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幽世のリリン  作者: R09(あるク)
第二章 怨霊編~胎児よ、胎児、湖面はそこだ

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第80話 決闘

第80話


「うっ!」


 高木健二たかぎけんじの右頬に、芯を食ったストレートが突き刺さる。

 踏み込みは半歩、利き手の戻しも速い。

 素人の殴りではない。

 高木はよろよろと後ずさる。

 一発ですごい威力だ。ただの喧嘩屋じゃない。重心が前に流れず、拳が線で来る。ボクシングか何か。リングで身についた癖がそのまま染みついた足運びだ。


 勝負は一対一のタイマン。その周りを見たことのない他校の生徒たちが取り囲み、後ろのやしろには星城学園せいじょうがくえんNo.2と呼ばれる三年の野津俊博のづとしひろが取り巻きと一緒に座っている。


 高木は叫んだ。


「野津先輩! なんで俺にこんなこと、させるんっスか!」


 その高木にタイマン相手の蹴りが飛ぶ。ローキックが膝頭に巻きつき、高木の脚が抜けるように沈む。脛の骨が鈍く鳴り、視界がひとつ揺れた。それでも高木は屈しない。


「こいつら、水城工業のヤツらっスよね。俺に文句があるのは野津先輩っスよね。なんで、工業のヤツらが俺に喧嘩売ってるんスか!」


 野津は何も言わない。ただただやしろの階段に座っているだけだ。その周りにいる取り巻きも静か。ただそこに立って、事の成り行きを見守っている。


「まだ、そんなこと言ってんのか、高木ィ……」


 高木のタイマン相手が言う。


「お前は売られたんだよ、野津に。お前、中等部時代はマジメなダサ坊だったくせに、ここ最近、イキりやがってよォ。万引にカツアゲ。うちの一年坊もイジメてくれたっつーじゃねぇか」

「あれは、アイツがうちの生徒をフクロにしてたから……」

「理屈じゃねェ! やられたらやり返す! それが俺らの掟だろうがよ!!!」

 体勢が低いままの高木の顔が蹴り上げられる。


「理由はどうあれ、うちの生徒に手ェ出したら、そりゃもう、星城とうちの戦争じゃねぇか!」


 そのまま胴体に左右のストレート三連発。「ぐは……」と、高木は両膝をつく。


「なんだ、こいつ全然、弱っちいの」


 工業高校のギャラリーたちがざわつき出す。


「まあ、落とし前つけさせてもらえるって言うんだから、これはこれでいいけどよォ」

「つまんねーよな」

「こんなに人、集めなくても良かったんじゃね?」

「まあな。でも、わざわざ野津が“ケジメつけさせてやる”って誘ってくれたからなぁ……」


 と工業高校の不良たちは、背後の野津を見る。


「だけど、話がうますぎないか?」

「わざわざ誘ってきた野津が裏切らないとも限らねぇし」

「野津つったら、一人で五人をボコボコにした伝説があるヤツだろ? いきなり約束を反故にしてこっちをフクロにするってこともありうるよな……」


 ギャラリーは十人はいるだろうか。そのギャラリーが無駄口を叩いている間にも、高木はタイマン相手にボコボコにされ続けている。


 いや、それはもはやタイマンとは呼べなかった。喧嘩ではなく処刑。力量差が残酷にあらわだ。距離、角度、手数――全部、相手の土俵。それほど高木と相手には経験に違いがありすぎた。


(ちくしょう、ちくしょう……)


 殴られながらも、戦意は失わない高木。だが徐々に目が腫れ上がり、視界がふさがり、やがて痛みの感覚も、鈍くなってくる。


 高木のタイマン相手は野津に叫んだ。


「野津ゥ! いいんだな、本当に。こいつボコボコにしちまって。あとで『うちの生徒に手を出した』って、いきなりこっちに襲いかかってくるのは無しだぜ!」

「安心しろ。ボクシングマン」


 野津は、じっとガンをつけながら静かに言う。


「俺たちは、一切、お前らに手出しはしねえ。俺も、この周りにいるヤツらもだ」

「まあ、こっちも小野山おのやまくんを連れて来てるから、いいけど」


 小野山薫おのやまかおる。水城工業高等学校の番格グループの1人にして、空手部の副部長。坊主頭で180cm、100kg以上。その巨体から「重戦車」のあだ名で怖れられている。

 空手部に所属していることもあって、あまり公の喧嘩の場に顔を出すことはない。

 だが、一部では小野山が水城工業ではNo1の強さを持つとも噂されてもいる。


 その小野山がもし、星城学園No2の野津と闘ったら……


 その下馬評は互角。


 だが今回は野津も小野山も、高木へのヤキ入れの後見人みたいなものだ。この二人がぶつかることはないだろうし、二人とも衝突は避けたいと思っているだろう。


 ギャラリーたちは再び、殴られ続ける高木へと視線を移した。


 すでにフラフラの高木。自慢のリーゼントはすでにぐちゃぐちゃになっており、目も焦点が定まっていない。だが、立っている。


「根性だけは認めてやるよ」


 タイマン相手が自分の拳をぺろりとなめた。


「だが、これで、終わりだ!」


 それを高木は見逃さなかった。高木の目が一瞬、力を取り戻し、右ストレートを避けながら、相手へ大きく一歩。


「なっ!?」


 その場にいた者すべてが驚いた。高木はそのまま相手の髪を両手で噛みつくように掴み、額を相手の鼻梁へ全力で叩き込んだのだ。

 骨が軋む乾いた音。血の匂いが一気に立つ。

 当然だ。

 頭部は肉体の中でも最も固い部位のひとつ。

 それを高校生とはいえ、男の力でぶつければ──


「ぐは……」

「まだまだァァァア!」


 ガン! ガン! ガン! ガン! ガン!


 迷いなく連打。額が槌、顔面が金床かなどこ

 三発目で相手の目が泳ぎ、四発目で膝が落ちた。


 形勢は一気に逆転する。

 そして。

 ついには、タイマン相手が白目を剥いてその場に仰向けに倒れた。

 ざわつくギャラリーたち。肩で息をする高木。


「まさか……」

「高木が、勝っただと……」

「嘘だろ……?」


 一方の高木は、立っているのもやっとだ。指一本、押されただけで倒れそうなほどに消耗している。

 だが意地を見せた。高校デビューだ。それでも不良として、男として、引くことは出来なかった。


「次はどいつだあああああっ!」


 空に向かって渾身の力を込めて叫ぶ。後ろで見学していた小野山が背後の野津を見た。


「いいのか……?」


 野津は、その小野山の視線を受け止めて言った。


「これでケリがついたと思えねぇんだったら、好きなようにしろ」


 これに小野山はにやあと笑った。


「よっしゃ、お前ら! 高木を囲めェ」


 小野山が指をひと振り。輪が縮み、逃げ道が潰れる。

 靴底が砂利を踏む音だけが増える。


「へ……、へ……」


 高木は力なく笑う。やべえな……と心の奥底で思う。


「まったく……汚えなぁ……、ボロボロの相手一人に全員かよ……」


 その強気な言葉の裏で。


(こりゃあ、もうダメ……かな……)


 だが、拳を上げることは忘れない。こうなったら、死ぬまで相手してやる!


「良い覚悟だあ、高木ぁ……」


 小野山が邪悪な笑みを浮かべる。そして右腕を上に上げ、よーいどん! のように振り下ろした。


「お前ら、やれえええええええええええええええええええええええええええええ!」

「おらああああ、高木、覚悟しろ!」


 全員が飛びかかろうとしたその時である。


「あんたたち、いい加減にしなさいよ!」


 そこに高らかに女子生徒の声が響いた。


(女……だと?)


 皆がいっせいに、声の主を見る。

 そこにいたのは、高木と同じクラスの海野美優うみのみゆ。そして北藤翔太ほくとうしょうた。鳥居の影から、美優と翔太が一直線に割って入ってきた。


 高木は驚く。


(海野……? 北藤……? な、なんで……、こいつらが……)


 一方は女子生徒。

 もう一方は小学生時代のいじめられっこ。こいつら、何をしに来やがったんだ……。

 

 そんな高木の想いとは別に、美優は、多くの不良たちの輪の中に割って入ってきた。そして高木のもとへと近づく。


「大丈夫? 高木くん」


 美優は高木の頬をそっと支え、視線で意識を繋ぎ止めた。


「海……野……? なんで、女子が、ここに……」

「話は後。大丈夫? 歩ける? 保健室、行くわよ?」


 息を荒らさず、言葉を短く。

 そして高木の腕を手に取ると自分の肩にかけた。


「私につかまって。すぐここから逃してあげるから」


 ──喧嘩の場に突如現れた美少女。この普通あり得ない展開に思わず唖然としていた不良たちだったが、ようやくハッと我に返った。


「おめえ、何、勝手なことやってんだよ!!!」


 一人の不良が、美優の腕を掴もうと手を伸ばした。


 と、同時だった。

 伸びた手首の外へ肘を差し入れ、前腕で肘を絡める。

 翔太だ。


「えっ?」


 翔太は、肘を絡めたまま、相手の手を上へと回転させた。そのまま背後に肘を回し。肩へ流して極め点を背中で作る――シラットの定石。


「うああああ!」


 肩関節を背中で固定、肘を逆へ折る角度でロック。

 悲鳴が出る前に床へ落とす。無力化は一秒。


 そこにいる誰もが我が目を疑った。


 うつ伏せで痛みに呻く、その不良。


「誰だ、おめえ! 離せ、離せよ!」


 その翔太の技のキレを見て、背後で見ていた星城学園No2の野津が「ほお……」と感嘆の声を上げる。


「このヤロウォォォォオオオオオ!」


 工業高校側も黙っていなかった。だが翔太は冷静だ。即座に立ち上がり、まず一番近くにいた不良の方へと自ら一歩進み出た。


「!?」


 驚く不良の両脚の間。


 そこに自分の脚を突っ込み、脚が膝の裏に来るよう固定。膝裏を掛けたまま掌底しょうていで、不良の上体をトンと弾いた。


 膝裏をキメられているので背後に下がれない。膝は、かくんと折れ、バランスを崩す。結果、その後は何もしなくても、ただただ無様に仰向けにひっくり返るだけ。


「いって」


 後頭部を打った。痛みでもがく。


「何やってんだよ!」


 これを見ていた他の不良たち三人が翔太に襲いかかる。そのタイミングを見計り、翔太はいきなりジャンプした。跳躍の頂点で一人の不良の顎を蹴り上げ、着地までの刹那に後ろ回し蹴りを畳み込む。


 遠心力で強化された蹴りは、周りの他二人の上体へもダメージを与え、これを見逃さず、一人は金的に、一人は膝に。防御不能の場所へと翔太は器用に脚を回しながら打撃を加え、着地。


 一度のジャンプ。たった一度きりで、三人が大地に転がされていた。


 これがシラット。翔太が幼少期から学んでいる格闘術。翔太は二段蹴り、三段蹴りが十八番おはこ。素人相手なら、この程度の四段蹴りでも余裕だった。


(北藤……)


 次々と不良を倒していく翔太を、高木はぼんやりした視界の中で見ていた。


 翔太が小学生時代、イジメに遭っているのは高木もよく知っていた。

 だが、いつの間に、こんなに強く……


 知らなかった。

 クラスの中でも、いまだ目立つほうではない。


 確かに小学生時代から成績は良かった。スポーツに関してもフォームは良かった。センスはあった。だが肉体が追いついてこない印象だった。だが、今。

 あの頃と比べ、驚くほど何でもこなしている。

 才能に肉体がようやく追いついた──のかもしれない。

 さらには、小学生時代にはあった優しさ……躊躇ちゅうちょが消え、技が研ぎ澄まされた刃になっている。


(こ、こいつ、こんなに強かったのか……)


 高木にとっては相手の拳より衝撃だった。

 だって、なにせ数の差、一対十。

 それをハンデとせず、今も見る見るうちに、次々と工業高校の不良たちを沈めている。


(いける……いけるのか? 今の北藤なら……)


 美優の肩を借りる高木の心にも再び闘争心が湧く。出来る! 俺はまだ、やれる!


「高木くん……!?」


 そう驚く美優から高木はフラフラと離れ、翔太のもとへ近づく。あのイジメられっ子の北藤。ヤツでもここまでやってんだ。俺がやらなくて、どうするよ。

 俺だって、俺だって。

 高校に入ってからは体張って生きてきたんだ!


 翔太の手助けに入ろうとした高木に。

 足元もおぼつかない高木に。

 次の瞬間。とんでもない痛みが走った。


 右、上段蹴り。


 それが背後から、高木の横っ面に綺麗に入る。


(ガッ…………!)


 背後からの不意打ち。死角からのハイキック。

 音が遅れて届き、高木の膝が糸の切れたように折れる。

 一気に意識が遠のく。視界が真っ赤に染まる。


(きた……ねえ……)


 そして、目玉がぐるりと回転して白目をむき。

 高木は、そこへと崩れ落ちた……。


 ◆   ◆   ◆


 シラットの技を用いて不良たちを一気に無力化していく翔太。

 その翔太の耳に、突如、美優の悲鳴が入った。


「きゃあああああああああああああああああああ!」

「……!?」


 美優!?

 思わず振り返る翔太。

 そこで翔太が見たものは。


 美優。


 そして、その美優のバストを。胸を。


 背後から鷲掴みにして、そのまま動けないよう捕らえている小野山薫の姿。


 その身長差は実に30cm。

 巨漢特有のその体重で美優の肩を潰し、美優にのしかかり。

 そして背後から抱きつくようにして、美優の乳房を大きな手で握っていた。


「美優!」


 その姿、卑劣なやり方に翔太は怒り心頭した。そして美優のもとへ走る、が。


「そこまでだ、ヒーロー」


 小野山はにんまりと笑った。


「それ以上動くと、このお嬢ちゃんの可愛らしいおっぱいが、俺の90kgの握力で潰れちゃうぞ」


 小野山はニヤニヤしながら、美優の乳房をまさぐる。


「くっ……」


 屈辱の声を漏らす美優。


「それにしてもいい胸してんなぁ、お嬢ちゃん。海野ちゃんって言ったっけ。どうだ、俺の彼女になんねえ?」


 耳元で囁かれる生暖かい息が気持ち悪い。その間も、美優の胸を揉みしだく小野山。


「ヒーロー。女連れで来たのが間違いだったなぁ。ちゃんと覚えておきな。女と一緒にいる時は喧嘩は避けるべきだ。いや寧ろ、女がいるデメリットを考えたら逃げたほうがいい」


 美優はこの恥辱に必死で耐える。


「お前、そこそこ強いな。空手かと思ったら、また全然違う。なんだその格闘技は? まあ、俺の空手と比べたら大したことないが」


 モミ、モミ、モミ……。気持ち悪い、この男の手が。耳元で囁かれる息が。


「大体において、格闘とは、体格の勝負だ。柔よく剛を制す……。そんな話、夢物語もいいところだな。お前は170cmそこそこってところだろ。体重は65kgもねえ。俺のヘビー級の拳を食らったら、一発で立てなくなるぜ」


 小野山が美優の胸から手を離す様子はない。こうすれば、女を無力化できる。経験則で知ってのことだ。


「もういいから、この女置いて、お前は帰れ。そもそもお前は関係ねー。高木はさっき、俺の蹴りで倒した。この喧嘩、俺ら工業の勝ちだ。さっさと去れ」


 だが翔太は帰らない。怒りに満ちた目で、なお冷静に小野山を睨みつけてくる。

 なぜなら。


 キレた……


 翔太の体からリミッターが外れた。手加減という名の安全装置が消えた。下手に攻撃すると相手を殺してしまうかもしれない――そんな優しさが、一気に消し飛んだ。


 翔太がやる気だと気づいた小野山も「上等だ」と本気モードに入る。


「女、人質に取られて何イキってんだよ! ヒーロー! ここで二人ともぶっ殺すぞ! そこを動くなよ。この女の胸が潰れちまうぞ! 両手を頭に置いてこっちに近づいてこい。……この状況、人質がこっちにある時点で、俺の勝ちなんだよ。分かったか! このバカヤロ……」


 だが。

 この小野山の煽り文句は、最後まで発せられることはなかった。

 その前にのけぞっていたからだ。

 蹴りを食らって。


 誰の?


 それは美優。


 美優の右脚。


 背後からのしかかられ、胸を鷲掴みにされ、体を動けなくされていた、その美優が。人質が。


 一瞬で。


 背後拘束のまま股関節を跳ね上げ。


 ほぼ自身の肉体と平行に。

 

 高らかに右脚を上げ。


 美優の頭の後ろ。


 小野山の顔面。ニヤケづら


 美優の鍛え上げられた足の甲が、その鼻梁びりょうを正面から潰す。


 つまり。


 スカッドミサイルのような速さで、


 小野山のでかくて丸い鼻の骨を、


 パキッ。


 派手な角度に、へし折っていた──

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