駆け込み、ケータイを掴む。
電話の着信だった。それも、お兄ちゃんから。
「もしもし!」
自分で自分から出た声の大きさに驚いてしまった。
飛びつくように出た私の迫力が伝わったのか、お兄ちゃんは受話器の向こうで一瞬止まったみたいだった。
『美沙……? ごめん、なかなか帰れなくて……できる限り早く帰るから……』
受話器越しに聞くお兄ちゃんの声は、実際に近くで聞くよりも低く落ち着いている。
連絡をくれた。忙しかっただけだったんだ。
「ううん、いいよ。連絡くれたんだもん……」
すっかりさっきまでの悲しい気持ちが飛んで行ってしまった私は、見えないのに受話器越しに何度も首を横に振った。
電話一本でなんて単純、って自分でも思いつつ、上機嫌になってた私。
だけどその時、受話器の向こうから予想外の声が聞こえた。
“拓斗、電話?”って、はっきり女の人の声。一気に私の気持ちの色が変わる。
「お兄ちゃん。近くに女の人がいるの?」
『……えーと、うん。そうだけど……』
いつも低いけど、それよりもっと低い私の声に、お兄ちゃんが気まずそうな声で答えた。
私がこうやって必死に待ってたのに、お兄ちゃんは私をほったらかして、女の人と居たなんて。
私が、どんな気持ちで待ってたかなんて、何も知らずに。
悲しい気持ちが胸を埋め尽くして、それを吐き出すための言葉が、私の口をついて出てきた。
「お兄ちゃんのバカ! 大っきらい!」
受話器に向かって渾身の大声を出して、私は一方的に電話を切った。ついでに電源も切った。
そしてそのまま階段を駆け上がる。部屋のドアをバタンと閉め、布団にくるまった。
“大嫌い?” ううん、そうじゃなくて。そんなのウソで。私……変だ。




