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幽世のリリン  作者: R09(あるク)
第二章 怨霊編~胎児よ、胎児、湖面はそこだ

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第87話 六芒星の瞳

第87話


 翌日。テレビも新聞も、昨夜の「同時多発の腐蝕事件」を大きく報じた。

 だが、見出しは決まっている。

「ゴスロリ少女が現れた」。

 正式な呼び名も、整理された情報も、まだ何もない。

 ――だからこそ、人は分かりやすい言葉に飛びつく。

 そして、その言葉が、町の恐怖に名前を与えた。


 それだけで十分だった。水城市は、また全国区の悪名を背負う。

 カメラマンと記者が押し寄せ、「何か映るかもしれない」と現場の周囲を嗅ぎ回った。

 ライブ配信者も殺到し、ホテルは埋まった。


 そして、これほど騒然としているのに、市民の姿はほとんどない。


 かわりに、市役所や警察関連の建物だけ、蜂の巣をつついたような騒ぎとなっていた。

 見慣れないスーツと腕章の連中が、出入りを繰り返している。

 昨夜の「怪事件」は、まだこの町の内臓の奥で動いている。

 そう思わせる昼下がりだった。


『ホテル・ハーバービュー』は、数日前から丸ごとユニマコン水城支部になっていた。

 本来は観光客や結婚式会場向けのホテルだ。――今は違う。

 最上階は封鎖され、宴会場は緊急対策本部。聞いたこともない「特別班」がカードキーで出入りする。

 地元警察ですら頭を下げて順番待ち。エレベーター待ちは最大二十分。

 表向きは“合同対策”。だが実態は、警察が「使われる側」に回っている。


 フロア最奥。水城湾を見下ろす特等室に、八雲在斗やくもあるとのデスクがあった。

『八雲特別班』――その指揮官の席だ。


 そのデスク上には、何十枚もの写真が広げられている。

 その八雲の前に立っているのは、国際魔術会議ユニマコンのエージェント・大熊英治。


「これで写真は全部だ。あんたのパソコンにも同じ写真をファイルごと送ってある」


 そう言われて、さっそく八雲は写真に手を伸ばした。

 念入りに確認をしている。

 大熊はそんな八雲を見下ろす。

 八雲在斗は二十代後半。大熊にとって息子同然の年齢だ。


(あどけねえ顔して、ワシらを現場の手足みてえに動かして……。権限の匂いが、普通じゃねえ)


 そんな毒をベテランゆえの余裕でしっかり隠す。


「まあ、ワシらが確認できただけで、あのゴスロリ姉ちゃんが現れたのは五カ所ってとこだ。どこも凄惨な有り様でな。人間が溶けるとこうなるってのを、映画以外で初めて見た気分さ」

「なるほど。確かに吐き気を催すほどですね」


 言っている割には、八雲は平然としていた。

 大熊もボリボリと頭をかきながら、そっちがその気なら、と普段通りの態度で話す。


「でもまあ。そうは言ったが、実のところ初めてじゃねえ。あの平家谷へいけだにの悲劇。あれとの類似点はワシが見たところ、相当に高い。まず、人体の破壊のされ方だ。皮膚の裂け方、骨の出方、床に残る“焼けた酸”みたいな臭い――平家谷と同じ匂いがする。科学じゃねえ。現場の匂いだ。ワシはそれで何度も当ててきた」


 聞いているのか聞いてないのか。

 八雲は次々と写真を確認している。


「昨晩の被害者は、全部で二十三人。状況だが、どこの報告でも似たようなもんだな。そのゴスロリ姉ちゃんたちは、この惨劇を繰り広げた後、どこかへ消えちまったらしい。足取りも追えねえ。正体も分からねえ。なんせ、その姉ちゃんの写真を撮影したのは通行人の一人こっきり。しかも偶然だ。平家谷がまだ解決してないのに、コレだぜ。まったく、警察も何やってんのか。元刑事だけに、不甲斐ない。今の若いのは、しつこさが足りねえよ」


 言いながら大熊は、ある写真を指で示す。八雲は目を落とす。


「これが例のゴスロリ少女だ。これが何者か。もちろんワシは諦めてねえ。例の『阿修羅像』事件がなければ、防げてたかもしれねえんだがなぁ。今となっちゃ仕方がねえ。これから調査してみるとするさ」

「いえ、その必要はないようです」


 八雲はにっこり笑って大熊を見た。


「もう大体、予測が付きましたよ、大熊さん――ありがとうございます」

「何だって?」


 意外な返答。

 まるで「最後のピースが来た」とでも言いたげな「ありがとうございます」だ。


「あんた、これが何か、もう分かっちまったって言うのか?」

「ええ。私が持っている情報とパズルのように、こう、ね」


 と八雲がパズルを合わせるような仕草をする。


「それにしてもよく入手できましたね。警察ではなく、あなたが手に入れたということが、さすがですよ。面目躍如ですね」


 なんだか馬鹿にされた気がした。大熊は八雲のデスクを叩きたいのを我慢する。


「へえ。分かったって? じゃあ何者だ?」


 難解なはずの質問だ。だが――


「ホムンクルス――その可能性が高いですね」


 八雲は淡々と言った。淡々としすぎるほどに。

 大熊は目をパチクリとさせる。

 ──ホムンクルスって中世の……今は令和だぞ?


「ホムンクルス、だって?」

「ええ。ご存知でしょう。人工のうつわ。魂の居場所を与えられていない使い捨ての兵隊です。魔術の基礎講義にもありますよね」

「そりゃ、講義は更新されるたび、受けちゃあいるが……」


 ──なぜ、ひと目見ただけで分かる!? 

 その疑問を大熊は呑み込んだ。

 それを質問すると負けた気がする。

 だから、こう加えた。


「ホムンクルス。錬金術師らが作る人造人間。つまり、それを作った何者かが、この水城に潜んでいる」

「その通り。そして次のあなたの質問は、こうだ。『あんた、どうしてそれが分かった?』」


 ──こいつ、ワシで遊んでやがる。

 

 ムカつくやつだ。まるでそちらの心の内なんて見えてます、そうとでも言いたいのか。

 しかし、八雲は大真面目な表情で、話を続けている。


「ですよね? いいですよ。見分け方を伝えておきましょう」

「おま……」

「では、まずこの目を見てください」

「目ェ?」


 悔しいが、知っておいて損はない。

 仕方なく大熊は、自分でも何度も見た、ゴスロリ少女の紙焼きを手に取る。


「見たところ、ガラス玉みたいな目だが……。これが何だって言うんだ」

「瞳の部分ですよ、ほら。分かりますか」

「どこだ、ブレてよく見えねえが」

「ほら、ここ。虹彩の中……」


 大熊は目を凝らす。

 少し滲んだように見えるが、見覚えのあるアレによく似てる。


「こいつは、もしかして……」

「気づきましたか? 六芒星ですよ」


 そして八雲はキーボードを操作し、ファイルからその写真を取り出した。


「今、画像処理を掛けました。本部の解析班のソフトは優秀ですよ」


 八雲はノイズを落とした拡大画像を出す。

 これを見て素直に大熊は驚く。


 ──六芒星だ。


 だが、おかしい。

 八雲が最初に見ていたのは、処理前の紙焼きのはずだ。

 それでも八雲は、まるで「解析を掛ければ出る」と知っていたみたいに、迷いがなかった。

 このブレで、しかもミリ単位の大きさの瞳の虹彩まで見えたというのだろうか。


「間違いねえ……」


 そう言う他なかった。

 大熊班にあるソフトでは、ここまで見えなかった。

 本部のソフトを通した画像なら、見える。

 その前提で動いているのが、気味が悪い。

 

 ──“解析が出ること”を、最初から知っていたのか?


「ところでホムンクルスを作った錬金術師の技術。これは、今は魔術師が継承しています」


 八雲は、教科書の要点を読み上げるみたいに言った。


「宇宙エネルギーとの調和から術式を編み出せるレベルの魔術師たち。

 国際魔術会議うちにも本部にいけば、ゴロゴロいます。それよりも」


 と、八雲はもう一度、画面を強調するように端を握った。


「六芒星は、ただの護符じゃない。

 “契約”や“管理”の印として使われることがある。

 どういうことか。

 つまり、あれは誰かの管理下にある――使い捨ての兵隊って線はないでしょうか」


 八雲は説明しながらも、肝心の「誰の管理か」は言わない。

 ストレートな解説はしない。やたら回り道をする。


「あとソロモン王の紋章であることは有名でしょう。

 正確にはその父・ダビデの名を取ってダビデの六芒星と言われますが」


 大熊は、耐えきれず、八雲が何を言いたいのか探る。


「つまり、ソロモン王の管理下にあると。そう言いたいのか?」

「いいえ」


 ──やっぱり、気に食わねえ!


「じゃあ、なんなんだ。さっきから意図するところが分からんのだが」

「ああ、すみません、これは私の癖みたいなものでして」

「いいから早く言え!」


 すでに大熊にとって、上官かそうでないかは関係なかった。

 そんな大熊を、八雲は「いいですね」と笑った。

 八雲は、核心を言いそうで言わない。

 その言い方が、大熊の背中を冷やす。


「嫌いではありません。あなたのその性格は、現場を生かす」

「いいから、さっさと……」

「はい。『ソロモンの管理』ではありません。ソロモンが“封じた側”の印です」

「封じた側の……印、だと?」


 そこで初めて大熊は行き当たった。


「まさか……」


 ソロモン王は、72の悪魔を使役し、様々な願望を叶えてきたと言われている。

 その記述は、作者不明のグリモワール『レメゲトン』の第一書『ゲーティア』に記されている。


 ──それが、ソロモン72柱。


 封じられ、呼び出され得る“魔王の名簿”だ。

 その中でも上位に、魔王ベレスの名がある。

 魔王ベリアル、魔王アスモデウス、魔王ガープの名も連なるが、

 本当のトップは実質ベレスであったらしい。

 

 大熊はやっと、八雲が何を言いたいか読めてきた。

 だが。


(こいつ……そこまで絞り込んだっていうのか──!?

 まさか、ホムンクルスを作ったのが……)


 そして次に、八雲は、多くの写真の中からもう一枚を出して、大熊に見せた。

 今度は、被害者の写真だ。

 人が溶けていく瞬間が写されている。


「これ。これも通行人の誰かが撮影したものの一枚ですよね」

「そうだ。だがこれにはゴスロリ姉ちゃんは写ってねえ」

「そこですよ。大熊さんは、持ってますね。これをしっかりと参考資料に入れた。ゆえに素晴らしいと称賛したわけです」


 ──そこまで大層な写真か?


 だが、そう言われたらもう一度確認したくなる。

 すると、ビルの屋上に誰かが立っている姿がある。

 普通なら、人が溶けるという衝撃の方に視線が行く。

 よほどの注意力がなければ見えないほどに小さい。


「単なる一般人……じゃ、ここには立てねえよな。だが、従業員じゃねえのか?」

「いえ。よく見てください、ここ」

「ここって。ほぼ夜の闇に溶けてるじゃねえか」

「これですよ、これ」

「だから、どれだって言うんだよ!」


 まるで子どものようなやり取りの後、大熊はハッとした。

 かすかに……わずかだが、見えたのだ。

 八雲はホッとしたように言った。


「ね。分かったでしょ。この狩人のような服装」

「おい! それも拡大して見せてくれ」

「ええ。朝飯前です」


 そう言うと八雲は画面を自分へと戻し、キーボードを操作する。

 そして拡大した画面を再び大熊へと向けた。


「色は……おそらく緑でしょう。そして背後に背負っている弓」

「あと手に、棒のようなものを持っているようだな」

「……棒状の──機械仕掛けの武器に見えます。弓とは別に」

「機械仕掛けの武器だって?」


 ──なんで、それが機械仕掛けだって知ってる?


 こいつは、なぜか、断言した物言いをする。

 未確認な情報さえ、見つけ出し、絞り込み、ふるいにかける。

 だが、これがもし、本当にソロモン72柱の誰かだとしたら。


「六芒星……ソロモン72の魔王……緑の狩人……弓矢……腐蝕」


 もう、大熊は、この時点で、ある“正解”をすでに導き出していた。

 八雲もそれを知っているかのように、こう言う。


「こんな格好をした怪異なんて一つしかありません」

「魔王レラージェだな……?」

「……ええ。レラージェです」


 八雲は、うれしそうに笑った。


「分からない分からないなんて言って。大熊さんもかなり勘がいいじゃないですか」

「腐蝕の悪魔……。また人間を争わせる戦闘の神、か……」

「そうです。その持つ弓矢は傷を癒やしも腐蝕もさせると言います」

「その逸話から見る限り、この人影が、その魔王だっていう可能性はワシだって浮かぶ」


 魔王クラス……

『カスケード』が魔王クラスを呼び出したという報告も、過去の資料などにある。

 それでも、そこまで大物に、

 まさか生きているうちにお目にかかれるとは思っていなかったが。


「古い写本では“サルガタナスの右腕”と記されてたな。

 魔王つっても、またかなり位相の高いクラスだろ」

「ええ。序列14番目にして、地獄の大公爵。それがレラージェです。

 そのサルガタナスのさらに上は──アスタロト」

「地獄でも、素手で名前を呼ぶのを嫌がられる存在だな」

「ええ。つまりレラージェは、その魔王アスタロトの軍門のすぐ下の実戦指揮官。

 国家で言うなら特殊部隊の隊長クラス」

「バックも洒落にならねえってわけだ」


 調子を合わてはいるが、正直なところ、大熊はこの若者をそら恐ろしく感じていた。

 そもそもアスタロトとは、この世の“神秘”に関わる人間たちにとって、

 その名が、サタンやルシフェル、ベールゼバブと同じぐらい恐ろしく、

 その名を出すだけでもためらわれるほどの大悪魔だ。

 それをこの若造は、いとも簡単に口にした。


(こいつ……)


 徐々に不穏が大熊の胸に込み上げてくる。

 それでもお構いなしに、弁舌をやめない八雲在斗。


「あ、あと、大熊さんがあの阿修羅像と一緒に見たセイテンタイセイ」


 セイテンタイセイ――あの名を聞くだけで、大熊の喉の奥が乾く。

 どれだけの班員が犠牲になったか。


「セイテンタイセイはイタズラ好きですので、何を始めるのか予測困難ですが、

 これに加えて、ソロモン72柱。しかもアスタロトと関係がある、魔王レラージェ。

 ……並ぶ名札としては、だいぶ終末寄りになってきましたね。

 これは水城が確実に“呼び鈴”を鳴らされている証拠です。おそらくそれは──」


 ごくり、と大熊は喉を鳴らした。

 だが。

 八雲は、そこでふっと笑って言葉を切った。


「……まあ、口に出すには、まだ早いでしょう。それはおいおい……」


 その含んだものの言い方に怒りよりも、ますます不信感が募る。

 八雲在斗。この男が何者なのか。

 

 ──とても、人間を相手にしている気がしねぇ。


「とにかく、この水城で何が起こり始めている。それを目視するために来たのが私です」


 ──こいつ、逆にその“何か”ってヤツを逆に待ってるんじゃないのか……!?


「とにかく『八雲特別班』で即時の対策を練ります。こちらの指令と情報は、必要な分だけあなた方の班にも降ろしますので」

「そいつは、ありがてえ話だ」

「ねえ、大熊さん。いいですか?」


 やっとのことで答えた大先輩の大熊に突然、

 八雲は諭すように言った。


「まずは、セイテンタイセイ、レラージェ、この二つを何とかしなければならない。

 魔王アスタロトをここに顕現けんげんさせていはいけません。少なくとも現状では……」

「現状では?」


 その背景までもが不気味に思える。

 つまり、国際魔術会議ユニマコン

 上層部はどこまで、何を知っているんだ……!?


「ひとまず、問題となるのは、魔王レラージェが、

 アスタロトから何の司令をくだされているか、です」

「ああ……」

 

 もう口を開く余裕もない。


「敵の目的を探り、これに対処する。そのためには、今のところ人員を大幅に増やし、監視を強化します。ホムンクルスや天使像はおそらく、レラージェの下僕しもべ。ゆえの六芒星でしょう。でも、きっとそれだけじゃあない……。他にも使い魔が潜んでいる可能性がある」

「他にも?」

「ええ。それが何者なのか。我々が始めるべき調査はそこからかもしれない」

「その任務に就くのはいいとしよう。しかし、ワシが最初にくだされた指令。“666の獣”はどうする?」


 拳を強く握り、大熊は相手を試すように言う。


「そこへ人員と時間を割いている間に、“獣”が──『反キリスト』が覚醒したとしたら、対処できんのか?」


 八雲は大熊の息も絶え絶えな挑発に乗る様子はなかった。

 ただ静かに笑って言った。


「もちろん」


 ──と。


「そのための“八雲在斗”です」


 ◆    ◆    ◆


「ちくしょう!」


 大熊は、叩きつけるようにドアを閉めて廊下に出て来た。待機していた高木英人が駆け寄る。


「どうしたんですか? 大熊さん」

「どうもこうもねえよ!」


 二人並んで自分たちの班の会議室へと向かう。


「あいつは、信用ならねえ。ワシの元刑事の勘がそう言ってる」

「八雲さんが? なぜ?」

「詳しすぎるんだ」

「詳しい……?」

「とてもじゃねえが、人間の分析力、判断力、情報力を越えてる。

 アレは単なるエリートじゃねえ。

 あいつは、法律の外で、神さまみたいな口ぶりで“指示”だけ落としてくる」

「神……?」

「問題なのは……比喩で済ませたくねえ“匂い”がするってことだ」

「何があったんですか、一体。今日の大熊さん、ちょっとおかしいですよ」

「本当におかしいのは、あの八雲、それと本部だよ」

「大熊さん……」

「あいつは、相当、怖い話をしてる。

 魔王だぞ? はっ、水城に魔王だとよ。恐ろしいじゃねえか。

 ところが、だ。あいつは、心拍が一つも上がってない。

 見りゃあ、分かる。あれの心臓は日常そのものだった。

 それが――現場の人間には、一番わかりやすい異常だ」

「お……大熊さん、背中が汗で……」

「……あ?」


 気づくと、大熊は大量の汗をかいていた。

 背中にひんやりとシャツが貼り付いている。

 これには大熊自身も驚いた。


 ──冷や汗か……


(こんな老いぼれに、なんて怖い想いをさせやがるんだ、ちくしょう……)


 大熊は歯を噛みしめる。


(ワシが、あの若造に、ビビっちまってるとでも言うのか)


「大熊さん……」


 高木の顔は真剣に心配をしていた。

 その高木の肩にぽん、と、手を置く。


「高木。ちょっと頼まれてくれねえか?」


 高木は肩に置かれた手と、大熊の顔を交互に見る。


「いいですが……。どんな任務ですか?」


 大熊は立ち止まる。それに従って高木も足を止める。

 そして振り返り、廊下の奥にある、八雲の部屋を睨みつけた。


「八雲在斗。ヤツを張ってほしい。あいつは絶対、何かでけえ秘密を隠してやがる。そしてああ言いながら、実は、ワシらの命なんて、つゆほども心配しちゃいねえ」


 大熊の言葉に驚く高木。自分たちの上官を、尾行する……? 考えられない暴挙だ。

 だが、相手は大熊英治。超ベテランであり、その直感に高木は何度も救われたことがある。

 今回も、何か考えがあるに違いない。

 高木は黙って頷いた。

 大熊も頷き返す。


国際魔術会議ユニマコン……。ワシは“人を守る国際組織”だと聞いて入ったはずだ。

 現場に血を流させても、市民は守るって教えられた)


 自然に肩に力が入る。


(だが今のは違う。あいつ、自分らの計画のためにこの街を観察してやがる目だ。

 ワシらも、街も、材料扱い。ワシの刑事の勘が鈍ってなけりゃあな)


 ふと高木を見る。

 まだ、こいつは若い。

 才能もある。

 これからの存在だ。


 ──こいつの命もワシが守らなければならねえ。


(まさか、国際魔術会議ユニマコンそのものを疑う日が来るなんて、思っちゃいなかったがな……)


 ◆   ◆   ◆


 その数分後。

 八雲在斗の執務室。


 八雲は背もたれにのんびりともたれかかりながら、手を上げて背筋を伸ばしていた。

 その口元には、軽く、笑みを浮かべている。


「随分と、楽しい展開になってきましたねえ」


 八雲は背もたれに身をあずけ、天井を仰いだ。

 誰もいないはずの部屋に向かって、報告でもするような口ぶりだった。


「大体は、予定どおりです。現場の部下だけでなく、“上”にも手順を降ろしておきましょう。混乱は制御しておきたいので」


 そして、デスクの引き出しから、ある写真を取り出す。


「……ええ。ですから私は、こっちの方を優先します。……この子を失えば、計画は台無しですからね」


 八雲は写真の角を、丁寧に指でなぞった。


 そして、その写真に向けて、まるで旧い友人に話すみたいにやさしい声で、静かに名を告げた。


北藤翔太ほくとうしょうたくん」


挿絵(By みてみん)

国際魔術会議ユニマコンの新たな拠点となった水城支部のホテル。左奥の最も高い場所に八雲は滞在している。

【撮影】愛媛県八幡浜市大黒町「八幡浜センチュリーホテル イトー」

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