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第3話 晴れのち妹、時々雨〔2〕



 昼時の、大学の講義室、空き時間。

 僕は食べるのも数回目の美沙の弁当のふたを開けて、そしてまた今日も苦笑するのだった。


 最初は驚いたけれど、なんだか今ではこのハートマークのふりかけに、すっかり慣れてしまった。

 それを微笑ましいとすら思っている時点で、すでに重傷だ。

 気づけばいつもペースに巻き込まれている。可愛い僕の妹は、可愛いだけじゃなく、なかなかのくせ者だ。


 そういえば風邪は治ったみたいだったが、美沙は大丈夫だっただろうか。

 治ったと言っても全快ではないだろう。朝から少し心配だった。


「おはよ、拓斗。何? 珍しく弁当作ってきたの?」


 ふと背後からの声でそんな物思いは打ち消され、そして僕はすばやく弁当のふたを閉めた。

 いくら美沙のペースとは言っても、一応、あのハートを他人には見せたくないという羞恥心はまだ残っている。


「久しぶりですね。伊藤先輩」


 冷静な姿勢を保ちつつ、僕は振り返らずに答えた。


 僕を拓斗、と下の名前で呼ぶ人間は限られている。同じ学年の友達は菅谷すがやと名字で呼ぶ。

 下の学年は菅谷さん。つまり、先輩しかいないのだ。

 サークルに一応入っているというものの、あまり顔を出さない僕には、上の学年に知り合いは数人しかいない。


 特にさっきの声は明らかに女。女で先輩、といえば、元カノの友達である伊藤先輩くらいだ。


「亜子って下の名前で呼んでいいって。ってかさ、ありえないハートついてなかった? 何? もうカノジョできたの?」


 伊藤先輩、という僕の予想が当たったのはいいが、先輩にはきっちり見られてしまったらしい。

 別にどう思われてもいいが、とりあえず誤解を解くため、僕は弁解してみる。


「彼女じゃないですよ。妹です」

「へぇ、拓斗に妹とかいたっけ?」


 いぶかしげな目に睨まれてしまった。本当のことだが、やっぱりただの言い訳にしか聞こえないか。


「まぁ、いいや。今日は、絶対にサークルに顔出してもらうから」


 あっさりと話を変えた先輩は、強制的にそう言ってから、僕の返事を待たずして講義室から出ていった。

 前から思っていたことだが、年上は、こういう強引なところがやっかいだ。


 そうして夕方に差し掛かり。そろそろ美沙も家に着いたころか、なんて思っていたら、丁度ケータイが鳴った。


 メールだった。差出人は、美沙。『今日は、お祝いしよう!』という題名に、『家で待ってるよ☆』という本文のみ。

 くせなのか、美沙のメールはいつも、語尾に星がついている。


 意味がわからなかった。とりあえず待っているということは、早く帰れということだろうか。

 今夜はサークルに行かなければいけなかったが、適当な飲み会サークル。

 少し顔だけ出して帰ればいいだろう、と安易な発想で、『わかった』とだけ返信した。


 それがいけなかった。僕のその考えなしの返信は、あまり思わしくない方向に向かっていくのだった。



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