表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

短編2

お義姉様から全てを奪う強欲な義妹とは私の事です

作者: 猫宮蒼



 母が再婚するのだと嬉しそうに言うものだから、私もそんな母につられるように、

「良かったねお母さん!」

 なんて言ったのだけれど。


 再婚相手が時々訪れる親切なおじさんだと聞いて、やったぁ優しいお父さんができるわ! なんて浮かれていたのも遠い昔のように思えてくる。



 幼い頃の私は知らなかった。


 時々家にやってきては不自由がないか聞いては、ちょこちょこと生活の支援をしてくれていた親切なおじさんが実の父親であるという事を。


 もっとずっと幼かった頃の私に母は言いました。

 お父さんはいないのよ、と。


 だからまぁ、どうしていないのかがわからないままに、そういうものだと受け入れていたし、その後でちょくちょくやってくる親切なおじさんがお父さんの代わりみたいだったから。

 お父さんがいなくたって問題ないと、そう思っていたのである。


 ところがだ。

 いざ母が再婚するとなった時、相手が今まで色々と助けてくれていたおじさんだと聞いて、そこから母がとんでもない暴露を始めたのである。


「実はね、貴方の本当のお父さんなの……」


 幼い頃に父親はいなくて当然のもの、と思っていた私に、再婚間近になって真実を投下した母の言い分はこう。



 曰く。


 母とおじさん――未だに父とは言いにくい――は元々愛し合っていたのだけれど、しかしおじさんにはおじさんの親が決めた婚約者というものがいた。

 どうにかその婚約を解消しようにも難しく、直前まで足掻いたもののしかし結局結婚する羽目になったのだとか。


 愛し合う二人はそうして引き裂かれた。


 それでもそこで永遠の別れを選ぶ事などできようはずもなく、二人は忍んで会ってはお互いの愛を確かめ合っていたのだとか。

 そうして私が産まれた。


 本当の家族なのに離れ離れで暮らしていたが、しかしようやくおじさんの結婚相手だった人が病気で亡くなった事もあって、再婚という形だが晴れて一緒になれる――



 ……というのが、母と、これから父になる実は本当の父親だった人の言い分である。



 おわかりいただけただろうか?



 それさぁ! 不倫じゃね?


 いくら愛し合っていようとも実際結婚したのはおじさんと奥さんでうちの母ではない。

 引き離されて~とかなんとか悲劇の主人公みたいに言うけど、嫌なら駆け落ちでもしておけよ。


 なーに真実の愛で結ばれた恋愛小説のヒロインみたいに言ってるんだ美化したところでやってる事世間様からすれば後ろ指さされるやつだかんねそれ!

 あとようやく病気で亡くなったって、それ毒とか盛ってない……?

 どうなのそこんとこ、ねぇ!?


 おわかりいただけただろうか?


 今の今まで素敵なお母さんだと思っていた人が、実は不倫相手だったという事実。

 しかもそれを恥とも思わないという倫理観の持ち主であったという事実。

 親切なおじさんだと思っていた相手が本当の父親だったと知らされた時の私の気持ちは、嬉しいとかそんなものではなかった。


 いや、真実を知る前なら、おじさんがお父さんになるって知って嬉しかったよ?


 でもさ、真実を知ったらクズじゃん。


 今の今まで生活の援助をしてもらって助かってたけど、でもそれって、所謂愛人とかお妾さんに対してのやつじゃん?


 正直すっぱり別れてたなら、お母さんは失恋した心の傷を抱えて、それでも人様に表立って言えないような生活をしなくて良かったかもしれない。

 いつか、新たな恋をして傷を癒したかもしれない。

 私が産まれなかったとしても、いつかどこかで後ろ指をさされないように生活して、幸せになれたかもしれない。


 今まで優しいお母さんだと思っていた人が実は倫理観ちょっとアレな人だという事実と、親切なおじさんだと好意を向けていた相手が誠意も何もないクズ野郎だと知った私の気持ち、おわかりいただけるだろうか?


 これがね、まだそういう話に詳しくない頃だったら良かったよ。そうなんだーで流せたかもしれない。

 まぁ、年頃になったら一気に嫌悪感ぶわっと出るだろうけど。


 でも、それでも今までの好意的な思い出で、案外二人にも色々な事情があったんだ、とか若干そっちにもこう、気を遣うっていうか、ばっさりクズだなとか思わなかったかもしれないわけで。


 うーん、難しいな。

 ハッキリと悪党ではないけれど、でも良い人でもない……みたいな感じと言えばいいだろうか。

 嫌な人だけど悪党ではない、こっちのが近いかも。どうだろ、わかんないや。


 ともあれ、ぼちぼち思春期と呼ばれる年頃になりつつあった私は、一気に両親が嫌いになったのである。


 いっそ知らないままでいたかったなぁ。



 まぁね? まぁ、うん。

 それでもまぁ、私だってあと何年かすれば成人するし、そしたらとっとと家を出てしまえばこれ以上両親の事を嫌いにならないかもしれない。近くにいる事で相手の嫌な面を見て余計に嫌いになるくらいなら、遠ざかって両親の事はもうすっかりと思い出の中だけのもの、くらいにしておけば、思い出もある程度美化されるだろうし、そしたら、それ以上嫌いになる事はないかもしれない。


 嫌悪感とかあるにはあるけど、でも、子供だった頃にいっぱいいっぱい愛情をもって育ててくれた事も憶えてるからさぁ……

 好きだけど嫌い。

 好きだったけど嫌いになりつつある。

 そういうさ、精神的におもっくそストレスを与えてくれたわけなんだわ。両親。



 それだけならまぁ、いずれ家を出ていけばいいやで済む話だったんだけどさ。


 なんと私には、姉がいた。


 おじさんの奥さんだった人との間に生まれた、父親が同じ姉。


 姉というところからして、私より年上である。当然だけど。


 いやあの、待って?

 そんな相手がいるところに、私と母がお邪魔して暮らすの?

 気っまずっ!!


 ば、ば、ば、馬鹿じゃないの!?


 そう叫びたかったけど、耐えた。

 いや、精神的には勢いのままにぶん殴りたい気持ちだったけど。でも耐えたわ。だって今それやっちゃうと後々自分の立ち回りが面倒になりそうだもの。


 おじさん――心情的には永遠にそう呼びたいけどややこしくなるから仕方がない、この後からは父と呼ぼう――はなんと貴族だった。

 いやまあね? なんとなくそんな気はしてたよ?

 貴族同士の結婚って政略だとか王命だとか、色んなしがらみがあるって私でも知ってる。

 だから、婚約をなかった事にしようとしても上手くいかなかったっていう父の言葉はまぁそうでしょうねとも。


 私の姉になる人は、生まれた時から貴族として育てられている。

 けれども、父にとっては愛してもいない女との間に生まれただけの家の駒となるべき存在。

 それでも血の半分はあんたなんだから、と思ったけれど、そうだった私も半分はそうなんだ。うわぁ。


 家の子は義姉と私の二人だけ。

 つまりは将来的に家を継ぐのは姉だ。

 だって私跡取りとしての教育とか一切受けてないからね。今から受けろとか言われても困るし。


 けれども何故だか両親は私を跡継ぎにしようと考えてる節があった。冗談でしょう? マジ勘弁。


 や、ある程度のさ、読み書きとか計算はさ、できた方がいいってわかるよ?

 買い物する時とか、商人皆が親切なわけじゃないし。

 わざとお釣りを少なく返してくるような嫌な人だっているって聞くし。

 わざとじゃなくたって、忙しい時についうっかり計算間違いをしてしまうかもしれない。

 そういう時に自分も計算ができるなら、後になって騙されたー! なんて事も避けられるかもしれない。


 文字も読めない、簡単な計算もできない、じゃ将来働くにしたってさ……どう考えても肉体労働系しかなくない?

 男の人ならまだいいけど、女でそういうのってさ……流れ流れて娼婦とかじゃん。完全に食い物にされて終わるやつ。流石にそれはちょっと。


 だから最低限のお勉強は私も頑張ったけど、それ以上を頑張るのってキッツイ。

 目標があれば頑張れるかもしれないけど、でもこの状況で義姉を押しのけて跡取りになるために頑張りますっ☆ とはならないわけで。


 父からすれば姉は好きでもない相手としぶしぶ作った子だから家から追い出したい、という思惑が。

 母も将来の事を考えたら姉は邪魔者、という事になるわけか……


 いやー、どんどん両親への私の好感度が下がってくわー。


 多分姉も嫌ってるだろうなぁ。

 私なんて父の不貞の生き証人じゃん。最悪。


 とりあえず挨拶はしたけど、やっぱほら、お母さんが死んだ直後に愛人とその娘がやって来たわけだから、心証なんて最悪に決まってますよねー!

 しかも私の本当のお父さんが姉のお父さんでもあるっていう時点でさぁ! ねぇ!?


 姉はいかにもお嬢様然とした美少女なので、そんな美少女に冷ややかな目を向けられるとかさ、心が痛いわ。


 私の跡取り教育はどうやっても逃れられそうにないし、姉は家の利益になりそうでなおかつうちより立場の低い家に嫁として出すみたいな事を父は既に決定したとばかりに言っちゃうし。


 馬鹿なの? 馬鹿だわ。



 ただ、うちより立場の低いところでうちに利益をもたらしてくれそうな家っていうのが実のところあんまなかったみたいで。

 なんかうちより一つばかり身分が上の家に嫁ぐ事が決まったらしい。


 ちらっと二人の顔合わせの時に覗いてみたけど、物語によくいる王子様みたいなイケメンでした。


 美男美女が並ぶと目の保養……!



 まぁ、現在は婚約が決まったってだけで、すぐに嫁ぐわけでもないんだけど。



 ところで我が家のヒエラルキーは、両親のせいで私よりも姉の方が低くなってしまっている。

 使用人も気付けば姉の事は適当な感じで私の方に比重が偏ってきていた。


 血筋はどう考えても姉の方が高貴な血筋だぞ……?

 この家の使用人って実は手の込んだ自殺をしたい人たちの集まりなの……?


 だって、どうしようもない人だと発覚したとはいえ、父は貴族。政略結婚した姉のお母さんも貴族。

 そんな二人から生まれた姉は、誰が何と言おうとも貴族だ。


 でも私は、父は貴族でも母は平民なのだ。

 遡っても先祖に貴族がいたかはわからない。

 まぁ、仮にご先祖様に貴族がいたとしても、駆け落ちして貴族辞めたかなんかやらかして追放されて平民落ちとか、そういうオチがありそうなので多分いないと思っている。



 正直私ですら「うわぁ……」とドン引きしている事を隠していないのだから、真っ当な他の家のお貴族様が我が家の状況を見たらどう思う事か。

 私ですら身内がこうだから関わってるだけで、他人だったら全力で距離を取って遠くで見物している。


 そうでなくとも今から次の当主となるべく教育されるってお前……って言いたい気持ちで一杯なのにさぁ!

 半分平民の血を引いてる私の婚約者なんてすぐに見つかるわけもないから、余計にだよ。

 マトモな血筋の姉に家を継がせず、それどころか嫁に出そうとしてるとかさ。

 もう最初から最後まで問題しかありませんって言ってるようなものだかんね!



 さて、それはそれとして。


「お姉さまのそのドレス、譲ってくださらない?」


 私は新しい家族となった姉から、ドレスのほとんどを取り上げた。


「お姉さま、そのアクセサリー素敵ですね。お借りしても?」


「…………えぇ、どうぞ」



 とても不服です、という表情を隠しもせずに姉は全てを差し出した。

 全て。


 そう、全てである。


 幼い頃からずっと自分の部屋だったはずのそこも、私の部屋に変わった。


 今姉が身につけているのは、とてもじゃないがお粗末な服。頑丈さだけが取り柄としか言えないような、華やかさの欠片もないデザイン。


 姉がそれなりな衣装を身にまとう事ができるのは、婚約者が我が家に訪れ交流する時だけである。

 けれども、姉と婚約者の仲は実のところそこまでよろしくはない。


 むしろ私との方が良好に見えなくもないくらいだ。


「お姉さま、あの方、私に譲って下さらない?」


 そんな風に言えば、姉が何かを言うよりも先に、私の事を優遇する両親によってあっさりと婚約者は変更された。


 元々姉の婚約者は家を継ぐというよりは、向こうが持ってる他の爵位を分け与えられて領地の一角を譲ってもらって過ごしていくつもりだった。

 だから、仮に姉との婚約が消えてうちに婿入りする形になったところで、何も問題はなかったのだ。向こうの家的には。


 けど、それでも婚約者が急遽変更になりましたよ、なんて余程の事情でもなければ難しいわけで。


 さながら娯楽小説の展開のように、姉は私の事を薄汚い血が混じった平民風情がと罵り虐げていたとかいう事実無根の噂がさも真実であるかのように広まってしまったのである。

 姉から全てを奪ったのは私だというのに、噂はその逆。

 面白おかしく広めた奴もどうかと思うけど、その方が都合がいいからってだけで姉の事など一切お構いなしに尾びれや背びれをつけて悪女に仕立て上げた奴らもどうかしている。



 そうして、悪辣で性格も人間性も終わっているとされた姉は、戒律が厳しい修道院に生涯押し込められる事が決まったのである。






 ――母が死に、喪が明けるよりも早くに新しい家族だ、と父が連れてきたのが愛人と、父とその愛人との間に産まれた娘である、というのは早々に察してしまった。

 母はそれを知っていたし、わたくしもそれを幼い頃から知っていた。


 愛人を持つのなんて貴族ならよくある話よ、と母は言っていたけれど、でも、それを良く思っていない事もわたくしは幼心に理解せざるを得なかった。


 早々に再婚した父がわたくしを見る目は邪魔者を見る目だったし、それは新たな母となった義母も同様で。


 ただ一人、義妹だけが。


 驚きに目をまんまるにして、信じられないものを見る目を向けたから。



 あぁ、彼女は知らなかったのか、と気付いたのだ。



 家の立場はあっという間にひっくり返った。

 わたくしは邪魔な子という認識からか、使用人たちもそれに倣うようになってしまったし、わたくしの部屋は義妹のものになって、ドレスやアクセサリー、それ以外の私物の何もかもが奪われてしまった。

 将来この家を継ぐのは義妹であると父が宣言し、わたくしへの教育は程々のもので終了。

 決められた婚約者は顔は良いけれど、わたくしとの相性はきっと悪かったのだと思う。


 彼が来るたび義妹とは仲睦まじげな様子で、あぁこれはそのうちこの婚約も駄目になりそうね、と覚悟はしていた。


 そうして、一切身に覚えのない悪評が真実とされて、わたくしは婚約を破棄されて一度入れば二度と出る事は叶わないとされている監獄とさえ言われる修道院に押し込められる事が決まってしまった。



 だがしかし、わたくしは実際にその修道院に行く事はなかった。


 義妹を虐げていた悪女が罰を受け、これでめでたしめでたし、と物語であればそうなるであろうその日。

 父と義母は祝杯をあげた。

 二人の仲を認められた、という事で元婚約者もその場にはいた。

 物語のように大勢の前で婚約を破棄されたわけではない。あくまでも我が家の中だけの事。


 父も義母も元婚約者も使用人たちも。

 皆が皆、わたくしがいなくなるという事実に大喜びだった。


 振る舞われたワインに、睡眠薬が混入しているなどと気付きもせずに。


 わたくしは翌日に馬車に押し込められてそのまま出荷される予定だった。

 皆がわたくしの存在を嫌悪しているのだという事実を受け止めた上で、粛々と修道院へ向かう事を望まれていた。だからこそ今日は飲めや歌えやの騒ぎで屋敷の中は賑わっていて、閉じ込められていた部屋にまでその賑やかさは届いていたのだが。



 突然静まり返った事で、あぁ、ようやくかとわたくしは纏めてあった荷物を手に取る。


「お姉さま、全員眠ってるので今のうちです」

「えぇ、わかったわ」

 ガチャッとカギを開けてやって来たのは義妹だった。


「馬車の準備もできてますので、速やかに出ましょう」

「馬車の操縦はできるの?」

「勿論。必須科目ですからね。あれこれ理由をつけて習っておきました」


 ぐっ、と親指を立てて言う義妹の表情はとても凛々しかった。

 わたくしはそんな義妹にエスコートされて、夜陰に乗じて脱出したのである。



 事の発端がどこからか、と問われるとわたくしにも正確にはわからない。


 けれども、種は間違いなくわたくしたちが生まれる前から植えられていたのだ。


 母と父は政略結婚でそこに愛はなかった。

 それでも貴族なら、最低限大人として、貴族としての関係を築くのが当たり前だとわたくしは幼い頃、そう確かに習ったのだけれど、しかしわたくしの両親はそうではなかった。


 母と結婚する以前から愛人を囲っていた父。

 最初から大切にするつもりなどはない、と態度で示されていた母。


 であれば母とてそんな父に愛を持つはずもなく。


 母は密かに愛人と父を破滅させる方法をいくつか考えていたようで、けれどそれを実行するよりも先に病に倒れた。

 手をこまねいて何もできないまま倒れたわけではない。

 母はそういった状況に陥った時の事も考えて、いくつもの策を巡らせていた模様。


 ちなみにわたくしは何も知らなかった。


 割り切った関係なのだと幼い頃から思っていた。


 それが明らかになったのは、義妹によるものだ。


 彼女が次の跡継ぎとして教育を受ける事になったとはいえ。

 まだ貴族としての作法も何もわかっていない状態だからこそ、最初は基本的なものから教わっていた。


 家庭教師に教わるだけでなく、義妹はわたくしにも教えを請うた。

 半分平民の血を引く自分には荷が重たいけれど、だからといって何もしないままでもあの両親が諦めてくれるとは思えない。家庭教師もこの家の内情を知ってるからか、正直本当にこれで正しいのかわからないのだと言って。



 確かに父が雇い入れた家庭教師は、義妹を見下していた。

 だから厳しく指導していたのは確か。平民の血が流れているような奴にはこの程度ですらついていけまい、と半分嫌がらせのような気持ちもあったのだと思う。

 まぁ、だからといって全く役に立たない事ばかり教えていたら、それが明るみに出た時家庭教師の評判も落ちるから、そこはちゃんと教えていたようだけど。

 けれど、義妹の年齢に合わせた教育とはとても言えないくらいの速度で、その厳しさはわたくしが学んだ時以上。ついていけている義妹は凄いわ、とわたくし素直に感心したの。


 義妹の教育をわたくしも家庭教師と共に実行する際、わたくしもまた義妹に厳しく接したわ。

 そうした方が家庭教師が不信感を持たないだろうと思って。


 繊細な子だったら泣いて部屋に引きこもりそうな厳しいレッスンを、それでも義妹は乗り越えた。

 乗り越えて次々にステップアップしていって。


 そこで、知ったの。



 わたくしの母がこの家に仕込んでいた爆弾のような数々を。


 父が愛人――既に義母だけど――にせっせと貢いだりして家の事を母に丸投げにしていたからこそ、母もやりやすかったのでしょうね。

 密かに違法とされている麻薬の栽培だとか、それらを売ったという事実を知った時のわたくしの衝撃といったら。


 他所の家でもこれくらいはやってるとは思うけれど、しかしそれらは暗黙の了解程度のものであって、皆やってるからといって堂々と言いふらしていいものではない。

 明るみに出たら勿論罪になる。


 その他にも、数が少なくなってきて保護が決まった動物の毛皮を用いたドレスや、それらの毛を使用して作られた糸が使われたドレスが、よりにもよってわたくしの手元に存在していたの。


 その時点でわたくしはまだ子供だったから、父がやらかした罪として母が仕込んだのだろうけれど。

 わたくし気付かぬ間に片棒担がされてるとか、驚きすぎて喉から変な音が出てしまいましたわ!


 母が密かに残しておいた――父の悪事を暴く証拠として用意していた帳簿などに、それはもう細かに記されていたのを見て、わたくしと義妹は思わず遠い目をしてしまいました。


 表向きに用意されていた帳簿が実は偽物で、真実がこちら。

 うっかり外に情報が出たら、間違いなくこの家は終わる。


 知らなかったとはいえ、そんな犯罪の証拠になるだろう物をわたくしに与えるなんて……


 本当に母は父の事を嫌っていて、そしてわたくしの事はどうでも良かったのねと思うばかり。

 愛情を持てない相手との子なのはわかっていた。

 けれども、それでもわたくしは母を慕っていたのに。


 父からの愛情は期待していなかった。

 それでも、母の愛は信じたかった。

 それが幻と知って、わたくし、足元が崩れていくような錯覚でした。


 義妹がいなければ、自棄になってなりふり構わず醜態をさらしていたかもしれません。


 それだけならまだしも、父が結んだわたくしとの婚約。

 そのお相手の家も、何やらキナ臭いのです。


 義妹が婚約者に取り入ってあれこれ探った結果、あちらはあちらで人身売買に手を染めておりました。


 この国では勿論違法です。

 バレたらアウト。


 どうやらわたくしとあの方が結婚した後、頃合いを見計らってわたくしは病気で臥せっていると噂を流された上で、商品としてどこぞに売られる事になっていたようです。


 義妹が婚約者に言い寄って相手もそれに乗ったのは、単純にこの家の領地を取り込むためでしょう。


「全方位ロクでもねぇ」


 義妹の言葉を一体どうして否定できましょうか。


 このままでは商品として売られるか、悪事の全てを押し付けられて処刑されるか。

 それ以外の可能性を想像しても、どう足掻いたところでロクな人生ではない事がわかりきっています。


 だからこそ義妹は。


「逃げましょう。お姉さま」

 わたくしの手を取って、そう言ったのです。


 わたくしの持っていたドレスは別に全てが問題のある物ではなかったけれど、問題のある品だけを売れば目立ちます。

 だからこそ、義妹は全てを奪った上で、それらを処分しました。あまり目利きの優れた商人に売ると即座にバレてしまいますので、あくまでもそれなり程度の商人に。一部問題のない物は孤児院へ寄付をして。


 アクセサリーの類にも、実は問題のある品がありました。


 どうやらオークションで入手した物もあったようなのですが、恐らく盗品。

 本当の持ち主が見たらすぐ気付くだろう代物。

 そしてその本当の持ち主は、我が家よりも上の家格。


 うっかり社交の場に身に着けて出たらわたくし何も知らないままお縄につくところでした。

 自分で手に入れたわけではないのは勿論ですが、それは父からの贈り物として帳簿に書かれておりました。


 父が知らぬ存ぜぬと言ったとして、同時に愛人に貢ぐための物も購入していたようなので、その中の一つがこちらに紛れたと……母はそのように仕組んでおりました。


 手元にあったら問題しかない、となって義妹はそれと似た偽物を適当な店で見繕い、真の持ち主に本物を、なんかこれ、もしかしてとは思うのですが……なんて感じでそこで買ったかのようにした上で返してきたようです。

 流石に盗まれた品が流れ流れてそんなところで売られていたなんて知られるのも家の面子に関わるのか、その家は謝礼という名の口止め料を渡してきたようです。


 それが、今回の逃亡資金になっているわけですが。


 返せる物は返すけど、どうにもならない物に関しては下手に売って足がつくよりは、処分した方がいいとなって、義母の部屋に忍び込ませておきました。すぐに気付かれないようにクローゼットの奥深くにでもしまい込んでおけばそのうち気付く事でしょう。


 母が遺した父を陥れるための数々のうちのある程度は処分して、そうして麻薬に関する部分と婚約者の家の人身売買の証拠だけを然るべき場所へ預けて。


 そうしてわたくしと義妹はこの日を逃亡決行日と定めたのです。


 今まで気付けなかったわたくしもわたくしですが、それにしたって彼らも彼らです。

 それとも、所詮子供と侮ったのでしょうか。


 神殿で貴族籍から抜けて、わたくしは平民となりました。義妹もです。

 一応手続きがされて彼女も貴族に名を連ねていたので。


 そうして一月ほどした後で、王家に二つの家の悪事の証拠が届くようにしておいて。


 わたくし――いえ、わたしと妹は、生まれ育ったこの国を無事に出る事ができたのです。



 娯楽小説の中には平民から貴族に迎えられた少女が、義理の姉を羨みありとあらゆるものを奪っていく……なんていうものもありました。

 傍から見ればかつてのわたくしもそうだったのかもしれません。


 ドレスも装飾品も自分の居場所も婚約者も貴族という立場も。


 全て、確かに奪われたと言えるかもしれません。



 ですが親の仕組んだ犯罪に巻き込まれる前に逃げる事ができた。

 愚かな父の尻拭いとして全てを押し付けられる事もなくなった。


 換金しても足がつかない品に変えたから、異国の地でそれを売ったとしてもそれが原因で見つかる事もないでしょう。


 ……いえ、それ以前に罪が暴かれた後に探して罪を押し付けようとしたところで完全に手遅れです。

 そうでなくとも、もしわたくしたちが黒幕だった、なんて父が訴えたとして。

 そのために貴族の籍を抜いてまで消息を絶った、なんて言ったところで。

 小娘二人が黒幕だなんて言葉を信じる者が果たしてどれだけいるだろうか。だって証拠にはわたくしたちが生まれる以前の出来事もあるのだから。そんな事をもし訴えたとしても、罪を逃れようとしているとしか見られない。


 むしろわたくしたちが消息を絶ったのは、罪を押し付けられ殺される事を恐れてのものだと思われるでしょう。


 マトモな相手に助けを求めれば、また違った結末になったかもしれないけれど。

 でも、誰がそうなのかまではわからなかったから。


 わたくしは信じてもいいと思えた義妹と共に逃げ出したのです。

 どうせあのまま家に残ったところで、末路は見えておりましたから。


 それなら、平民となって苦労する事がわかっていても。


 義妹と――いえ、妹と共にいるほうが余程マシです。



 わたしと妹は、とある商会で働く事になりました。読み書きと計算ができるのは強みでしたから。

 油断すると貴族令嬢としての振る舞いが出てしまいそうになるわたしを、妹がそれとなくフォローしてくれて、逆にうっかり計算ミスをしかけた妹を私がフォローする。

 そうやって、お互いに助け合って暮らしています。



 いつか。


 父や元婚約者のように、妹との道も別たれる日がくるかもしれない。

 けれどその日が来るまでは。


 わたしは、わたしの全てを奪っていった彼女との日々を過ごしていこうと思うのです。

 貴方がわたしの全てを奪ったのだから、わたしは貴方のもの、っていう思考からとても重たい姉が何故か……できてしまって……ナンデェ……?


 次回短編予告

 素直になれない婚約者に嫌気がさして婚約を解消しようとした令嬢の、とてもよくあるテンプレストーリー。


 次回 若いうちはそんなもんだ、と言われましても

 だから受け入れろ、は違うと思いますの。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
>>わたしの全て つまり心までも···義妹ちゃんの白馬の王子様ムーブが強すぎたんだ···
義妹ちゃんがマトモで素晴らしい お姉ちゃんはちょっと危うい気配がwww とりあえずはハッピーエンドで良かった良かったw
ブラボー、ブラボー。ご執筆ありがとうございます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ