第3話 晴れのち妹、時々雨〔1〕
眠れない夜が減った。笑顔の回数が増えた。星のない夜のさみしさが減った。大切な思い出が増えた。
お兄ちゃんができたこと。三度目の新しい家族は、私の中、想像以上に大きな存在になっていく。
こうやって、私は変わっていくのかな。いつかまた家族を失って、その先に待つ悲しさなんて、もう考えたくなくなってた。
大好き!お兄ちゃん☆ 〜第3話 晴れのち妹、時々雨〜
「……よしっ」
やっと出来上がったお弁当を前に、私はにっこりと笑いながらそんな独り言をもらした。
月曜日。風邪も土日ですっかり治って、私はいつものようにお兄ちゃんのお弁当を作ったのだ。
今日もふりかけでハートマーク。でも、そろそろハートじゃ驚いてくれなくなったから、新しい何かを考えなきゃ。
「おはよう」
ふと背中から声がして、振り向くと、あくびをかみ殺しながら兄ちゃんが立っていた。
珍しい。びっくりするほど朝に弱いお兄ちゃんが、自分から起きてくるなんて。
「今日は朝から講義だからね」
表情から私の思ってることを読み取ったのか、お兄ちゃんはそう説明してくれた。
そして、私の前髪をかきあげて、おでこに手を当てる。私よりもずっと大きな手のひら。
なぜか、少しどきっとした。なんだろう。なんか変だ、こんな気持ち。
少しだけ胸が痛い。お兄ちゃんと上手く目を合わせられない。
「熱は……もうないね」
もう片方の手を自分のおでこにあてながら、お兄ちゃんが呟くように言う。
その後もお兄ちゃんは、大丈夫だって言っても、薬はちゃんと飲めとか、無理はするなとか、まるでママみたいだった。
お兄ちゃんって、意外に心配性だ。そうしてお兄ちゃんに見送られ、私は今日も学校に向かう。
この前熱を出しておぶってもらったときは、パパみたいでもあったな、なんて。
そんなことを思い出して、私は学校への道を歩きながらくすりと笑う。
「おはよ、美沙ちゃん!」
新しい学校にも少し慣れて。最初にできた友達の真央ちゃんが、教室に入るなり笑顔で声をかけてくれた。
真央ちゃんは、とってもいい子。一重瞼がすっきりして可愛らしい。
それに、真央ちゃんにもお兄ちゃんが居るらしくて、私は親近感も持っていた。
席について、授業が始まるまでの雑談タイム。私はふと、気になっていたことを口にした。
「真央ちゃんにとって、お兄ちゃんってどんな感じ?」
私の言葉が意外だったのか、真央ちゃんはきょとんとした顔で数回まばたきした。
「変なこと聞くね! 美沙ちゃんもお兄ちゃんいるんでしょ?」
「うん……そうだけど」
口ごもる私。私とお兄ちゃんは、本当の兄妹じゃないから。
普通の、本当のお兄ちゃんがどうなのか知りたかった。でもそんなこと、あんまりべらべら言いたくない。
すると真央ちゃんは、それ以上追及するのをやめてくれたみたいで。
うーん、と考える仕草をしてから、笑顔で口を開いた。
「空気みたいな感じ。たまにけんかもするけど、力抜いて話せる家族。いてもいなくても変わらないかな。美沙ちゃんは?」
真央ちゃんが私を見る。その視線に促されるまま、私はお兄ちゃんを思い出す。
私のお兄ちゃん。いつも隣でお兄ちゃんは笑っててくれて。それが嬉しい。思い出すだけで、心があったかくなる。
「私は……いなくちゃならない存在、だと思う。でも一緒にいると、少しだけ胸が痛くなったりする」
なんだかしんみりしたような気持ちで、私は自分の正直な気持ちを話した。
すると、真央ちゃんの口からは予想もしない言葉が出てきた。
「それってさ、まるで恋してるみたいじゃない?」
衝撃的、だった。真央ちゃんは冗談のつもりだったみたいで、「なんてね」なんて言って笑ったけど。
恋、なんて聞き慣れない言葉。なんだかわけがわからなくなって、一日中その言葉が頭から離れなかった。
だけど、そんな風にいっぱいいっぱいになっていた私に、容赦なくそれは訪れた。
帰り際、先生に見つからないように、かばんの中でこっそりのぞいたケータイ。
何となくの行動で、何も考えてなかったのに。
そこに残っていた着信履歴に、どきりとする。――それは、ママからの連絡だった。




