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幽世のリリン  作者: R09(あるク)
第二章 怨霊編~胎児よ、胎児、湖面はそこだ

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第91話 デルピュネーvsペルセウス

第91話


『グウウウ……』


 英雄・ペルセウスは声にならない声で、デルピュネーを睨みつける。

 逆にデルピュネーの目は、薙ぎ払った先の、相手の武具へ。

 そこには、鎌に似た刃があった。


(なるほど……あれが、『アダマスの鎌』と呼ばれるものでございますね)


 別名・ハルパー。

 湾曲した刃を内側に持つ、鎌と剣のあいだに生まれた異形の神具。

 その刃は、怪物メドゥーサをはじめ、「不死」と呼ばれた存在すら終わらせてきた。


 三メートルの巨人。だが、重さを感じさせない。

 崩れた体勢を一拍で立て直し、次の瞬間――

 三日月状の鎌が、デルピュネーの頭上へと叩き落とされた。


 速い!


 だが、デルピュネーは両手で槍を半回転。

 それを柄で受け止める。

 骨まで震わせる金属音が、夜空を引き裂いた。


(──この力!)


 デルピュネーの防御が崩される。

 まるで高層ビルがそのまま落下してきたかのような重い衝撃。

 たまらず、デルピュネーは、路面に叩き落とされた。


 ──ズンッ!


 アスファルトが避ける。

 粉じんが舞い上がる。

 超高速で落下したデルピュネーの姿に、思わず翔太は叫ぶ。


「デルッ!」


 だが、その粉じんの煙の中で、すっくと立ち上がった影が見えた。

 デルピュネーだ。

 叩き落とされたアスファルトは、クレーターのように陥没している。

 だが、粉じんが晴れると――

 メイド服は破れず、長い銀髪も乱れていなかった。


(──無事、なのか……?)


 翔太が心配になる中、デルは静かに槍を構え直した。

 外傷はないが、瞳に緊張が灯っている。

 エメラルドグリーンの虹彩が鮮やかに光っている。

 その魔力を帯びた瞳で、デルピュネーはペルセウスを見た。

 ペルセウスの姿は、まだ空中にある。

 口からは、『ゴオオゥ』と獣のような咆哮。


「ペルセウスさま……」


 その声には、敬意と悲哀の両方がにじんでいた。

 どのような術式なのだろう。

 あの大英雄が、星座として天へ上ったはずの英霊が、

 バーサク化され、デルへと敵意をむき出しにしている。


 そんなデルの姿を見て、目を閉じた美少女が鈴の声を上げた。


「あら、あなたコーリュキオンの、洞窟の番人、じゃ、ない、の」


 デルピュネーは、警戒はそのまま、彼女の方を見る。


「確かテュポーンさまのとこの。デルピュネー、ですね。まさか、こんな所で、ギリシャ最強クラスといわれる、あなたに、会える、とは」

「そういうあなたは……メドゥーサでございますね」


 デルピュネーはその美少女を「メドゥーサ」と呼んだ。

 その名前に、美優は思わず目を見開く。


「メドゥーサ……ですって?」

「あの、見るものを石化するっていう、あの怪物か」


 翔太もさすがにその名には覚えがある。


「でも、メドゥーサって、髪の毛が全部、蛇の化け物みたいな見た目だったんじゃ……」

「確かに、そう」


 美優は答える。


「でも本来のメドゥーサは、ギリシャ神話でも名高い、美しい少女だったとされている。海神・ポセイドンに見初められ、知恵と戦争の女神・アテナの神殿で、無理やり、その身を穢されたとされているわ。これに、処女神でもあったアテナは激怒した。そして理不尽にも、メドゥーサの方に呪いをかけたの。彼女が化け物になったのは、アテナの呪いよ」

「そんな……。つまりアテナは、襲った方じゃなく、襲われた方を……」

「そういうこと。女の権力者が、自分よりも美しい少女に嫉妬する──どの時代にもよくある話よ」


 このやり取りが聞こえていたのだろう。

 メドゥーサは、「あら。そちらのお嬢さんは、よくご存知のようね」と微笑んだ。


 そんなメドゥーサに、デルピュネーは問う。

 デルをして、今の状況は、不可思議で、理由が分からなかった。


「メドゥーサ……。あなたはペルセウスさまによって、斬首されたはず。それなのに、その体は? なぜ共闘を? アテネさまの呪いを解いたのは誰ですか? それにペルセウスさまは、あなたの宿敵なはず」


 その問いに、メドゥーサは甘い微笑を作った。


「ペルセウスが宿敵? ざ~んね、ん。今やペルセウスは私の下僕げぼく、なんです、よ」

「まさか」


 デルピュネーにとってもその言葉はにわかに信じられない。


「半神半人のペルセウスさまが、あなたごとき、魔物の使い魔になっているということですか」

「あなたごとき?」


 メドゥーサはムッとした表情を見せた。


「デルピュネーよ。私を、怒らせる、つもり? 私の瞳の力のこと、知らないわけじゃない、でしょ?」


 途端に、メドゥーサから異様な瘴気が立ち上り始める。

 彼女が瞳の魔力を開放したら最後、どんな者も石にされる。


「翔太さま、美優さま!」


 デルピュネーが叫ぶ。


「早くこの場を離れて! この魔物……その瞳の能力は、呪われたままのようです」


 美優は驚く。


「そんな器用な、解呪法あるの……!?」

「どうやってそうしたか、デルには分かりません。ですが、悪魔の御技みわざを用いれば、十分に」

「石化能力の呪いは健在、なるほど。分かったわ」


 美優は後ずさる。

 そして、もう一人の敵。

 夜空を見る。


「翔太くん、あれの動きにも気をつけて」


 そう言われて翔太が見上げた先には、例の三メートルの巨人の姿。

 ペルセウスは夜空に浮かんだままだった。

 その足元には光の翼の生えたサンダル。

 羽は左右三枚ずつ。光が脈打つ。


「あれが、下級女神・ニンフたちがペルセウスに与えたとされる『翼のサンダル』」

「空も自由に飛べるのか」

「そう。ペルセウスの恐ろしいところは、そこよ。神から与えられたチート武器をたくさん持ってる」

「あら、お嬢さん、詳しいの、ね」


 そこへメドゥーサが割って入った。


「なら、冥府王ハデスさまからもらった、『闇の隠れ兜』もご存知かしら」


 ハデス──

 ゼウスの兄にして、冥府の王。


「ええ。もちろんよ」


 ギリシア神話の有名どころの名前が飛び交う会話に、翔太は戸惑いを隠せない。


「ハデス……って……」

「そう。その『闇の隠れ兜』。簡単に言えば、自身の姿を消せる神具」

「そんな。反則級ってもんじゃないぞ」

「そうよ。それが本当なら、どうも、アレは本物のペルセウスみたいね。そんな大英雄が水城に……」

「あら、信じない、の?」


 メドゥーサは、美優の動揺をうれしそうに受け取った。


「そう、です、ね。ではまず、ペルセウスから。出し惜しみは結構のようよ。私を討ったその力、見せて、おやり」


 この声に応じたようにペルセウスの姿が、


 ──消えた。


 思わず息を呑む、翔太と美優。

 デルピュネーは、路面で槍を構え直し、周囲を伺っている。

 敵が使用しているのは『闇の隠れ兜』。

 位置は風と音で読むしかない。

 デルピュネーは、息を殺して耳をすます。感じる。

 最優先は、翔太と美優の命。


(感じました……!)


 風を引き裂き、デルピュネーが翔太たちの前へ滑り込む。

 次の瞬間、見えない刃が二人を薙いだ。

 デルピュネーは、それを、かろうじて槍の柄で防ぐ。

 こらえる。

 そして器用に槍を回し、見えないペルセウスの肉体へ刃を。

 しかし、ペルセウスは、デルピュネーの動きを読んでいた。

 その槍に、例の神具・ハルパーを叩きつける。

 デルピュネーは、たまらず吹き飛ばされる。


 その体は、山の方へ。

 路地の一つへと、吹き飛ばされていく。


 翔太は見る。

 空中に一筋の赤い線。

 そこから血が滲み出しているのを。

 つまり、デルの攻撃は、ペルセウスをかすめていた。


『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!』


 怒りに震えたペルセウスは、不気味な咆哮を上げる。

 そして、一陣の風。ペルセウスの気配が消える。

 目には見えないが、ペルセウスが大地を蹴って、デルピュネーを追いに行ったのだ。


「デル!!」


 見えないが、状況が分かった翔太はついデルの身を案じる。

 だが、デルピュネーは数十メートル飛ばされた先で、体をくるりと回転させると着地。

 すぐに槍の底……石突いしつきに挿したサファイアブルーの宝石を抜き取り、闇へ放った。


 青い宝石から、魔力を帯びた糸が弾けた。

 青い糸が扇状に飛び、空間に格子状の網を張る。

 その張り巡らされた格子が大きくたゆんだ。

 目には見えないが、そこに何かが引っかかった。


 ペルセウスだ。

 ペルセウスは、絡め取られたまま、あがき、もがく。

 体中に糸で切られた傷が浮かび、うっすらとその姿が見えてきた。


 デルピュネーは投げた青の石を糸ごとたぐり寄せる。

 パシッと手に取り、青の宝石を柄に戻す。


「ペルセウスさま、戻ってください!」


 デルピュネーは、ペルセウスのバーサク化を解こうとする。

 しかし、返事は刃。糸が、一息で断ち切られた。

 これがアダマスの鎌。ハルパーの力。神が作った武具。

 デルは残念そうな悲痛な声を上げる。 


「あくまでもコンタクトは取れないということですね……」


 その言葉には憐れみがにじんでいた。


 やむを得ない。

 デルピュネーは再び、槍を構え直す。大地を蹴る。

 目に映る前に、槍と神具がぶつかり合う。

 闇の中で火花が弾け、光と金属音が乱れ飛んだ。


 だが徐々に押される。

 まだ、『闇の隠れ兜』の効果は完全に切れてないのだ。


 デルの放つエメラルドグリーンの輝きが、背後へと引いていく。

 それでも諦めない。

 次に、誘うように林の中へ飛び込む。

 追うペルセウス。

 再び林から、槍とハルパーが何度もぶつかり合う音が響き渡る。

 

 この戦闘を見ていた美優が言う。


「うまいわね」

「え?」


 翔太には分からない。


「あの巨体よ。林ならデルに分がある。木々などの遮蔽物しゃへいぶつが林立している場所なら、さすがの神話の英雄も、幹が盾になって動き回れないわ。逆にデルは小柄」

「なるほど。そういうことか」

「それだけじゃない」


 と、美優は言う。


「ペルセウスの目的は、私たちだった。でも、そこでデルは相手を傷つけ、怒らせることで、自らヘイトを自分に向けた。ペルセウスの目当てがデルに変わった。それを感じて、敢えて遠くへと吹き飛ばされたのよ。ペルセウスから、私たちを引き剥がすために」


 その美優の説明を聞いて、鈴のような笑い声がこの夜の闇に満ちた。

 メドゥーサだ。


「そうかし、ら?」


 メドゥーサが口を挟む。


「そうせざるを得なかった、んじゃない? 逆に考えられ、ない?」


 これに、翔太は拳に力を入れる。


「ああ。その可能性を俺も感じていた」

「あら。お利口さんね」


 メドゥーサは、微笑む。


「そう。あなたの、考えた通り、とも言えるわ」

「どういうこと!?」


 美優の声。

 これにメドゥーサが応える。


「分断完了。だって、今のあなたたち、丸裸、よ」


 そう言うとメドゥーサは一歩、翔太らに近づいた。

 アスファルトが、彼女の足裏で音を立てる。


「逃げろ、美優」

「でも、それじゃ……」

「いや。デルは、俺に十分な時間をくれたよ」


 そう言う翔太を美優は見る。

 そして驚いた。

 翔太の体がわずかに、あたたかな光に包まれている。

 これは……もしかして。


「デルのおかげで、もう俺の魔術回路は準備ができている。ラーのイーナリージアが満ちている」

「一人で闘うつもり?」

「そのために、俺は美優に着いてきたんだろ」


 そう翔太は言う。


「やってみるさ。どこまで通用するのか」


 これを聞いて、メドゥーサは不敵な笑みを浮かべた。


「あら、勇ましい、のね。でも、それで、私に勝てる、かしら?」


 美優は戸惑う。

 相手がメドゥーサだとしたら、自分が出来ることは何か。

 そんな美優の思考を読んだようにメドゥーサは言う。


「大丈夫。別に殺したり、しないわ。ただ、私たちは、坊や、が、ほしいの。それだけ、なの」

「そんな話、信じない」


 突如、美優はシラットの構えに入った。

 躊躇はなかった。

 その判断が、どれほど無謀か――

 分かっていないわけがなかった。

 これには翔太も驚く。


「あら」


 とメドゥーサはうれしそうな声を上げる。


「あなたは、いらない、のよ。でも、勇敢、ね。勇敢な美少女、私は嫌いじゃない、わ」

「聞いたでしょ、翔太くん。この場から逃げて!」

「ダメだ! いくら美優でもシラットが化け物に通用するはず……」


 だが翔太の言葉は、美優に届かなかった。

 美優は、一気に間合いを詰めた。

 相手が化け物であろうと――関係ない。


(“関節”なら、折れる《・・・》──!)


 翔太は美優の背を追う。

 だが、美優の突進が一歩、先を行く。

 美優の右の掌が熱い。脈と同じリズムで、皮膚の下が脈打つ。


「そう。おバカさんなの、ね」


 呆れたようにメドゥーサは言うと、閉じていたまぶたを。

 ゆっくりと開けた──!

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