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幽世のリリン  作者: R09(あるク)
第二章 怨霊編~胎児よ、胎児、湖面はそこだ

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第77話 セイテンタイセイ降臨

第77話


 阿修羅像は三つの顔を持つ。正面は穏やか。左右は、怒りと悲しみ。

 その“穏やか”だけがこちらを向き、赦す顔で人をはかっていた。


 触れただけで人体を破壊する阿修羅像。

 いや、その姿をした化け物か。


 ────それは、大熊らの巡回路のど真ん中に、突如現れた。


 波が押し寄せる音だけが響く、静かな海岸通り。

 先に防波堤が見え、バスターミナルとして使われる広がった道のど真ん中に、いきなり“いた”のだ。


 この場は民家が少ないこともあり、夜の巡回を終えた後、国際魔術会議ユニマコンのエージェントたちが最終報告をする集合地点になっている。


 ターミナルの山側には、広く大きな蜜柑倉庫。国際魔術会議ユニマコンは、そこを借り上げ、水城市での活動拠点としていた。


 それを待ち伏せたのか。


 闇の中に、いきなり、“それ”が、姿を現した。


 三面六臂さんめんろっぴの阿修羅像。このよく知るシルエットを持つ影に、エージェントたちは完全に不意をつかれ、油断した。

 有名な守護仏。

 化け物にしては、聖なる存在でありすぎたのだ。


 最初の犠牲者は、おそるおそる近づいた若きエージェント。銃を構え、少しずつ距離を詰める。


 一閃!


 阿修羅像が影ごと消えた。

 いや消えたのではない。

 高速で移動したのだ。

 そのエージェントの目の前を風のように通り過ぎ、六本のうちの一本が、眉間をそっと撫でた。


 ただ、それだけだった。

 撫でただけだった。

 だが、次の瞬間。

 彼の頭部が、内側から破裂した。

 びんの栓が抜けるみたいに、頭蓋ずがいが内側から咲く。


 血や脳漿のうしょうが夜空にぶちまけられた。

 温い飛沫が夜気に霧化し、首無しの体が膝から崩れた。


 破裂音は、潰れた果物のような鈍い音だった。


 ◆   ◆   ◆


 殺戮が始まったのは、それからだ。


 大熊英治おおくまえいじの自慢のナイフも。高木英人たかぎえいとの魔を滅するこんも。阿修羅像の腕は、上手く弾いてしまう。


 仏像が人間を襲う。

 それは冗談にもならない光景。

 あまりにも異様であり、明らかに異質だった。


「戦闘態勢! モードA、サークル5」


 大熊の号令がかかる。

 エージェントたちは、司令通りの隊列を組み、一斉に阿修羅像を取り囲んだ。

 そして最前列のエージェントたちが同時攻撃を仕掛ける。


 だが一瞬で。


 どの隙間を通り抜けたのか分からない。


 だが、阿修羅像は輪の外へ残像を三つ置いて抜け、次の瞬間には海際の防波堤の上へ。


 次にはエージェントの最前列。

 五人の肉体が、まるで“同時に押された爆弾”のように、一瞬遅れて破裂した。

 血と骨と内臓が、防波堤の白に、派手な赤を叩きつけた。


 阿修羅像がいたはずの場所には、五人のエージェントの膝から下が輪のように残る。


 これに即座に反応したのは、高木だ。

 高木は魔法のこんを振りかざし、一メートルほどの高さの防波堤に断つ阿修羅像へと走る。


 青白く光るこん


 それはこの闇夜に華麗な光の線を描きながら、上から下へと、斜めから横薙ぎへと。あらゆる角度から同拍どうはくで落ちる。

 高木得意の瞬速乱れ打ち。

 速すぎるがゆえに、一人で四人分の手数——しかもその一つひとつが強烈な一打だ。


 だがそのすべてを六本腕は最短経路で拾う。

 つまり。

 一発も致命打はなかった。

 致命打どころかかすり傷一つすら……

 

 あり得ない。

 止められるはずがない。

 だってこれには──


(衝撃付与は散弾級、装甲ごと粉砕できる術式が施してあるんだぞ!?)


 止められる理屈が分からない。

 驚く高木に阿修羅像はその穏やかな面を向ける。


「下がれっ!」


 大熊の声にハッとして、高木は背後五メートル分、飛んだ。

 こんに込められたありったけの魔術をバネにしたのだ。


 間一髪だった。


 目の前の阿修羅像は、高木がついさっきまでいた場所向けて、その破壊の腕を突き出していた。


「野郎……」


 高木は、若手ではエースである。

 再び距離を詰める。阿修羅像は二本の腕で合唱し、残り四本を振り上げる。

 その高木の技と、阿修羅像の、目にも留まらぬ早さの攻防が始まった。


 スピードは互角。


 だが“力”関係で言えば、相手は触れるだけで必殺。

 一方、こちら側は武器が通らない。

 交わす動きが多くなるほど、徐々に押されていくのは必然だ。


「高木ィ! 無理すんな!」


 大熊が叫んだのと同時だった。

 突如、大きな黒い影が阿修羅像へと飛びかかった。


「おらあああああああああああああああ!」


 いきなり乱入してきた強烈な飛び蹴り。

 阿修羅像はモロに食らう。

 大熊は目を見開いた。


 ──あ、あの阿修羅像が、数メートル先へと吹っ飛んでいく……


「……間に合ったぁ」


 声は、場違いなほど、軽かった。


 その蹴りを放った者。

 彼は、空手の構えを取り、肩で息をしていた。

 大熊の表情に思わず笑みが浮かぶ。


「平山ァ!」


 ◆   ◆   ◆


 平山剛ひらやまごう

 国際魔術会議ユニマコン・大熊班きっての武闘派だ。


 空手の有段者であり、武具を持たない。

 その大きな肉体自体に魔術を通し、筋力と魔力で戦う格闘タイプ。

 今現在、水城にいるエージェントの中では、一、二位を争う実力者だ。


「大丈夫っすか。大熊さん」


 平山は構えを取ったままで言った。


「遅くなってすみませんでした!」


 平山の豪快な声に、エージェントたちの間で安堵の空気が広がった。

 それほど、信頼が厚い。


「まったく遅ぇよ、平山ァ」


 大熊は平山に近づいた。

 平山はにやりとしながら聞く。


「見たところ、仏像みたいっすが、なんなんすか、ありゃあ」

「いいや、分からねえ」


 眉間にシワを寄せ、大熊は答える。


「こっちの武器は通らねえ、相手は触れるだけでこっちを壊してくる。不平等極まりねぇ。こんなの化け物級、初めてだ。これまでのヤツらとは違う。」

「壊す……触れるだけで、ですか」


 さすがに驚いたようだがそこは、さすが平山だ。

 ニヤァリと笑った。


「じゃあ、俺の圧勝っすね」

「何?」

「俺の場合、肉体そのものに術式を通してある。つまり、ヤツの攻撃は通じねえ。言ってみれば相性が抜群なんすわ。ねえ、大熊さん。センパイには悪いが、ここは一つ、俺に任してもらえませんかね」

「お前なら……やれるのか?」

「やれるも何も、さっきの飛び蹴りも手応えありだァ。それに、やれるかやれないか、じゃなく、“やる”んでしょ。それが大熊班のはずだァ!」


 大熊は絶句する。

 だが、言っていることは間違っているように思えない。


 阿修羅像を見る。

 平山の蹴りが確かに効いている。

 闇の中、倒れた阿修羅像。

 それが、ガクガクと体を震わせながら立ち上がろうとする。

 起きようとして、アスファルトに滑る。


 ガン。


 と、鈍い音がする。


(なるほど……平山の魔術術式なら、確かに──)


 大熊の中で勝算の火が灯った。


「だが、油断するな、平山。問題は、だ。相手が何者か、分からねえこと」

「油断?」


 平山は、にぃっと、自信満々の笑みを浮かべた。


「油断ってのは……」


 そして大地を蹴る。

 大熊の目の前から消える。


「こいつが今、してることっすよね!」


 言葉と同時に、平山の膝が阿修羅像の顔面に入った。

 続いて正中線への蹴り。

 双方、直撃だ。


「入った!」


 大熊は叫ぶ。


「まだまだぁ!」


 続けて後ろ回し蹴り。


「おらおら、どうしたぁ!」

 

 すぐに、拳の猛ラッシュ。


 鉄と鉄がぶつかり合うような音。

 ガンガンと響き渡り、火花が散る。

 阿修羅像の膝がガクガクと震え、ついには。


 落ちた。


「やったか……!?」


 だが。


「ム……!?」


 阿修羅像の腕の一つが、猛スピードで伸びる。


「あ、危なっ!」


 ひやっとする大熊。


 ガン!


 だが。


「驚いたなぁ……」


 平山の顔面を狙った阿修羅像の腕。

 これを。

 平山は正面で腕を組む十字受け。


 阿修羅像の攻撃をしっかりと防いでいる。

 あの、撫でるだけで壊せる能力が出ていない。

 平山の肉体は、破裂するどころか、その腕にすら、損傷一つない。


「相当タフな体してんなぁ、ホトケさんよォ」


 平山が肉体に張り巡らした術式は伊達じゃない。

 触れれば壊せる──そのルールを、上書きするほどの防御力。

 平山は、腕から覗く目で、阿修羅像を見下ろした。

 そして。


「おらああああああああああああああああああああ!」


 中段回し蹴りを放った。

 右脚が阿修羅像の頭へヒット!


 ドガッ!


 強力!

 その威力に、阿修羅像は海岸沿いまで吹き飛ぶ。


 ガン! ガン! ガン!


 路面にぶつかりながら転がる阿修羅像。


「手応え、ありだぜぇえええ……」


 平山は脚を体に引き戻しながら勝利を確信して、笑った。

 大熊の周囲がざわつき始める。


「効いてる……?」

「……いけるんじゃないのか」

「やれる。平山ならやれる!」


 ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオと嬌声が上がる。


「平山、やっちまえ!」

「そのままトドメだ!」

「ぶっ倒しちまえー!!!」

「お、おい……お前ら」


 大熊は困惑しながら周囲を見回す。


「勝てるぞ! そのままぶっ壊しちまえ!」

「そのいまいましい腕を全部ぶち折ってやれ!」

「お前ならやれるぞ、平山!」


 その歓声に、平山は再度、にぃっと自信満々の笑顔を浮かべた。


「分かってらぁ」


 そして構えを解く。


「こいつは俺の獲物だァ……。お前ら、手ェ出すんじゃねぇぞォ」


 平山はぐるぐると片腕を回しながら、その阿修羅像へと一歩一歩、近づいた。


「お、お前ら、まだだ。まだ緊張を解くな!」


 大熊は周囲に呼びかける。

 が、もはや、他の者たちは聞いてない。


「いけー! 平山!」

「そいつとお前は相性、抜群だァ!!!」

「いけるぞ、やっちまえー!!!」


 完全に勝った気になっている。

 その歓声の中、平山は背中で大熊に話しかけた。


「大熊さん!」


 振り返りざまこう言う。


「ま、あなたに鍛えてもらった、俺の成長ぶり、そこで見ててくださいよ!」

「ひ、平山……」

「恩返しってやつだぁああああああああ!」


 大熊の不安をよそに平山は走り出す。

 ここで、阿修羅像を仕留める気だ。


「おらあああああああああああああ!」


 平山の正拳突きが再び正中線へ。


 ゴオオオオオオン! と、鐘のような衝突音。


「こっちはどうだぁああああああああああああああああああ!」


 術を用いれば瓦四十枚は割れる平山の手刀。

 これがクリーンヒットした。

 結果、阿修羅像の腕に。


 ピシッ……


 ヒビが入った。


「来たああああああああああああああああ!」


 効果アリ!

 一気に気合と魔力、そして力を体に込める平山。

 上がる歓声。

 

 ──それから、平山の一方的な攻撃が続いた。

 海へ海へと。

 攻撃を受けた阿修羅像の体は、衝動で飛ばされていく。


「どらどらどらどらどらどらどらどらどらどらどらぁ!」


 猛ラッシュ。

 猛連打。

 猛烈な打撃の雨。


 阿修羅像はすべてをかわせない。

 鉄を打つ音だけが夜を刻む。

 出す手足が全部、ダメージとなる。


 阿修羅像は手も足も出ないように見えた。

 ピシ……ピシピシ……

 乾いた“ピシ”が繰り返し走り、腕に細い稲妻が刻まれていく。


(マジで、平山の野郎なら……、ヤツをぶっ潰せるかもしれねぇ……)


 だが、この戦況で、不穏な声が大熊の耳元に寄せられた。

 高木だ。


「大熊さん……」

「どうした、高木」

「あれ……。なんでしょう……」

「あれ……?」


 大熊は、高木が指差す方を見る。

 やや遠く。

 大熊班が拠点にしている、大きな蜜柑倉庫の屋根の上。

 目を凝らすと、そこに人影が見える。


「な、なんだ、ありゃ……」


 月を背負う影。

 まるで中国映画の時代劇にでも登場するような格好をした何者かの姿。


 赤く長く高価そうな中国風の着物。

 頭の上には帽子とも冠ともとれる身分の高そうな被り物。

「三国志」で言う諸葛亮孔明が被っていそうな帽子だ。


 その人影が。


 大熊たちを、あざ笑うかのように。


 太極拳のゆったりとした舞いを見せていた。


 月を背負った赤い衣が屋根に揺れ、頭上の冠は月輪を細く返す。


 心無しか、おぞましい妖気を放っているようにも思える。


 なぜか線香の甘い匂いまでする。


「人……ですかね……」


 高木が聞く。


「そんな訳ねえ! と思うが……とにかくあいつ……なんで、踊ってやがる……」


 数秒見ていたが、その者が攻撃してくる様子はない。

 ただただ、舞っているだけだ。

 だが、大熊の顔に冷や汗が、つっと、流れ落ちた。


(な、なんだこの汗は……)


 まさか。

 ──ワシは恐れているのか……?


 その大熊の予感を察し、高木は、武具のこんを、その人影に向けた。

 これは、魔力探知機ともなっている、

 高木のこんに、みるみる青白い魔術線が描かれていった。


「どうだ、高木」

「いや、え……あ、これ……う、うそだ……」


 高木は慌てている。


「どうした。何があった」

「こ、これは……」


 大熊は、高木の肩を掴む。揺さぶる。


「いいか! 今はやべえ状況だ。しっかりしろ! どうしたって言うんだ! 一体、何を感知したかって聞いてんだ!」


 戸惑っている高木にビンタ一発。

 高木は我に返った。


「あ……大熊さん……」

「落ち着け! ヤツは何者だ?」

「大熊さん……。あり得ないです……」

「あり得ない? それじゃ分からねえ。ハッキリ言え」

「だって、これは……」


 高木はつばをごくりと呑み込んだ。


「この魔術線は、“神”」

「あ?」


 思わず聞き返す。

 確か高木は今……“神”と……?


こんの線が星座みたいに結ばれている……“神”に近しい者に出るパターンですよ!」

「”神”、……だと!? こんなところにか!?」


 背筋を、海風とは違う冷たいものが這い上がっていった。


 ◆   ◆   ◆


「オラッ! オラッ! オラアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 平山の阿修羅像への攻撃はいまだ続いている。

 阿修羅像の体はあちこちがひび割れ、その攻撃もすでに平山には当たらない。

 すべて平山がガードしている。

 完全に相手のペースを掴んでいる。


 ボロボロ……と、崩れ落ち始める、その体。


『ア……、ア……、ア……』


 平山は、阿修羅像が何か“声”を発しているのを聞いた。


「なんだ、お前、喋れるのかよ」


 拳を固くしながら嘲笑う。


「じゃあ、そんなか細い声だけじゃなく、悲鳴も聞かせな!」


 固めた拳が、阿修羅像の顔にヒットする。


「もう一丁ォおおおおおおおおおおおお!」


 その直前。

 阿修羅像の頭が音もなくグルリ! と回っていた。

 背面にあった“怒り”の面。

 いつの間にか、それが正面になっている。


「それがどうしたあああああああああああああああ!」


 そのまま剛拳を叩きつける。

 “怒り”の面が拳を待つ。

 そして当てたと同時に。


 指が折れ、

 骨が内側から跳ね起き、

 皮膚を破って白いとげとなった。

 直後──









 バン!



















 平山の拳は、血と骨と肉の塊となって吹き飛ぶ。














 平山は唖然とする。


 信じられない。

 痛みすら感じない。

 脳が危険を察知し、痛覚を遮断しゃだんしたのだ。

 そんな平山に、“怒り”面の阿修羅像は言った。


『セイテンタイセイさま……』

「あ、あ、……え……?」

『セイテンタイセイさまヨリ、オ許シヲ頂ケタ……」

「セ、セイテンタイセイ……?」


 何を言ってるか分からない。

 だが、その言葉は大熊にも届いていた。


(セイテンタイセイ……だと!?)


 大熊は跳ねるように再度振り返り、蜜柑倉庫の屋根を見た。

 赤い豪華な着物を着て、位の高そうな被り物を頭に乗せ、踊っている人影。

 それが、まさか。












 あの、斉天大聖せいてんたいせい・孫悟空だと言うのか──!?



 











 右手の拳を失った平山。

 自信があった。あったが故に驚いた。

 だがそれはこれまでの慢心を諌める力に変わる。


(そうだ! 大熊さんに油断するなって言われたのは、正しかった! さすがセンパイだ!)


 動揺しない。

 むしろ、ふうと深呼吸をする。

 冷静さを取り戻す。

 こうなった時の平山は──強い!


 “怒り”面の阿修羅像。

 その前で、再び平山はニヤリと笑えた。


「勝ったと思ってやがるのか……!?」


 平山は残された拳に力を込める。

 術式で爆発した右手手首の出血を止める。

 さあ。ここからが。


 ──俺の本気だ!


 だが、おかしい。

 その場にいる者のすべてが声を失っている。

 何があった?


(どうしてみんな、そんな驚いた顔をしてるんだ?)


 気づくまでに数秒を要した。


 平山は見る。


 それを。


 いや、逆に。


 見えなかった。


 自分の「左拳」が。


(あ、……あれ?)


 違和感が、痛みよりも、先に来た。

 視界の片隅で、自分の左拳が転がっていた。


 平山は唖然とする。


(なんだ。これは?

 何が起こった?)


 脳が事実に追いつかない。

 風向きが一度だけ逆流し、色が一枚剥がれる。


 右拳は潰れた。


 そしていつの間にか、俺の左拳が。


(手首ごと、持っていかれてやがる──)


 ”怒り面”が、さらに険しい顔になり、ゆっくりと迫ってくる。


『邪教徒ドモ、モウ少シ、遊ンデヤロウ……』


 阿修羅像はそう言う。


「遊ぶ」


 そう言った。


 その意味を、この後、全員で目撃する。


 風が一度、逆に吹いた。


 色が世界から一枚、剥がれ落ちた気がした。


 最初は、誰もが、今、そこで、何が起こったか、分からないでいた。


 平山だって、悲鳴一つ上げないでいる。


 いや、違う。


 正確には違う。


 上げられなかったのだ。


 悲鳴を。


 一本の腕。

 いつの間にか平山の背後まで伸びていた、阿修羅像の腕。


 その腕の先には、

 引きちぎられた平山の“頭”が、提灯ちょうちんのようにぶら下がっていた──


 誰も、悲鳴より先に、息を吸うことすら忘れていた。


挿絵(By みてみん)

「昼間の、大熊らが拠点としていた海岸沿いの蜜柑倉庫。この上で斉天大聖が舞っていた」

【撮影】愛媛県八幡浜市・殿勘定。この権現山ごんげんさんで収穫される蜜柑は天皇家御用達とも言われ、その旨さでは日本で1、2位を争う。

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