第61話 オン・ザ・ビーチ①
この舞台となる「ねずみ島」。愛媛県八幡浜市に実在します! 穏やかな海水浴場です。
これから第二章が始まります。やや和風のホラーを入れつつの物語。是非読んでみてください!
まずは「水着回」から!
第61話
「ねずみ島」
【撮影】愛媛県八幡浜市大釜地区。八幡浜市街地から海岸線を三瓶方面へ南下した、大釜地区の約100mほど沖合いにある小さな島。ねずみが海上に座っているような形をしているところから「ねずみ島」と呼ばれ、地元の人たちに親しまれている
近くの林で蝉が鳴いている。
空にはいくつかの入道雲がモクモクと背くらべをし、その真っ青な空に“夏らしさ”をくっきりと描いていた。
「わ~あ! 海だ! 海ですよ、センパイ。夏ですよ。これ見たら気分は秒で夏ですよ。テンション上がる~♪ 暑~い♪ 相変わらずここ、ビジュ良すぎて、瑚桃、好りミリオンダラーッす!」
走り去っていくバスを尻目に、ガードレールから身を乗り出しながら秋瀬瑚桃が大はしゃぎしている。
「海なんて、市内の港からいくらでも見られるだろう、何はしゃいでんだ、お前は」
北藤翔太がぶっきらぼうに答える。
「いや、だって海ですよ! 夏! 海! とくれば、後はもう乙女の水着姿! センパイだってテンション上がるっしょ? あ、ちなみに今、めっちゃ暑くて皆さん元気なさそうなので、アタシがこのバケーションシチュエーションに、瑚桃テンションを“可愛く”取り入れてみました」
「でも、本当にここ、久しぶり」
海野美優が汗を拭きながら言う。
「私も中二以来かしら。小学生の時は毎年のように来ていたけど」
「俺も小学五年の時に来たのが最後かな」
と翔太も感慨深げに打ち寄せる波を見る。
「あの頃は、オヤジも母親も生きてたから……」
そんな翔太の肩に、美優がぽん、と手を置く。
「そうよね。翔太くんにとっては……。でも、今日は気分転換。切り替えられる?」
──触れた指先だけ、夏の熱より少しだけ温かい。互いに、それを言葉にしない。
その雰囲気に瑚桃は呑まれそうになる。
なによ、なんだか仲睦まじげじゃない。
瑚桃は頬をふくらませた。
(何よもう……。アタシ、一気にテンション、たったテンダラー……)
◆ ◆ ◆
──きっかけは芽瑠の一言だった。
「お兄ちゃん、芽瑠、海に行きたい!」
とは言え、まだ海開きの前だ。
それに、栗落花淳事件があってそれほど間もない。
どこへ行ってもニュースはあの事件の続報ばかりで、街じゅうが、薄い喪に服しているみたいだった。
さらには新たに、新町商店街の謎のポリバケツ猟奇事件。
水城市は一気に、テレビ全国区だ。
そして、美優が一瞬見たという、俺の中の“獣”……
翔太自身も、自分の宿命について心の折り合いがつけてない。
──気がかりはいくらでもある。
翔太が悩んでいたところに美優がテレビを見ながらこう言った。
「いいんじゃないの、翔太くん。今は外出規制も外れたし、もう期末試験も終わったことだし……ずっと張り詰めてたんだもの。一日くらい、息抜きしても罰は当たらないわ」
「ダメなの~!」
芽瑠は腰に手を当てて美優をビシッと指差した。
「美優お姉ちゃんも行くのっ!!」
「えっ、私も!? あ……でも、あの猟奇事件の犯人も捕まってないし……」
どうせ子どもが言い出したことだし、すぐ忘れるとでも思っていたのだろう。
言っていることが違う。
「デルちゃんも行くの。海は、みんなで行った方が、絶対に楽しいの!」
「わたくしも、で、ございますか、芽瑠さま」
「デルちゃん、行きたくない?」
「いえ。わたくしは、行けと言われればどこへもお供しますが」
「ホント!?」
芽瑠の顔がぱぁ~っと明るくなった。
これには美優も安心できる。
何か起ころうと、デルピュネーがいればほぼ問題ない。
最大の用心棒だ。
「デルちゃん泳げる? 水着は持ってる?」
「水着……で、ございますか……」
「お兄ちゃん、芽瑠とデルちゃんに、新しい水着買って~!」
芽瑠が目をキラキラさせて翔太を見る。
──そんなこと急に言われても……
それに。
(とは言ってもなあ……)
つい美優を見やると、美優もこちらを見ている。
かすかに微笑み、顔を少しかしげる美優。「仕方ないわね」とでも言っているかのようだ。
つまり、承諾している。
言われてみれば、美優と海へ行くのなんて、小学三年生以来かもしれない。
そんな翔太と美優も、今は高校一年生。十五歳の夏だ。
美優と海か……
「じゃあ芽瑠ちゃん、一緒に泳ごうね」
どこかウキウキし、さらには美優の水着姿まで想像してしまっている自分に、翔太は動揺した。
まだまだ不可思議な事件や、あの猟奇事件が起きているのに不謹慎だと、混乱もしている。
でも、美優のその声色だけで、小学生時代に守られていた、あの頃に感じていた不思議な胸の高鳴りを思い出してしまう。
(い、いや、別に浮かれてないし! 芽瑠のお願いを聞いてあげたいだけだし!)
必死に取り繕うとする自分が滑稽で仕方ない。
そんな想いを打ち消すように翔太は一度、咳払いした。
デルもいる。ならば安全は保証されたようなものだ。
兄らしく、頼もしげに芽瑠に語りかけた。
「そうだな。あんな事があった後だし、最近なんか妙な噂が街に流れてる。どこか空気も淀んでいる感じするし、気分転換にはなるかな」
さまざまな想いが交錯した末に、
こうして、全員で海へ行くことが決定したのだった。
やや、強引な形で参加することになったのが瑚桃だ。
「えっ、センパイ、海行くんですか?」
「そう。ねずみ島」
「行きたい! アタシ、絶対、それに行きたい! 連れて行って下さい!」
「いや、そう言われても……」
「アタシを連れて行くと、いいことがありますよ~♪」
そう言って、瑚桃は、校舎の屋上に寝そべっている翔太に顔を近づけてきた。そしてコソコソ話するように、小声でこう告げる。
「実は、アタシん家、ねずみ島の近くに別荘持ってるんです。親にお願いしたら泊まっても問題ないでしょうし、お父さんもお母さんも料理上手いから、すっごいご馳走食べられるでしょうし、ヤバいですよ~。単なる海水浴が、一泊二日のチキチキ! 跳ね散らかす超豪華バケーションに! 旦那~、どうっすか~。いい話じゃないっすか~?」
「い、一泊二日?」
「アタシん家の別荘に、全員、ご招待! これはもう決まりですね! いやあ我ながら素晴らしい提案! 瑚桃、男前! ていうか待って待って。アタシ、超絶美少女と書いて“イケメン”って読まれちゃいますね」
「……なんか、ルビがジェンダーレスってないか、それ」
「いいじゃないですか! 今や男女平等! 男とか女とか無理な性別分けは不要! 時代の最先端を行く系乙女なんです、アタシ、キラーン☆」
「キラーン?」
「いいんじゃない?」
突如、美優の声が聞こえた。
見るといつの間にか屋上に上がってきた美優が腕組みをして、こちらを見て笑っている。
「美優!」
「うみちゃん……センパイ」
「ひさしぶりね、瑚桃ちゃん」
「あ、ひさしぶりっす」
瑚桃は動揺する。
「瑚桃ちゃんの言ってることが本当だったら、芽瑠ちゃんだって喜ぶかもしれないわ。もちろん、私も泊まってもいいのよね?」
「も、も、も、もちろんですよ! その為に誘ったんですから」
「じゃあ、私の方は問題ないわよ。あとは翔太くんが決めて」
そう言うと美優は、踵を返してその場を去って行った。
その後ろ姿を見る翔太と瑚桃。
「……。なんか、うみちゃんセンパイ、怒ってませんでした?」
「い、いや、そんなことはないと思うけど」
翔太も少しだけ動揺する。
ほんのちょっとの、女同士のバチバチ感……
(美優って、あんなオーラ出したことあったかな……)
たまたまこんなところに来るなんて、これが女の勘というやつなのだろうか。
(……いや、これが『マグス』の直感だったりして……)
──こうして、ねずみ島行きの話は、ほとんど勢いだけで決まってしまった。
美優のちょっとしたイライラの匂いや、いきなりこの場に現れたことには驚いた。
それでも、美優の言葉そのものは、特に意外ではなかった。
そもそも美優は異様に順応性が高い。
割と常識から外れた、受け入れがたい事でも、パッと空気を読んで、そのまま受け入れてしまう。
それを証拠に、幼なじみとは言え、男女が同じ屋根の下で暮らす。そんな今の状況も、美優は割と簡単に受け入れ、……というよりは寧ろ、すでに完全に家族の一員のような顔をして翔太と暮らしている。
だが本音では何を考えているのか。
それに何で、瑚桃なんかにあんなに少し怖い空気を見せたのか。
(やっぱ、事件続きなのに浮かれてる瑚桃に釘を差したかったのかな……)
そういうミステリアスな美優が、翔太は嫌いではなかった。
◆ ◆ ◆
──ここ「ねずみ島」は、水城市内からバスで三十分。小さな山を一つ超えた、諏訪崎の向こう側にある海水浴場だ。
海岸から少し離れた場所に、こんもりと小さな島があり、その島から海岸まで、すっと一筋の陸地が道となって砂浜に向かって伸びている。その形から、この地は「ねずみ島」と名付けられることになった。
今は海開きの前。
それもあるが、ついこのあいだまで立て続けだった『濃霧警報』や連続失踪騒ぎ、そのうえ新町商店街の猟奇事件の噂もあって、この観光地にも人気はない。
失踪そのものは、栗落花淳事件以降ぴたりと止まっている。
それでも人の足は戻らず、今はほとんど貸切状態だ。
翔太も、せめて今日くらいは気持ちを切り替えることにした。
──その頃。
瑚桃は、女子着替え室で、この日の為に新調した水着に着替えていた。
「じゃ、じゃーん! なんと、私史上初めての、ビキニー♪」
そしてにんまりと笑う。
瑚桃はまだ中学3年生だ。だが、中学三年にしては発育がいい方であり、ここ最近はバストもそれなりの大きさになってきた。ツンと上を向いたその形も、我ながら気に入っている。
(センパイ、喜んでくれるかな……)
翔太の中では単なる幼馴染の一人。妹的存在に思われているだろうことは察しがついている。だが、瑚桃だってもう十五歳である。歳の上では翔太とも美優とも同じ。
“女”としての入り口ぐらいには立っているはずだ。
顔だって決して悪くない。
正直、モテる。
男子からの瑚桃への想いの噂話は、女子話でよく耳にする。
(そりゃ、うみちゃんセンパイほどではないけど……)
確かに美優は、高等部一年生にして、学園全体での人気はトップクラスである。
一方の瑚桃は、あくまで翔太からは妹扱いであり、せいぜいクラスの可愛い子止まり。
翔太には恋愛対象とは程遠い位置に置かれてしまっている。
それが瑚桃にとってはモヤモヤとイライラの種。でも。
(私の今のスタイルを見れば、センパイだって、アタシのこと、女って意識してくれるかも!)
つい、姿見を見て、後ろを向いてみたり、ポーズを取ってみたり。ちゃんと着こなせているか確認もする。似合っていると思うし、スタイルもよく見える。特に腰のくびれは、ビキニでわざとあらわにした。瑚桃の中では結構な努力だ。
ただ、肩回りにラッシュガードを羽織るか少し迷う。けれど今日は思い切って外す。
髪は貝殻色のシュシュでまとめた。
鏡の中の自分は、ちょっとだけ“背伸び”して見えた。
「よし」と鏡の自分へ気合を入れる。バスタオルと小物入れを持つ。
そして、るんるん気分で砂浜に向かう。決戦の海水浴。いつでも来い! 学園のアイドルめ!
──ところが驚いた。
砂浜には、さっきロッカーの向こう側で着替えていたと思い込んでいた美優の姿が、すでにあったからだ。──い、いつの間に……!?
「あら、瑚桃ちゃん、割と時間かかってたわね」
ちょっと出鼻をくじかれかけた瑚桃の目に入った美優の水着姿は……
(うそ……)
すっと伸びた長い手足。小さな頭。ほどよく大きいバスト。稽古で締まった体は、軽やかに見えて頼もしい。動けば、水面のきらめきが輪郭に沿って跳ねるだろう。
(……キレイ……)
女の瑚桃でも見惚れてしまうような、オトナの上品な魅力。
しかも。
(ビキニ……。アタシとまるかぶりまるの介……)
色味は違う。
でも形はなんとなく似ている。
ムムムムムム。
(さては狙ったなあ~!)
そんな瑚桃の気も知らず、美優は淡々と作業を続ける。
だけど、負けない。
ならば、今日の私は、この得意の笑顔と明るさで勝つ!
勝手に戦意を燃やす瑚桃に対して、美優はすずしげだった。
「翔太くんは、芽瑠ちゃんを着替えさせるのに時間かかるって言ってたわ。この辺にシートとパラソル設置して拠点にしましょ」
──あっちは、アタシなんて、ライバルだとすら思ってない!
(いやいや! 完成された肉体より、こう、少女から“女”に変化する途中の、そういった未成熟な女の魅力の方が、伸びしろ感じられるはず。むしろ未来? この先を想像させちゃう? 女は愛嬌っていうし、美人だからいいってわけじゃないっしょ。そうだ。アタシだって可愛い。可愛いもん、可愛いんだから)
自身に言い聞かせる瑚桃。
心は嫉妬心むき出しで。でも表向きはいつもの瑚桃スマイルで。瑚桃は美優の元へと歩いていく……
美優イメージ
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