表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幽世のリリン  作者: R09(あるク)
第二章 怨霊編~胎児よ、胎児、湖面はそこだ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

73/240

第66話 地蔵の如き、憑くもの

第66話


 ねずみ島から車で十分。海沿いの坂を登ると、秋瀬家の別荘が現れた。


 二階建ての西洋風の家。芝の庭は小さいが手入れが行き届き、一面窓に夜の海が丸ごと映る。


 その窓のあるテラスはリビング&ダイニングに面している。客を招いた会食も出来そうな広さがあり、こうした間取りやセンスからも、瑚桃が結構なお嬢様育ちだということは見て取れた。


 真っ黒な海にところどころ浮かんでいる小さな灯り。

 あれは、漁師が夜釣りを行っている光だろうか……


「すごく素敵な別荘ですね」


 リビングのソファーに座った美優は瑚桃こももの父・伸一郎しんいちろうに笑顔を向ける。


「ガッハッハ。皆さまの血税で、とても快適なバケーションライフをお送っております」

「全国すべての警察官の名誉を傷つけるな!」


 瑚桃がゲンコツを食らわし、黒い大きなソファーにバフッ! と腰掛ける。


「ここ。おじいさまから受け継いだ土地なんですよね。元々、こっちの方が実家で、水城市内の方の家は、パパが仕事に通うのに買った家。……おじいさま、すごいお金持ちだったんです。だから瑚桃も一応、お嬢様なんですよねー!」

「グーパンで頭が痛いよ、瑚桃」

「パパがふざけるのが悪いの! いーだ」


 あの瑚桃がお嬢様。そのギャップもすごいが、この父も父だ。金持ち感がまったくない。

 それだけ、祖父からお金に関しては慎ましやかに育てられたのだろう。

 瑚桃は父親の前では背伸びもせず年相応に見える。その仲睦まじさが微笑ましい。


 一階にはこの広いLDKのほか、トイレ、バスルームがある。

 客室は二階だ。


 翔太、美優、瑚桃、瑚桃の父には一つずつ部屋が充てがわれた。

 芽瑠めるとデルピュネーは同じベッドで。


「すまんのう。部屋が足りず。だが、ベッドはすべてセミダブルだ。なんとかそれで勘弁してほしい」


 芽瑠は「はーい」と片手を上げ、デルピュネーは「いえ、まったく問題ございません」と礼儀正しく頭を下げた。


 そのデルピュネーのメイド服が、瑚桃の父は気になってしょうがない。

 まあ、当然だ。


「その……。デルさん、だっけ。あんたはいつも、その服装を……?」

「あーやっぱ、そこが気になりますかー。そりゃ気になりますよねー。私ですら引きましたもん。だってメイド服ですよ。さすがにメイド服は……。それで芽瑠ちゃんの保育所の送り迎えとか、スーパーで買い物とか行ってるんでしょ? どんな目で見られてるんですか? 気にしないんですか? どーなんすか? その辺」


 翔太らはそれぞれ着替えを済ませて部屋着だ。その中で、デルピュネーだけが、いつものメイド服。違和感はさらに増している。

 だが、デルは驚くほどあっさりと答えた。


「いえ、わたくしはいつもこの服装ですし、これしか持っておりません。人の目を気にする……というご心配は今言われて初めて気づきました」

「ハート、強っ!」


 瑚桃がツッコむ。


「ふーむ。外人さんの感覚は分からんのー」


 と、瑚桃の父も首を傾げた。


「まーいい! まーいい! 服はその人の個性だ。個人の自由、大いに結構。犯罪なければ全部よし! さあ今夜は是非、ゆっくりと休んでもらいたい。テレビもゲームも、サブスクも、使い放題だ! それぞれ好きに楽しんでいってくれたまえ!」


 そう言うと、ガハハと笑いながら奥の部屋へと消えていった。

 それを見届けたあと、瑚桃がくるりと半回転して、翔太らに体を向ける。


「じゃー何しますー? ダリオカートだったら、アタシ、絶対に負けませんよー!」


  ◆   ◆   ◆


 奥の部屋に戻った伸一郎は、書類の封筒から写真を並べた。


 青いポリバケツ。肉片。血痕。


 ──『被害者なき大量死体遺棄事件』。捜査は完全に停滞していた。


 歯型も指紋も一致なし。行方不明者との関連もゼロ。

 DNA鑑定は数が多すぎて進まず、市外からの失踪届もない。

「どこから来たのか分からない遺体」だけが残った。


 届け出ベースでは「誰も行方不明になっていない」のに、目の前には大量の遺体だけがある──それゆえに、この事件は『被害者なき大量死体遺棄』と呼ばれている。


「……こんなの、警察で扱えるのかよ」


 伸一郎は黒塗りだらけの資料をめくる。

 国際魔術会議ユニマコンが渡してきた“極秘”のはずの書類は、肝心な部分がすべて塗りつぶされている。いわば「ノリ弁」資料だ。


 かろうじて読み取れるのは、「カスケードの活発化」「この世ならざる者」「小さな亀裂」といった断片的な語だけだ。


 しかも政治家の武田泰啓たけだやすひろが後ろ盾となり、

 警察庁からは「国際魔術会議ユニマコンと協力せよ」とのお達し。

 実質、あちらが国家の“上”。

 それが。


 ──気に入らねえ……!


「情報は出さねえのに、こっちの情報だけ吸い取る……」


 苛立ちを押えて写真に戻る。

 どれも「短時間で海沿いのポリバケツ全部に肉片を運んだ」とは思えない。

 常識では不可能だ。

 ポリバケツはざっと三十八個。一個あたり三人分の死体として──それを一時間から一時間半のあいだに、全部運び込んだというのか?


 怪異かもしれない、という国際魔術会議ユニマコンの見立ては無視できなくなっていた。

 どう考えても、人間業にんげんわざではない。


(まあ、何十人もの人手とトラック三台あれば出来ねえ数じゃねえが……)


 だが被害者は誰?

 人目につかず、それだけの規模で人が動けるか?


(市民の未来を守るためにも……俺がやるしかねえか)


 伸一郎は深く息を吐き、再び黒塗り資料へ目を落とした。

 目撃情報の見落としがないか、関係ない文章にまでチェックを入れる。

 少しでも、事件の鍵となるヒントを探し出したい。

 怪異なら怪異と、分かる根拠が欲しい。


(こりゃ、今夜は徹夜になるぞ……)


 カラン。カラン。


 伸一郎はロックのウイスキーをいっぱいまるごと飲み干した──


 ◆  ◆  ◆


 ──その頃。


 夜の林で、“ピシッ”と小さな音がした。


 折れたのは竹ではない。


 風景そのものに白い亀裂が走り、そこから煤のような薄いモヤが呼吸するように出入りしていた。


『カスケード』の濃霧を小さく縮めたような、それは──始まりの兆しだった。


 ◆  ◆  ◆


 夜中。瑚桃は、ふと、目を覚ました。


「う~ん、トイレ……」


 瑚桃の眠りは浅かった。

 部屋に入った後、しばらく眠ることが出来なかった。

 あまりにも今日はいろいろなことが起こりすぎた。

 海水浴、空に突如現れた黒雲、そこに現れた巨大な“一つ目”──


 それだけでも神経が高ぶってしまうのに、今夜は、翔太と同じ屋根の下にいる。


 淡い想い、淡い気持ち。

 “恋”と呼ぶには熟しきってないものかもしれないその感傷。

 その“相手”が、壁をへだててすぐ隣の部屋で寝ている。


(もし、センパイが、夜中、あのドアを開けて入ってきたら)


 そんな冗談のような期待もあった。

 ドキドキと高鳴る心臓。シンクロして高まっていく想い。

 だから、なかなか寝付けなかったのだ。

 

 そんな中、トイレへ行くために体を起こす。

 ひどく体が重い。

 二階の廊下を歩いて階下へ。

 あくびをしながらゆっくりと階段を下っていき、LDKに出る。


 階段は月の光に薄く縁どられ、LDKは水槽みたいに静かだ。

 トイレはLDKの奥。バスルームのすぐ側にある。

 そちらへ曲がる。

 曲がった先に月明かりはない。

 闇だ。


(怖っ……)


 と、その時だった。


    トン。

           トン。


                   トン。


 

 小さな。


 何かの足音のような音が聞こえる。


(何? 誰かいるの?)


 同時だった。突然、瑚桃の腰あたりの背丈のものが、スッと瑚桃の横を通り過ぎた。


「キャッ……!」

 

 見えたのは、小さな影ぼうし。

 その影はダイニングキッチンの中へ入っていき、冷蔵庫の方へと歩を進める。


「芽瑠ちゃん……?」


 最初はそう思った。

 にしてはおかしい。


 あんな小さな子が、灯りもつけずに、しかも1人で、こんな暗闇の中を歩き回れるだろうか。

 トイレの電気がついていた気配も感じられなかったのに。


 え、うそ、じゃあ一体……何!?


 その小さな影は冷蔵庫を開けようとしていた。

 冷蔵庫の取っ手に手を伸ばす。

 月明かりがあるのにいまだ影は影のままだ。

 明らかに芽瑠じゃない。


 いや。


 人間じゃない!


『バクッ!』


 いつもの日常音が響いて、冷蔵庫の蓋が開いた。


(ちょ、ちょっと待って。アレ、勝手に冷蔵庫まで、開けちゃったわよ……)


 夢かと思った。

 だが夢ではない。

 その小さな黒い影が、足音が、そして冷蔵庫を開ける音が。

 瑚桃にはハッキリと聞こえていた。

 その影ぼうしは冷蔵庫の蓋を少しずつ開けていく。

 ほの赤い庫内灯が点灯する。


 そして、その庫内灯に照らされた、その姿は。













 石彫の地蔵だった。










「う、うそ……」


 思わず後ずさる。

 庫内灯で赤く照らされた地蔵は、そんな瑚桃が立てた物音に気がついたようだった。

 ゆっくりとこっちに顔を向けてくる。

 それが石なのに……だ。

 ついにその目が瑚桃を捉えた。瞳は彫られていないのに、視線だけが確かに届く。

 何を考えているか分からない、無表情な、その顔。


(で、で、で、出たっ……!)


 本物の怪異だ。

 その場から逃げようとした。

 瑚桃はキッチンを見ないようにし、LDKの方に向けて走る!


(お、お地蔵さん!? お地蔵さんが何で動いているの!? なんで、アタシんの別荘にいるの!?)


 怪異は何度見てもそうそう慣れない。

『ラ・ヨローナ』を見たぐらいでは、耐性は生まれない。

 体が震え上がり硬直しそうになる。

 声を出そうにも声が出ない。

 そして、次の光景を見た後、瑚桃の精神は限界を超えることになる。


 LDKに庭側壁一面に設置してある、例の大窓。


 そのすぐ外に。


 










 おびただしい数の地蔵が、ビッシリと立ち並んでいた。


挿絵(By みてみん)

「瑚桃の別荘近くの竹林」

【撮影】愛媛県八幡浜市・真網代近辺の竹林

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブクマ・ポイント評価お願いしまします!
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ